はるかむかし聖騎士たちが強大な魔族を封じるのに使用した魔具。
皇国発展のいしずえとなったその力を回収するため、わたくしは騎士団に調査隊の編成を命じた。
部隊が現地に到着したという報せをうけたわたくしは、馬車にのってデーモン封印の地にむかう。
「この服はとても機能的です!」
地下遺跡の調査にあわせて今日は探検むきのよそおいだ。
スカート以外をはいた記憶のないわたくしは、それだけでおかしなくらいに気分がたかぶった。
「──似合ってませんか!?」
作業着の着ごこちに感動しているわたくしをサンディは複雑な表情で見ている。
「……似合わないというより、高貴な女子が炭鉱夫みたいな格好をなさっているのを見たことがないので」
「ので?」
専属女中は慎重に言葉を選んでいる。
「なんというか異質……うん、似合ってませんね」
配慮につとめたわりには勢いよく否定した。
「もうすこし主君をほめる努力をしませんか?」
「パン屋の娘がドレスを着る機会に恵まれたのだとしたら、そりゃあ絶賛しますとも」
あからさまに乗り気でないサンディにわたくしは不満だ。
「……………」
「ゴブリンの赤子みたいな顔をやめてください」
そんなものは見たこともないから分からない。
──もっと楽しそうにできいのかしら!
よそおいを褒められないことが不服なのではない、サンディの態度と希望に胸をふくらませているわたくしとの温度差が気にいらないのだ。
踏み出したこの一歩はあかるい未来への門出だ、ポジティブな気分でのぞみたい。
わたしは催促する。
「なにとぞ!」
「あー、きゃわうぃです」
──なんて投げやり!?
さんでぃはいつもの給仕服すがた、地下遺跡の探索にはそちらの方がよほど不似合いに感じられる。
「その格好のまま行くのですか?」
「これでも仕事着ですからね」
たしかに動きやすいにちがいない。
見慣れない【魔術杖】を持参してやる気がないわけでもなさそう。
けれどいつもどおりの格好でいられると探険気分に水を差された気分になる。
「サンディは【聖騎士の遺産】の回収に否定的ですの?」
この時期に遺跡調査に人を割くこと、わたくしが城を離れることに反対する者も一定数いた。
意見はもっともだが、わたくしが残ったところでお飾りでしかないのが現状だ。
なにもさせてもらえない城にいるくらいなら封印解除の役にたちたい。
「そうですけど、ティアン様のその浮き足だった感じが不安です」
サンディが不安を口にした。
たしかにこの気分の高揚は反動によるものだという自覚はある。
あるいは煩わしいことを一時的に忘れてしまおうという逃避だ。
今朝がたレイクリブを見殺しにした二人組が連行されてきた──。
とにかく、わたくしはいやな思いをした直後だった。
先日、わたくしは男たちの捜索を騎士団に命じた。
手がかりがなく見つかることは期待していなかった、けれど本人たちがあの出来事を酒場で吹聴していたとの通報でその素性が判明した。
わたくしの興味はすでに遺跡調査にそそがれていたのだけれど、命じたてまえ放置するわけにもいかず聴取をおこなうことにした。
二人は騎士団にとらえられ城門のまえにひざまずいていた。
どんな野蛮な人物かと身がまえていたら、卑屈にへりくだりあの日とはまるで別人のように怯えていた。
男たちは拍子抜けするくらい普通の市民だった──。
わたくしをさらに困惑させたのは彼らの申しひらきの言葉だ。
なぜ、助けてくれなかったのか? そうたずねたわたくしに彼らはこう言った。
まさか死ぬとは思わなかった──。
わたくしはごく自然に、これ以上なくナチュラルに首をひねった。
死ぬとは思わなかった。とは、まったくの意味不明だ。
何度も一刻をあらそうと伝えたはずです。とたずねたが、そのときはそう思ったのだ。と言いはる。
責めたわけではない、ただレイクリブの死に『納得』を得たかった──。
わたくしは彼らの行動原理が知りたくて質問をくりかえした。
あなた方の基準ではどこから死の危険を感じるのか、どれほどの状況ならば危機感をおぼえるのかと。
訊ねども訊ねども彼らは謝罪をくりかえすばかりで論理的な回答は得られない。
高圧的な態度ではなかったとおもう。
こちらは理解し共感を得ようと努力をしていたのに、悪気はなかった。と、彼らはその一点張りだ。
死ぬのがわかっていて見捨てるのと、死に瀕している人物を目の当たりにしてそれを想像できないのでは、どちらがより思考に重大な欠陥をかかえているのだろう。
そう考えると怒りはしぼみ、むなしさが込みあげてた。
──わたくしはいったいなにを期待していたのだろう。
レイクリブのことを教えて彼の家族がどうなったかの顛末を伝えた、すると彼らは嗚咽まじりに涙を流しながら後悔と謝罪の言葉をならべたてた。
酷いことをしてしまった。
間違っていた。
申し訳ない。
反省している。
──すべてが手遅れだ。
わたくしにはそれが命乞いにしか聞こえなくて、こんなことなら謝罪なんてほしくないと、そう思ったのだ。
どんな懺悔の言葉もすべて、どうか見逃してください。と、そう言っているようにしか聞こえてこない。
かわいそうな家族の話をしているのになぜ、見逃してください。なのだろう――。
わたくしはその弱者をよそおった態度を嫌悪し、聞きぐるしい弁明に腹をたてた。
──あの日の威勢はなんだったの?
あの日、あなた方がわたくしに投げかけた言葉を思い出してください。
そして、ここで復唱してみてください。
無関係だと!
甘ったれるなと!
俺の足を舐めろと!
あの下卑た言葉の数々をもう一度ここで浴びせてみせてと、わたくしは彼らに求めた。
そのときにはもう彼らは泣きじゃくり、とてもコミュニケーションが取れるような状況ではなくなっていた。
──なんで?
瓦礫の下敷きになっている人間の死を想像できない大人が、わたくしのたわいもない質問に自らの死を予感してこんなにも怯えている。
彼らは一市民だった。
家では良き家族で、外では良き友で、職場では頼られる人物なのだという。
――断ずるべき悪であってほしい。
そう期待した彼らは善良な市民で、どうやらこれが先進国の水準らしい。
わたくしは彼らの処刑を思いとどまった──。
レイクリブの母親みたいな人物をイタズラに増やす気にはなれなかったし、聴取したところでなにひとつ歩み寄れなかった事実への意気消沈が怒りに勝った。
徒労、対話をすることになんの意味もない──。
解放後、門番がかすかに聞きとった彼らの言葉は、畜生。だったと報告をうけた。
──もういい、もう知らない。
わたくしは彼らを見逃したのではなく見はなしたのだ。
言葉が通じるなら対話で解決できる、そんな甘ったれた発想はもたないことにした。
他人とはわかり合えない。
そのうえで互いの妥協点を模索し、みつからなければ殺し合う。
それが戦争なのだと理解した。
「やはりティアン様をあの場所へお連れするのは気が引けます」
道中の馬車でサンディが言った。
「でも、わたくしでなければ入口の封印は解けないでしょう?」
【古代神聖文字】が読めるのは現状ではわたくしだけだ、そして解読が必要なのは入口だけとはかぎらない。
わたくしが遺跡の探索に出むくことは一部強く反発をまねいた、メジェフ騎士長などがその筆頭だ。
それでもわたくしは今回の調査を取り下げなかった。
もう無力を理由にさげすまれることも、悲劇に泣き寝入りすることもしたくない。
大聖堂の地下に眠る魔具がどういうものかは分からない、もしかしたら肩透かしをくらう可能性だってある。
上級悪魔を封印した魔法具──。
それが古代から伝わる逸話のなかでも強力なものであることは想像できた。
それがフォメルスのように人々を畏怖させ従わせられるものならば、リングマリーのように独力で世界をひっくり返すほどのなにかならば。
──わたくしはその力がほしい。
反対派は断固として納得しなかった。
けれどわたくしの確固たる意志にハーデン・ヴェイル騎士団長が共鳴し、遺跡調査の決行がきまった。
「騎士団長のおかげですね」
「ああ、それです。一番気にくわないのは今回の作戦の指揮官があのダーレッド騎士長だってことです」
サンディもアルフォンス同様に反ダーレッド派みたいだ。
「実績はうたがいようがないのですから、頼りにしましょう?」
ハーデンが息子のダーレッドを重用することを公平と感じないことは分かる。
かといって老騎士を地下迷宮に連れ回すわけにもいかない、体力に余裕のある若者が選抜されたのは妥当な人選だ。
「いいえ、ティアン様は私を頼りにしてください。古代文字の解読はできませんがこれでも聖堂騎士団のはしくれ、かならずお役に立ちますとも!」
サンディは腕まくりをしてそう言った。
「心強いです」
お世辞ではなく同年代の同性である彼女の存在は非常にありがたい。
なによりこの一年、もっとも近しい存在であった相手への安心感がある。
手ばなしで心を許せる、そう思える相手はもう何人も残ってはいない──。
そうこうしているうちに馬車は目的地に到着しようとしていた。