「それじゃあ、私の店へ戻ろう。ここの鍛冶場でも作業はできなくはないが、自分の店の方が設備も充実しているし、何より私のモチベーションが上がる」
メイはやる気に満ちていたが、一人ミコトさんが浮かない顔をしていた。
「あの距離を戻らないといけないんですよね……」
ミコトさんの呟きを俺は聞き逃さなかった。
彼女はヌシの洞穴に向かう前から時間を気にしていた。
ミコトさんのリアルの事情については知らないが、無理をさせるわけにはいかない。
乗合馬車を使えば歩いて帰るよりは早いが、それでも移動時間は確実にかかる。残念だけど、ミコトさんとはここで別れることになるかもしれない。
「私の工房なら転送陣で戻れるから、みんなも一緒に来てくれ」
「――――!?」
俺とクマサン、そしてミコトさんは一様に驚いた。
転送陣とは、自分が設定した場所に一瞬で戻れる陣を作る魔法道具だ。設定場所は一箇所で、どこか別の場所で設定をすれば前の場所は上書きされる。また、陣という性質上、使用者個人だけでなく、陣の中に入ればほかの人も一緒に転送することができる。
多少の制限はあるものの、戦闘時の緊急脱出にも使える非常に便利な魔法道具であるが、何せ値段がクソ高い。時間短縮のために簡単に使えるようなアイテムではないはずなのに……。
「どうした? 私の近くに寄ってくれ。陣の外にいると転送漏れになるぞ?」
俺達の驚きに気づかないで、メイは手招きしていた。
恐るべきは一流鍛冶師の資金力だ。
俺は無情さとやるせなさを感じながら、メイのそばに寄った。クマサンとミコトさんも同じように集まってくる。
「それじゃあ、行くぞ」
メイが転送陣を使うと、俺達の足元に青い光の魔法陣が広がり、その光が俺達の全身を包み込んだ。
次の瞬間、俺達はメイの工房へと移動していた。
「便利でいいですね、転送陣って……」
「……そうだな」
ミコトさんの呟きに俺も同意する。
俺も一つくらい欲しいなぁ……。
「何をぼさっとしているんだい? 包丁を作るんだろ? アイテムをトレードしておくれ」
転送陣初体験にひたっている俺の腕を、メイがつんつんと指でつついてきた。
転送陣を使うことくらいたいしたことないというその態度がちょっとにくらしい。
「……わかった。よろしく頼む」
嫉妬を少々感じつつ、俺はメイにトレードを申し込む。
すぐに彼女が承諾し、トレードボックスが開いた。
アダマンタイト鋼
ウッドワスの木
ラボラスの骨
精霊結晶
銀鉱石
鉄鉱石
ミコトさんから事前に聞いていた必要アイテムをすべてトレードボックスに入れ、OKを選ぶ。メイの方は空っぽのままOKをし、アイテムの受け渡しが完了した。
「私に武器や防具を依頼してきた者は数多くいたが、包丁を頼んできたのはあんた達が初めてだ。最初にこの話を聞いた時から、正直、ちょっと気にはなっていたが、今なら、ショウ、あんたのためにこの鍛冶師メイのすべてを注ぎ込んだ最高の一本を作ってやるよ!」
メイはやる気に満ち生き生きとした表情で親指を立ててくる。その姿はこれまで以上に格好良かった。
「メイ、任せたぞ」
メイは無言で頷き、鍛冶場の奥へと進んでいった。そして、炉の近くにある金敷と呼ばれる作業台の前に立った。
その姿は、戦場で見たメイよりも、何倍も凛々しく、そして頼もしく見える。彼女の背中には、職人として覚悟と自信がみなぎっているのが感じられた。
俺達が見守る中、メイは俺が渡したアイテムを金敷にセットし、ハンマーを握った。
その細い腕は、さっきまでただか細く見えていたのに、今はその腕が力強く、そしてたくましく感じられた。
カーン
メイがハンマーを叩きつける音が店に響き渡った。
俺が料理をするとき、素材に包丁を入れるのと同様、ハンマーを叩くのもゲーム的には単なる作業工程の1アクションにしか過ぎないのだろう。
しかし、単に作業としてメイがハンマーを振るっているのではないことは、彼女の顔を見ればわかる。俺が包丁を入れるときに、神経を集中させ、自分の想いを込めて行うのと同様、メイがそのハンマーに自分の想いを乗せているのがわかる。
鉄の響く音が三度続き、その音が静かにやんだ。
「できたぞ、ショウ!」
メイが誇らしげにハンマーを置き、俺達に振り返った。
アクションとしてはたった3回ハンマーを叩くだけ。時間にしてみればわずかなものだった。
だが、その短い時間に、メイがどれほどの心血を注いでくれたのか、その表情を見れば明らかだった。
そして、その成果が、彼女自身の満足に足るものであることも、彼女の自信に満ちた顔が物語っていた。
「今まで私が作った作品の中でも間違いなく最高の逸品の一つだ!」
やり切った顔で近づいてきたメイが、トレードを申し込んでくる。
即座に承諾すると、開かれたトレードウィンドウに、見慣れぬ文字が浮かんでいた。
「メイメッサー?」
アイコンは包丁のマークだが、その名前には聞き覚えがなかった。
メッサ―は確かドイツ語で包丁を意味するはずだ。
メイというのは……やっぱり彼女の名前だろう?
「一定以上の達成度でレア度の高いアイテムを完成させると、作成者が自由に名前をつけることができるんだ」
不思議そうな俺の顔を見て察してくれたのか、メイが説明をしてくれた。
「なるほど。じゃあこれはメイが付けてくれた名前なんだな」
彼女の話から察すると、この包丁は相当な品質を誇る上物だということだ。メイが「最高の逸品の一つだ」と胸を張ったのも、決して大袈裟ではないのだろう。
もしかすると、メイは特に出来の良い作品に自分の名前を冠する習慣があるのかもしれない。同じ職人とて、その気持ちはわからなくもない。
料理の場合は、消耗品のためか、どれだけ出来が良くても自分で名前をつけたりはできない。もし可能だったなら、俺だって「ショウスペシャル」とか、「ショウのお薦め日替わり定食」とか、そんな名前をつけていたかもしれない。
「へぇ~、メイさん、自分の名前をつけたんですね。ふーん」
ミコトさんが意味深な笑みを浮かべながらメイを見つめる。
「う、うるさいぞ、ミコト」
突然の指摘にメイは顔を赤らめ、照れくさそうにミコトさんをたしなめた。
先ほどまでの職人然として真剣な表情から一転、少女らしい可愛らしさが垣間見える。その変化の理由はわからないが、メイの意外な一面に、俺の胸はほっこりと温かくなった。
「とにかく、ありがとうな、メイ! このメイメッサー、大事に使わせてもらうよ!」
俺は感謝の気持ちを込めて、手にしたメイメッサーを高く掲げた。
俺にとって包丁は、料理だけでなく戦闘においても欠かせない最重要アイテムだ。
この一本が間違いなく俺の大きな力になってくれる――その確信が胸に広がった。
「ああ、そうしてくれると私も嬉しい。……それと、その包丁を使うときは、たまにでいいから、私と一緒にクエストをしたことを思い出してくれ」
メイは少し控えめな声でそう告げた。その瞳には、どこか名残惜しさが宿っているように感じる。
「ああ、もちろんだ。忘れるわけないさ」
言ってから俺は理解する。
そうか、メイとはこの包丁を作ってもらうためにパーティを組んだだけで、これでもうお別れなんだ……。