「活気のある町だね!」
ナグルファルが港のはずれに止まり、一番に降りたヒナが大剣を片手に辺りを見渡した。
港には大小さまざまな船とたくさんの貨物が並んでおり、行きかう人々もみな笑顔を浮かべている。
魔物の異常発生と活発化に悩んでいると聞いて来たが、見る限りではそれほど問題なさそうだ。
ほっと息を吐くカイトを、ミーリは好奇心に満ちた目で見つめていた。
「で、隊長さん、どうする?」
事前のブリーフィングでどうすべきかは聞いており、町長と警備隊が協力してくれるのはわかっている。
それでもあえてカイトにどうすべきか聞いたのは、ミーリなりの優しさだ。
少しずつ指揮に慣れ、隊長としての自信を持って欲しかった。
そしてそのついでに、からかう事も出来る。
「まずは町長の所に行こう、警備隊の話を聞くにもそっちの方が早いだろうし」
そう即答したカイトにミーリは笑顔を向ける。
「了解、た~いちょう!」
「はーい!」
ミーリに続いてヒナが元気よく返事をし、カイトの元に駆け寄ってくる。
同時に辺りの人々の視線も集まり、三人の革鎧に刻まれたコンキスタドールの紋章に気付くとあっという間に取り囲まれてしまった。
「勇者様、来てくれたんですね!」
「勇者様だ! これで魔物たちも大人しくなるぞ!」
ヒナは笑顔で手を振って民衆に応え、ミーリも快く握手に応じている。
カイトはぎこちない笑顔を浮かべ、戸惑いながらも歓声を浴びた。
人混みがひと段落し、三人はそれぞれの荷物を持って港を後にする。
三人の姿が見えなくなるまで、港の人々は手を振り続けていた。
「勇者様って?」
「ああ、コンキスタドールの外の知識は必要最低限なんだっけ。 選ばれた人を勇者様って呼んで、歓迎するのがほとんどの町の習わしなの。 別に勇気で選ばれた訳じゃないのにね」
ミーリは不思議な顔をしていたが、カイトには勇者様と呼ぶその理由がわかった気がした。
特に優れた能力を持つ選ばれた人を、この世界でも勇者と呼ぶのだろう。
その一人に自分が入っている事に実感が湧かないまま、ミーリの顔を見つめ返した。
「ほら、もっと自信持って偉そうにしないと。 勇者様の中で一番偉いんだから」
向けられる笑顔が眩しい。
誰かに笑顔を向けられる度、それに見合った人間にならなければと思えてくる。
カイトの顔つきが徐々に変わっているのを感じ、ヒナとミーリは笑顔で顔を見合わせた。
白い石造りの道に建物が並ぶメインストリートを通り、町長の家へと向かう。
港、市場、居住区を抜けた丘の上、他の家と比べると一回り大きく、装飾の凝った家が見えてきた。
丘からは町を一望でき、人々の生活する様子がよく見える。
通りを行き交う馬車と荷物を担いだ男たち。
中には獣の耳と尻尾の生えた獣人族も居て、カイトにとってはとても新鮮な光景だ。
困惑と責任感で埋め尽くされた心の中に少しだけ余裕が生まれ、表情が綻ぶ。
「ごめんくださーい!」
ヒナがドンドンと扉を叩く音が響き、少しして恰幅のいい男が現れた。
上等な生地のローブには金の糸で天使文字の刺繡が施されている。
『神の力が慈悲の雨を降らせる』
与えられた知識によるものか、カイトにはそれがすらすらと読めた。
「ようこそいらっしゃいました、コンキスタドールのご一行様。 私が町長のダグラスです」
「こんにちは。 私はヒナ、あっちがミーリ、で、あの人が隊長のカイト」
ヒナが手短に挨拶を済ませると、ダグラスは親し気な笑顔を浮かべて三人を家の中に招いた。
ヘヴリングの紹介をしそびれてしまったが、影から呼び出す方法がわからないのでひとまずは良しとしよう。
中は外観のわりに質素で、木製の年季を感じる家具ばかり。
豪華な絵や皿のような装飾品は見られず、あっても絨毯などの織物があるだけだ。
廊下を越え、両開きのドアが開かれる。
目の前に現れた長いダイニングテーブルには、色とりどりの果物が置かれていた。
「どうぞこちらへ。 依頼内容は伝わっていると思いますが、もし不明な点があれば何なりと」
ヒナとミーリが左右に座り、ダグラスと対面する正面の席をカイトに空ける。
カイトが着席したのを見届けて、ヒナは目の前の皿から大きなリンゴを取った。
「じゃあ私から。 現在の魔物の様子と被害状況は?」
「魔物は相変わらずほとんどが小鬼なのですが、以前は見られなかった統率の取れた集団が出没しています。 目立った被害は無いものの、こちらの戦力を窺うような小競り合いが続いている状態で……」
魔物の多くは自然が吸収しきれなかった魔力の淀みから生まれており、その量が増えれば増えるほど質と量が増す。
スライムなどの知能を持たないものからゴブリン、オークなど多少の知能を持つ者へと変化し、果てはシャドウやリッチと呼ばれる人間並みの知能を持つ魔族に変わる。
そうなる前に先手を打つのが鉄則とされ、魔王が倒されてから今に至るまで、新たな魔族の出現は報告されていない。
「詳しい場所はまた警備隊に案内させますので、調査と討伐をお願いします」
「はい、次は私。 統率の取れた集団が現れる前に兆候、みたいなのはありましたか?」
手を上げたヒナがリンゴをかじりながら質問する。
「兆候、かどうかはわかりませんが、作物を枯らす呪いの雨がまた降るようになってきていて、天使様へのお祈りの時間を増やそうかと考えておりました」
イーリスの町は魔王の残した呪いの影響で作物を枯らす黒い雨が降り、天使族がそれを晴らした伝承を持つ。
その雨がまた降り始めたとなると、無関係とは考えにくい。
雨の被害の大きな場所か天使の加護により守られていた場所か、どちらも優先的に調査すべき場所だろう。
カイトはヒナ、ミーリと目配せし、質問が無い事を確認する。
「ありがとうございました。 では警備隊と合流して魔物の出現した地点へと向かいます」
「いえ、どうかお気を付けください」
ダグラスの家を出て、三人は警備隊の待つ町の門へと向かう。
警備隊は門の隣にある詰め所に控えていて、魔物や盗賊の出現、犯罪行為から町民を守っている。
戦闘に長けた彼らなら、ゴブリンに関するより専門的な情報も聞けるだろう。
「それにしても、鼻につく町だ」
ダグラスの家が小さくなった頃、突然カイトの影からヘヴリングが現れた。
いかにも嫌そうな顔をしていて、わざわざ鼻をつまむジェスチャーまでする始末だ。
「鼻につくって?」
「天使の匂いだ。 薄くなってるだけマシだが、そこら中から奴らの匂いがするのが気に入らない」
悪魔と魔族。
厳密には違う種族だが似ている部分も多く、悪魔を宿敵とする天使の加護は、魔族のヘヴリングにとっても不快なようだ。
匂いが薄くなっているというのは、やはり加護が弱くなっている証拠だろう。
「少なくとも、町に居る間は影に入らせてもらおう」
それだけ言うとヘヴリングは影に戻って行ってしまった。
カイトはそれをヘヴリングなりの助言と受け取って、ヒナとミーリの方を見る。
二人も同じ考えのようで、カイトに向けてにやりと笑って返した。