その日の夜、と言っても午前1時を回っていたが、私は自宅に戻ってきた。
ちょっと遅れて美津子も帰宅し、互いにねぎらいの言葉を掛け合った。
こういうシーンは毎晩のことであり、何かあれば就寝前にも話すことがある。
この日は私から話を切り出した。
「今日さ、矢島君から将来の夢を聞いたんだ」
「えっ、1号店のチーフの矢島さん? なんて言ってたの?」
美津子が興味深げに尋ねてきた。美津子も矢島のことを何かと気にかけており、たまに将来を心配するようなことを話していたからだ。
「話は最近話題になっている新型コロナウイルスの話から飛んだんだけど、その流れで将来の夢の話になったんだ」
私はこの日のことを簡単にまとめて話そうとしたが、あまりにもまとめすぎたために美津子はきょとんとした顔をしている。
そこでお店でのことを順序だてて分かり易く説明した。
「・・・そうだったの。矢島さんが昔、そんな病気をしていたとは知らなかったわ。それなら新型コロナウイルスのことも心配でしょうね。でもあなた、矢島さんが居酒屋をやりたいなら、ウチの3号店の店長候補にもなりそうね。自分のお店を持ちたいというのであればフランチャイズ、ということも可能でしょうし、そういった夢を持っているようなら、今後、いろいろ話ができそうね」
美津子は目を輝かせながら言った。その表情には美津子自身も何か新しい考えが生まれているようにも見え、これからのお店の拡大が期待できるような気持になったのかもしれない。
3号店のオープンや、そのための人材候補が浮上してきたのは、私にとっても嬉しいことだ。
ただ、まだ話が出たばかりであり、もし矢島が本気でそう思うのであれば、改めて機会を見つけてじっくり話し合う必要がある。そのためにはまず美津子と2人で話を詰め、いずれ3人で話すという方向に持って行ければと考えた。
「なんだかこれからいろいろ忙しくなりそうだな。明日はちょっと早めに家を出て、いつもの整体の先生のところに行こうか」
私は近くの整体院に時々通っており、体調管理をやっている。美津子も同様で、腕の良さは自分の身体で理解している。忙しくなりそうだから今まで以上にしっかり体調管理をしておかなければ、ということからの話だが、その先生に施術をしてもらうとすると、美津子と一緒に行っても無理だ。
でも、質にこだわる私たちはその先生の手が気に入っているので、休日でもない限り、日をずらして予約している。
ただ、明日の予約はしていない。
だから、朝一番で電話をし、もし午前中にお願いできるようであれば予約し、美津子はその次の日以降に、という予定を立てた。上手くその通りになれば良いのだが、と思いつつ、この日はそのまま休むことにした。