その後、いつものように店をオープンさせたが、昼間のことが気になり、何気なく来店した客の会話を聞いていた。
基本的にはいつものように会社の話や芸能人のうわさなどが主だった。
でも、たまに新型コロナウイルスの話も聞こえ、多少ニュースのことが話題になっているように思えた。ただそれは昼間のことが頭に残っているので、余計にそういう言葉が耳に入ったのかもしれない。
営業時間中は特段変わったこともなく、いつものように閉店時間になり、私は矢島や他のアルバイトと片付けながら雑談していた。
「今日、新型コロナウイルスの話をしているお客さんがいたな。やっぱり、ちょっと意識している人がいるようだ」
私は矢島やアルバイトのスタッフに言った。
「そうですね。でも、コロナウイルスって風邪の原因の一つでしょう。感染しても風邪薬を飲めば大丈夫ですよ」
アルバイトの一人が言った。他のスタッフもそうだというような顔をしている。
「栄養とって、ゆっくり休めば次の日には元気になりますよ。店長、もしかかったら有給下さいね」
別のアルバイトの一人が言った。
「アルバイトには有給はないの。もらえるのはこの中で唯一の社員の自分だけ!」
矢島がおどけた感じで言った。この時、昼間の憂鬱そうな感じは消えていた。
「えっ、ずるいなあ、矢島さんだけ。店長、俺も正社員にしてくださいよ」
大学生のアルバイトが言った。
「ダメだよ。お前、まだ学生だろう。卒業して、本気で飲食店をやろうと思うならその時に相談しろ。俺はスタッフを大切に思っている。本気なら力になるよ」
私は全員を見渡しながら言った。
「じゃあ、矢島さんは将来、居酒屋をやろうと思っているんですか?」
質問の矛先が矢島に向かった。私はこの時、矢島の考えにも興味があり、その返事を待った。
「夢の一つかな。店長もお店の一スタッフから自分のお店を持ったんだ。誰しも自分の城を持ちたいと思うだろう。だから俺も夢としてはある。店長、その場合、のれん分けしてもらえますか?」
矢島は本気か冗談か分からないような顔で私に言った。
まだ本気ではないにしろ、自分の店について多少考えていることが何となく分かった気がして、何とかその夢を叶えられる様に応援する気持ちが芽生えていた。