門から外に出ると、ダグラスから話を聞いていた警備隊長が三人を出迎えた。
鉄鎧に兜、盾に槍と重装備で、盾には天使文字で『我らが人民の盾とならん』と書かれている。
隊長らしい風格のある立ち姿をしており、それだけで戦力の高さが窺えた。
「私が隊長のアランです。 これから魔物が確認された場所に向かうのでついて来てください」
兜も外さずに挨拶を済ませたアランは足早に街道を進んで行く。
まだ若く気難しい性格でもなさそうだが、単に人付き合いが苦手なのだろうか。
三人は特に気にする様子もなく、黙ってアランの後に続いた。
街道には白い石畳が敷かれており綺麗に舗装されていたが、アランの足が止まった辺りには激しい戦いの跡が残されている。
石畳の一部が欠けて飛び散り、切っ先で抉られたような傷がいくつもついていた。
「ここが一番最近戦闘があった場所です。 発見者は行商人。 積み荷を狙って現れたようで、すぐに私たちが駆け付けたため被害はありませんでした」
「敵の規模は?」
「ゴブリンが四体。 石で出来た剣と槍を持っていました」
「その割には苦戦したみたいだけど」
ミーリとアランが話しているのをカイトは黙って聞き、ヒナは辺りをうろうろとしながら何かを調べている。
通常、ただのゴブリンが石の武器で襲ってきたなら重装備の警備隊に敵う筈が無い。
一方的な蹂躙が行われるだけだろう。
「奴らの武器は不思議な光を放っていて、ゴブリンとは思えない力でした。 八人で何とか追い返したものの怪我人が出る始末で」
「狙われた積み荷の中身は?」
「食料品と、遺跡からの出土品がいくつか。 行商人が言うにはガラクタだそうです」
「それだ、魔石製の武器と魔力の籠った遺物。 ゴブリンたちは捧げ物を探している」
カイトの影から現れたヘヴリングがミーリとアランの間に入り意見を述べる。
突然現れたヘヴリングにアランは驚いたが、ヘヴリングの放つオーラに気おされて黙り込んでしまった。
「捧げもの?」
「ああ、魔王の魔力の痕跡がある。 石の武器が、魔王の魔力が籠った魔石の武器なら苦戦するのも当然だろう」
ヘヴリングは二人の間からカイトの前へと歩いてきて、説明を続ける。
「だが、そんな物は自然発生しない。 誰かが意図的に魔物の発生源に魔石を置き、ボスを作り出したんだ。 魔物は序列に忠実で勤勉だから、少しでも魔力の足しになりそうな物があれば見境なく襲うだろうな」
「そんな、誰がそんなことを!」
アランが声を荒げる。
警備隊の一員として、そうするのも当然だろう。
目立った資源も戦力も無いこの町が、なぜ標的にされないといけないのか。
「苛立ちもわかるが、どうやらそれどころではないようだ」
ヘヴリングが視線を上げると同時に、ヒナが背負っていた鞘から大剣を抜く。
どこから現れたのか、森の木々の間からゴブリンの群れが飛び出した。
身長一メートル超の土色の小鬼。
手には紫色に輝く石製の短剣を持ち、体にボロ布を纏っている。
その長い耳から地獄に堕ちたエルフのなれの果てとも言われているが、エルフからすればたまったもんじゃない。
「一番はわーたし」
ミーリが片膝をつき長銃を構える。
音もなく撃ちだされた弾丸がゴブリンの額を撃ち抜き、先頭の一匹が塵となって消えた。
「警備隊は仕事に戻るといい、私たちの戦力は知っているだろう?」
ヘヴリングがゴブリンたちに背を向けている間に、脇から接近していた三匹の上半身と下半身が分かれた。
ヒナの振るった大剣から生じた風がカイトとアランの間を吹き抜ける。
ヒナは嬉しそうに笑うと、ゴブリンの群れに飛び込んでいった。
「という訳なんで、あとは任せてください」
「……わかりました、ご武運を」
アランはカイトに向かって一礼し、盾を叩いて鼓舞した後、町へと帰って行く。
見えただけでもゴブリンの数は十匹を超えており、自分では足手まといになると判断しての事だ。
アランを見送り、カイトは腰の長剣を抜く。
ゴブリンの一匹にすら勝てるかどうかはわからないが、それでもただ守られるだけは嫌だった。
「なかなか様になってるじゃないか、私の出番は無いかもしれないな」
腰の後ろで手を組んで、面白そうにじろじろと眺めながらカイトの周りを歩くヘヴリング。
一見馬鹿にするようなこの行動も、ヘヴリングの愛情表現の一つだ。
悠久の時を生きる吸血鬼にとって、興味を惹かれる存在というのはそれだけで貴重なものだ。
「冗談、俺の実力はわかってるだろ?」
「転生者も長命種だ、これから強くなればいい」
ヘヴリングの好きなものの一つは成長だ、自身には無い可能性に惹かれてしまう。
長命種でありながら成長の余地のあるカイトを羨ましくも思っている。
「はいはい、いちゃつくのはこれが終わってからね」
そんな二人の様子を横目に見ながら、ミーリは次々とゴブリンを撃ち抜いていく。
開けた場所に出れば大剣に斬られ、木陰に隠れても弾丸が襲う。
結局ゴブリンたちは街道にも出られぬまま全て塵になってしまった。
「ご苦労様、カイトが戦う所を見たかったんだが」
「ゴブリンが来たのってヘヴリングのせいでしょ? 少しは手伝って欲しかったんだけどなー」
不満げなミーリが銃から手を離すと、銃は魔力の粒となって消えた。
魔力から作られたものは魔力に還る、この世界の理だ。
「私の魔力は魔王のそれと似てるからな。 さすがにミーリは騙せなかったか」
「私も気づいてるんだけど?」
不満げなヒナは大剣を振って塵を払い、鞘に納めた。
魔力の感知ができないヒナをからかうのはお約束のようなもので、お互いコミュニケーションの一種として受け取っている。
ヘヴリング以外にからかった者はもれなく全員ヒナの手によって痛い目を見ており、推奨できるコミュニケーション法でない事は確かだ。
「みんなお疲れ様、このまま続けて調査に入りたいんだが大丈夫か?」
カイトの声に三者三様の了解がされ、一行はゴブリンの魔力の残滓を追って森に入った。
立派な広葉樹が生い茂る森は昼間だというのに薄暗くひんやりとしている。
美しい花々や見慣れない果物もあるが、魔物の痕跡は見当たらない。
自然豊かな場所では魔力の霧散も早く、時間が経てば経つほど追跡は困難になる。
「こっち、洞窟が見える」
木に登り、太い枝から枝へと飛び移りながらミーリが先導を務める。
森に入ったエルフは驚くほど素早く、慣れていなければ目で追う事すらできないほどだ。
優秀なガイドのおかげもあって、一行は痕跡が消える前に目当ての洞窟に着くことができた。
「入口は何の変哲もない洞窟だが、奥が遺跡に繋がっている」
「広さは?」
「さほど広くないが、魔力感知を阻害する何かがあるな」
洞窟の入口に立ったヘヴリングが影を伸ばし、中を偵察する。
魔力と拡張した感覚によって内部構造や敵の数、配置を確認できるのがヘヴリングの強みだ。
「だそうだけど、隊長、どうする?」
「遺跡の入口まで入ってみよう。 状況を確認して、戦力が足りなそうなら撤退。 どうだ?」
「わざわざ聞かなくても、それで正解」
ミーリがウィンクをし、ヒナと肩を組んで洞窟に入る。
ヘヴリングも伸ばしていた影を戻し、その後に続く。
白い岩肌に刺しこんだ日の光が反射して輝いており、洞窟の中とは思えないほどに明るかった。
「綺麗な場所だね、空気も澄んでるし」
「ほんとにね、魔物なんて居なさそうなのに」
狭い入口の先は広い空間に繋がっていて、地底湖と数本の細い道が見える。
用意無く入れば迷いかねない広さだ。
「先頭を変わろう、遺跡はすぐそこだ」
先頭に立ったヘヴリングが迷う事無く洞窟を進み、あっという間に遺跡の入口が見えて来る。
金属のように黒光りする強固な岩肌。
未だに採取も加工もできないその岩が、欠け一つなく長方形にくり抜かれて入口を形成していた。
「ここからは魔物の巣窟だ、カイトを中心に全方向を警戒する、いいな?」
「了解、というわけだから隊長、大人しく守られてね」
「間違って斬っちゃってもヘヴリングが守ってくれるから大丈夫だよ」
前方をヘヴリング、左右をヒナとミーリが守り、一行は入口を通る。
空気が一瞬にして変わり、肌を刺すような緊張感が漂い始めた。