互いに戦闘職であれば、またどこかでパーティを組む機会もあるだろう。しかし、俺は料理人でメイは鍛冶師――俺達が再び一緒に冒険をすることは、もうないかもしれない。
それに、金があまりなく、戦闘職でもない俺は、メイの店に足を運ぶ機会すらないだろう。
下手をすれば、パーティどころか、もう会うことさえない可能性すらある。
今日初めてパーティを組んだだけの関係だというのに、俺の心には寂寥感が広がっていた。
メイも同じ気持ちなのか、彼女の背中に漂う寂しげな影を見て、俺はそう感じずにはいられなかった。
そんな空気を感じ取ったのか、ミコトさんが唐突に別の話題を持ち出してきた。
「ねぇ、メイさんのような一流鍛冶師だと、ギルドによく誘われたりしませんか?」
「ん? ああ、それはよくあるが……」
メイは少し戸惑いながらも、素直に答えた。
確かに、サーバー1の鍛冶師がギルドにいれば、心強いことこの上ないだろう。ギルドメンバーは、良識な武器や防具を優先的に回してもらえると期待するに違いない。
「誘われはするが、私はギルドメンバーのために製作を強制されるようなことは我慢ならない。私は自分の作りたいものを作るだけだ。……だから、ギルドの誘いはすべて断っている」
メイの口ぶりからは、まるで過去にそのような経験をしてきたかのような響きがあった。もしかすると、彼女はかつてギルドに所属していて、その中でそういう不本意な扱いを受けたことがあるのかもしれない。
「でも、メイさんならしつこい勧誘とかあったりして大変じゃないですか? その苦労はわかります。私もヒーラーだから頻繁に誘われてましたから」
ミコトさんの場合、ヒーラーだからというだけではなく、その可愛らしい容姿や明るい性格によるものも大きいだろう。彼女が一人いてくれるだけで、パーティもギルドも華やぐことは間違いない。
「メイさん、そういった勧誘を防止するいい方法があるんですけど、興味ありますか?」
「ん? そんな方法があるのならぜひ聞かせてほしいが……」
メイは半信半疑の表情を浮かべながらも、ミコトの話に耳を傾ける。
俺も同じく、そんな方法があるのかと首をかしげる。そんな方法があるなら、メイだったらとっくに気づいていそうなものだ。
「それはですね……どこかのギルドに入っちゃえばいいんですよ。そうすれば、もう誘われなくなります」
ミコトさんは得意げに言ったが、メイは呆れたように眉をひそめた。
それはそうだろう。
ギルドに入りたくないと言っている相手に、勧誘されない解決策が「ギルド加入」では、本末転倒もいいところだ。
「……ミコト、私はギルドのために何かするのが当然みたいな考えのギルドは好きじゃないんだ」
メイは慎重に言葉を選びながら、そう返す。
「わかってますって。でも、そういう縛りのようなものが何もないギルドがあるんですけど、よかったら紹介しましょうか?」
なるほど。ミコトにはギルドメンバーに義務やノルマを課さない、自由なギルドに心当たりがあったのか。
それならば、彼女の言葉にも合点がいく。
「ほほぅ。そんなギルドがあるのか? この私が所属していても、誰も製作を強制せず、何もギルドに貢献せず好き勝手にやってても誰も文句を言わない、そんなギルドが?」
メイは半ば挑発するように言った。
余程ギルドで苦い経験でもしたのかもしれない。
だけど、ミコトさん、本当にそんなギルドを知っているのか?
そういう理想を掲げるギルドマスターもきっといるだろう。でも、ギルドメンバー全員が同じように考えているとは限らないぞ。
だいたい、そういうふうに考える人達は、ギルドに所属しようと思わないものだ。
「それがですね、あるんですよ! 『三つ星食堂』っていう居心地のいいギルドが!」
なるほど。「三つ星食堂」ね。
なかなかふざけた名前のギルドじゃないか。
…………。
それって、このギルドのことじゃないか!
ミコトさん、何を言ってるんだ!?
これって、メイを俺達のギルドに勧誘しているようなものじゃないか――というか、勧誘そのものだ。
俺達はもともと包丁作成の依頼でメイに会いに来ているんだし、説得力がないよ。
せっかくメイとは仲良くなれた気がしてたのに、最後にこんな誘いをしたら、メイの気を悪くさせちゃうじゃないか!
俺は不安を感じながら、恐る恐るメイに視線を向けた。しかし、意外なことにメイは嫌な顔をしていかなった。
それどころか、どこか愉しげにさえ見える。
「ほぅ、『三つ星食堂』か。なかなかふざけた名前をつけたものだ」
ああ、名前のことはあまり言わないで。
それはクマサンが考えてくれた名前なんだ。
まぁ、さっき自分でもぶさけた名前だと思ってたんだけど……。
「で、その『三つ星食堂』とやらは、私に何か作らせることもなく、好き勝手にやっていても誰も文句言わないギルドだというんだな?」
「はい! そうですよね、ショウ?」
なぜそこで俺に話を振るんだ? ……って俺がギルドマスターだからか。
メイとミコトさんの二人が、期待のこもった目で俺を見つめてくる。
「ああ。このギルドは何か共通の目的があって作ったわけでもないから、ギルド内のルールは特にないし、誰かに何かを強制するようなことはない。だから、他のギルドからの勧誘を防止するための隠れ蓑として使うのでも構いはしないけど……」
俺の隣で、クマサンも「その通り」とばかりにうなずいている。
「ということわけですけど、メイさん、どうでしょうか?」
「そうだな……頻繁に勧誘されるのにはうんざりしていたところだ。そういうことなら、その『三つ星食堂』とやらに加入させてもらうとするか」
……なんと!?
思わぬ展開だった。
ギルドに入るのをあんなにいやがっていたメイがこんな簡単にギルドに加わるなんて。
しかも、それが俺のギルドときている。
「そういうわけだから、引き続きよろしくな、ミコト、クマサン……そしてショウ」
なぜかメイは意味ありげな視線を俺に向けてきた。
え、何か俺、期待されているんだろうか?
だめだ、全く心当たりがないぞ!
俺はサーバー1の鍛冶師をギルドに迎えることに、少し不安を覚えたが、メイが先ほどまでの寂しそうな顔とはうって変わって、なんだか楽しそうな表情を浮かべていたので、そんな不安なんてどうでもいいかと思えた。
彼女が楽しそうなら、それで十分だ。
こうして俺は、唯一無二の包丁「メイメッサー」と、頼もしい新たなギルトメンバーを得ることになったのだった。