「では、こちらにどうぞ」
奥田は施術ベッドのほうに私を誘導した。
触診からのスタートといういつもの流れだが、私の場合は肩と上肢が主訴なので、美津子の場合とは施術の流れが違った。そしてベッドに横になった時も、いつもはうつ伏せなのだがこの日は仰向けだった。もちろん、なぜそうなのかは私には分からなかったが、主訴が異なるから手順も違うのだと理解した。
基本的には全身調整なので、脚のほうも施術の対象部位になるが、触診の情報に加え、実際の施術の際は主訴に絡めて身体の様子を知るために、手の指先から始まった。
その上で上肢や肩のほうにも施術が進んでいくが、最初のアプローチの際、親指と人差し指の間の部分が他と異なる刺激を感じた。
奥田も自身の指の感触から違和感を感じたらしく、施術の際に尋ねてきた。
「ここ、どうですか?
ここでの施術の場合、必要に応じて説明してくれるところが有難い。私は料理についてはプロだが、身体の仕組みは知らない。でも、単に施術してもらうだけでなく、なぜそこを刺激するのかとか、どういった関係性があるのかを耳にすると、施術の一つ一つに安心感が生まれる。私の店ではなるべくメインの食材については産地をお知らせしているが、そういうことがお店の信頼につながっている。施術の際の信頼というのは、私たちの仕事の発想と同じ構造で成り立ち、培っていかれるものなのだと改めて実感できた。
施術は手の裏表から丁寧にほぐされ、特に掌の中心を開くようにして刺激される時にはとろけるような感覚を感じていた。そういう時にはついウトウトしてしまうが、その場合、施術の説明はない。心地良い中で体調を整えるということがコンセプトになるので、受ける側が半眠状態になっている時には静かにし、リラックスしてもらうという方針なのだ。
私はこの日、それなりに睡眠をとってきたつもりだが、それでもウトウトするのは、やはり施術の効果なのだろう。
奥田は私にうつ伏せになるよう促した。この時、私は目を覚ましたが、そこから肩への施術が始まった。
「前腕を施術している時、ウトウトされていましたね」
奥田が優しい笑みと共に尋ねた。
「はい、とても気持ち良かったものでつい・・・」
「前腕の内側の真ん中付近を施術している時が特にリラックスされていたようですが、心包経という経絡で、とてもリラックス効果の高いところなんですよ。大抵の人はここで意識が遠くなります。結構、ここでいびきをかいて休まれる方がいらっしゃるんですよ」
奥田の説明に私は納得した。これまでも同じような説明を聞いた記憶があるが、プロではないのでそういう話もすぐに忘れてしまう。でも、同じことでも何度か聞くとだんだん頭に入ってくるし、一昨日の美津子の話があったので、この日は特に理解できたのだ。