美津子はうつ伏せになっている。施術は触診からスタートするが、骨格の変位は無い。ただ、部位によっては凝っているところがあり、奥田はそういうところを的確に情報として入れていく。
「奥さん、前回からちょっと間が空いているから、固くなっているところがありますね」
奥田はそう言いながら、指でその部位を押している。具体的にはふくらはぎだ。美津子の身体がビクッと動く。
「そこ、ちょっと痛いです。でも、嫌な感じではなく、心地良いんですが・・・」
美津子はうつ伏せになっている顔を横に向け、奥田のほうを向いて答えた。
「そうでしょう。仕事が立ちっぱなしですからどうしてもここが頑張ってしまうんですよ。では、下肢の疲れを取るつもりでやっていきます」
奥田はそういって足裏から施術をスタートした。
左右同時に施術しているが、そうすることで左右のアンバランスの様子が分かる。やや左側のほうに固くなっているようで、奥田はそのことを美津子に確認した。
「左右、どちらのほうが圧を感じますか? 私の感触では左のほうが固くなっているように思いますが・・・」
「はい、私も左のほうが強く押されているように感じます」
「でも、圧の加減は同じなんです。左が疲れているからそう感じるのでしょう」
奥田はそう言いなから施術を続け、押した感触が同じくらいになるように行なっていた。そのことは美津子も感じていた。
施術はその後アキレス腱のほうに移ったが、やはり左側のほうが固くなっている。ここは人体の中では大変強靭な腱なので、施術の際にもそれなりに圧を加える。延ばすような感じで行なうのだが、力任せで行なうわけではないので延ばされていて心地良い。私もよくやってもらうが、その後は脚の軽さを実感する。
「ふくらはぎからアキレス腱に変わるあたりに
私たちが奥田の店に通うのは、こんな感じでいろいろ説明してくれるからということもある。こちらがウトウトしている時には会話はないが、起きている時の必要に応じての説明には安心感を感じるのだ。これまで私たちが通った店の中には、何も言わずに黙々とやってくれるところもあったけれど、何らかの説明があったほうが安心するし、自分の身体の状況も分かるのでありがたい。
そういう情報があれば、何かアドバイスをしてもらった時に、だからきちんと守ろうという気にもなる。すべて守れるわけではないが、頭に残ることが多くなる分、何かの折に気付き、姿勢などを直すこともある。施術に付随して健康関係の知識も増えるので、ちょっとした時に夫婦で試したりすることもある。もちろん、素人療法なので効果のほどは推して知るべしだが、気持ち良いと言われた時などちょっとプロになった気分になることもある。
ただ、今は本当にプロから施術を受けている時であり、美津子はそのまま寝息を立てていた。