2020年、感染拡大前夜 11

 その日の夜、私と美津子はほぼ同じくらいの時間に帰宅した。私のほうがほんの少し先に帰り、着替えている時に美津子が戻った。

「お帰り」

 私が言った。美津子も帰宅の挨拶をし、互いに今日の様子を報告し合った。

「どうだった?」

 話の口火を切ったのは私だった。

「今日はコースのお客様だけでなく、飛び込みの方もいつもより多くて、結構忙しかったわ。用意していた食材も、もう少しで足りなくなるものもあり、ちょっとひやひやしていたわ」

 そう、2号店のほうはこの日、結構数字が伸びたのだ。具体的にはいつもよりも5万円くらい数字がアップしていた。数字を聞けば店の様子も大体分かるが、言葉通り忙しかったことが理解できた。

「でも、午前中、奥田先生のところに行ってきたでしょう。そのおかげかしら、疲れは感じていないわ。事前に身体を整えてもらい、これまで蓄積していた疲れも取れたんでしょうね」

 忙しかったとは思えないような明るい声で美津子が言った。私はその言葉を聞き、改めて癒しの必要性と効果を考えていた。明後日は私が予約を入れている。

「それなら明後日、1号店が忙しくなっても疲れは感じなくても大丈夫そうだな。俺達には奥田先生がいるから安心だよな」

 今日の様子は着替えながら話していたが、それでは落ち着かない。この日はたまたま帰宅時間がほぼ一緒だから立ち話的な感じになったが、通常はどちらかが先に帰宅しているので、暗黙の約束事として先に帰ったほうが何か食べる物を用意し、ビールを飲むというのが日課だった。その後休むことになるので、食べるものの量は少ない。

 暑い時期であれば、帰った時にすぐにシャワーになるが、今は気温が低いのでシャワーは朝にしており、この時間であればちょっと飲んで休むことにしているのだ。

「今日は忙しかったから、家で作るのは大変かもということで、お店で用意してきたわ。それで良いかしら?」

 美津子がそう言いながら、ビニール袋からパックを取り出した。サバの味噌煮、ちょっとした野菜とポテトサラダ、そして豚の天ぷらだ。野菜と肉と魚という、バランスを考えたメニューになっている。夜だし、量的には2人の酒の肴になれば、というくらいの量になっている。私たちの店では、スタッフも含めて、家で何か食べられるよう、店で賄い的に作り、パックに詰めて持ち帰るようにしている。帰りが遅くなり、食事するところも限られるからだ。これがなかなか好評で、スタッフは好きなものを自分で作ったり、作ってもらったりしている。

 夜、飲むビールは缶で1本だけと決めているが、ちょっと物足りない時もある。休み前であれはもう少し飲むこともあるが、明日も仕事となれば、きちんと制限しておかないとまずいので、この点は飲食のプロということで自制してる。仕事柄、飲みすぎて正体を失う人を見る機会が多くなるので、自分たちはそうならないよう、普段から気を付けている、というわけだ。

 話は仕事の話を中心に30分ほど続いたが、明日もあるのでその後は休むことにした。