2020年、感染拡大前夜 8

 その日の10時、美津子と私は予約を入れ替わり、いつもの整体院を訪れた。前日に予約の変更をしていたので受付はスムーズだった。日時の変更であればこちらとしても心苦しいところがあるが、施術の枠を予約したと考えれば美津子も気が楽だったはずだ。

「いらっしゃいませ」

 院長の奥田が笑顔で出迎えた。

「済みません。昨日、主人が予約したのに私に変更していただきました」

 美津子は今回のことを謝った。

「いえいえ、日時が変わったわけではありませんので、何も問題はありません」

 美津子の恐縮ぶりで逆に奥田に気を使わせてしまった。だが、私たちも商売をやっているので、予約の変更というのは枠の問題だけでないところで問題を生じさせる可能性があることを知っている。居酒屋の場合、予約の時間枠は同じでも人数が違ったり、コースの変更があると仕入れの関係があるから、枠だけのことではないのだ。奥田も私たちの仕事を知っているので美津子の恐縮ぶりがそこから来ているのだろうということは察していると思われるが、そこを気遣って奥田が言った。

「奥さん、私たちの仕事に仕入れなどないので、枠の変更以外は何も問題ないんですよ。施術者の変更となればご希望に添えるかどうかは分かりませんが、そこも変わりませんので、ご心配なく」

「ありがとうございます」

 美津子は改めて頭を下げ、お礼を言った。

「では、こちらへどうぞ」

 奥田は施術前にきちんと問診を行なう。定期的に通う方の場合も、前回と今回の間に何かあれば施術の流れが異なってくるためだ。だから、ここではこれまで1回も同じ流れで施術されたことがない。いつもその時の状態に合わせた流れになるので、心身共にスッキリする。

実はここを見つける前にも数箇所通っていたが、こちらがリクエストしても同じ施術しかしない、あるいは同じところをグイグイ力で施術し、揉み返しのほうが辛かったといったことばかりで、やっと自分たちに合ったところが見つかった、ということで喜んでいた。

そしてそのベースは施術前の問診にあることは、ここに通って初めて理解した。だから今ではそこでの会話も楽しみにしながら通っている。ここでは会話の施術の一部という考えらしく、そのためか事前の問診時に心もほぐれることがある。

「さて、何か気になることはありますか?」

 奥田が訪ねた。ただ、今回は具体的にどこか具合が悪いところがあって訪れたわけではない。私と矢島の会話から変に気合が入り、身体のメンテナンスをしようということからのことだったので、特別なリクエストはなかった。

「では、立ち仕事ということで、足腰を意識した内容にしましょう。もちろん、施術中気が付いたことがあればそれも意識しますし、基本は全身調整ですので、そこで何かリクエストしたいことがあれば、遠慮なくおっしゃってください」

 奥田はそう言って美津子を施術ベッドのほうに誘導した。