レイクリブの埋葬は騎士団の慣例に従っておこなわれた。
家族の様子はいたましくとても注視できるものではなかった。
謝罪がしたかった、わたくしのせいだと頭をさげたかった。
しかしなにが起こるかわからないと直接の対面は止められてしまっていた。
フォメルスの妻からすればわたくしは家族を三人ころした女だ、死神にでも見えているだろう。
実際に一人はこの手で息の根をとめた──。
因果応報だとか殺らなければ殺られていただとか、それがたとえ事実でも口にだして伝え、彼女を追い込もうなどという気は微塵も起きない。
ただ虚しい、どうしようもなく哀しい。
レイクリブの死が任務に殉じたものだとしても、それが彼の信念による帰結だとしても、地面にひたいを付けて。
わたくしのせいです、わたくしが彼らを殺したのです。と、詫びてしまいたかった。
それくらい彼女の嗚咽する声はわたくしの心を切り刻んだ。
彼女になにをされても仕方がない、心の底からそう思っている。
わたくしが彼女を絶望させた。
頂点からどん底まで落ちた境遇を改善される希望をあたえたうえでふたたび突き落とした。
二度と立ち直れないだろう。
気力も体力もおとろえた中年女性がわたくしを怨み、世を怨み、みずからの不幸を儚みながら苦痛にまみれた日々を送る。
そして死んでいくのだ、怨念に身も心も焼き尽くされて。
「ああ、いやだな」
不幸という漠然とした対象にむかってつぶやいた。
リヒトゥリォが死んだ。
アルフォンスが死んだ。
レイクリブが死んだ。
──つぎは誰?
わたくしだろうか。ああ、それならばどれだけ気が楽だろう。
翌日から慰霊巡礼の政務を打ち切ることにした。
黒騎士は敵国のおくり込んだ刺客でありアルフォンス暗殺は戦争の前準備、その可能性が濃厚だ。
いつ全面戦争になるかもわからない情勢で、半日をパフォーマンスに割いている余裕はない。
民衆の反応は危惧されたけれど、怪我の功名か爆発事件を理由に否定的な声は意外とすくなかった。
あんなことがあったあとならば仕方がない、そちらの意見が多数だった。
都合がいい、この気に乗じて行動を起こさなくては。
わたくしは執務室にイバンとサンディを招集した。
「イバンさん、アルフォンス様の埋葬ありがとうございました。サンディも教会の件、ご苦労様です」
二人をねぎらい本題にうつろうとしているところ、執務室のドアが乱暴にあけ放たれる。
「姫さまッ!!」
飛び込んできたのはメジェフ騎士隊長、どういうわけかすごい剣幕だ。
普段から元気な老人だけれど、温和で暢気な印象の彼がなぜだかひどく狼狽している。
「どうしました?」
たずねると彼は握りこぶしを胸に熱弁する。
「姫さまが騎士団に民間人の処刑を命じた! という流言を耳にしました!」
先日、ダーレッドに頼んでいた件だ。
瓦礫の下敷きになったわたくしたちをからかった挙句、見捨てて去った二人組。
彼らを捕らえて来いと、そして必要と判断したならば処刑すると言った。
「あら、見つかりまして?」
「けしからんことです! 姫さまにかぎってそんな発言があるわけが――いま、なんと!?」
自分の耳をうたがうメジェフにもういちどたずねる。
「該当者はみつかったのですか?」
わたくしの問いかけにメジェフ騎士長はキョトンとしてしまった。
そして絞りだすようにして確認する。
「……まさか、事実なのですか?」
ひどくショックを受けている様子だ。
誕生から姿をしっている彼からすれば、わたくしは娘のようなものだろう。
そんな彼だからこそこの冷酷な決断が受け入れられないのもわかる。
けれどわたくしはもう赤ん坊ではなく国家元首だ。
「誠意だといって下手にでていたら人々は際限なくつけ上がります、立場は力の差を見せつけて分からせるものでしょう?」
そうしなければ民衆は従わない、復興も進まなければ戦争にも勝てない。
人々の幸せのために王は畏怖されなければならない。
フォメルスが、世の優れた指導者たちがそうしたように。
「姫さま……」
落胆するメジェフに対してイバンとサンディが擁護してくれる。
「誰だって殺してやりたい人間の一人や二人いるでしょう、陛下だって人間なんですあたりまえだ!」
「レイクリブさんのことを考えると気持ちは分かります……」
命をうばうことに抵抗がないわけじゃない。
たとえるなら虫をとりのぞかないと枯れてしまう花壇を任されているのがわたくしだ。
枯らしてしまってから後悔してもおそい。
あらゆる汚物の処理もそれを人手がおこなっているように、皆のため触りたくもない虫をつまんで不快感に耐えながらすり潰すのがわたくしの仕事。
「それで、イバンさんにはお伺いしたいことがあります」
二人を呼びだしたのは謝辞を述べるためではなかった。
「スタークスさんからの報告はまだですよ?」
イバンは『猫の爪』への依頼のことを言ったが、さすがに即日に成果を催促したりはしない。
「あらためて大聖堂の地下迷宮のはなしを聞かせていただきたいのです」
要件を伝えるとイバンは「ああ」と身を乗りだした。
わたくしは単刀直入にたずねる。
「上位魔族を封印したとされる魔具【聖騎士の遺産】はすぐに入手できるかしら?」
「いや、簡単ではないです。ながい階段をくだった地下ふかくに遺跡への入口がありまして、これが魔術で封印されていますからね」
どうやら入口からさきへは行けないと判断したらしい。
「──封印をさけてべつの位置に地上から穴を掘る、そういう切り口での侵入は可能かもしれません」
「……封印を解除すべきでしようね」
話によると遺跡はかなり深い位置にある。
必然として大工事になるし、構造が不明なため徒労に終わる可能性も拭えない。
「──サンディはなにか知りませんか?」
教会関係者であるサンディにたずねた。
「えと、大聖堂で封印につかわれているとしたら【古代神聖文字】だと思います」
【古代神聖文字】ははるか昔に教会でもちいられた暗号だ、言語としてはあまりに断片的で不自由なため浸透せずに廃れた。
けれど、その文字にはべつの役割がある。
「だとしたら封印の解除にとくべつな手順は必要ありません、ただ文字を読めばいいのです」
文字列は魔術の起動装置として機能する、読むだけで魔術が発動し遺跡への道はひらく。
わたくしの言葉にサンディが難色を示す。
「でも、読める人間がのこってるかどうか……」
彼女には読めないようだが仕方ない【古代神聖文字】は難解な暗号だ。
『開け、閉じろ』の命令だけで表の文と裏の文、くわえて場の文と製作者の文の混成でできている。
おなじ魔術の起動文でも無限の組み合わせがあるのだから。
首都の司祭たちは壊滅したけれど、地方の教会をたずねれば解読できる人材がのこっているかもしれない。
けれど時間が惜しい。
「わたくしが参ります、おそらく解読可能です」
「すごい!?」
サンディは素直に驚き、イバンは遺跡の探索が開始されることに歓喜した。
「おお、やった! ぜひお供させてください!」
メジェフがそれに異を唱える。
「日々の役目はどうするのです」
そのほとんどは有力貴族への、民衆へのご機嫌取り。
「地道にやれば報われる、一生懸命誠心誠意やれば分かってもらえる。そういうのはもう卒業します、無駄だとわかりました」
どんなに努力しても結果がでなければ評価はされない、対象を喜ばせなければ誠意や真心は伝わらない。
「──なんの効果も得られませんもの、無意味です。そうしているあいだに国が滅ぼされては意味がないので、より即物的な力に頼るほかにありません」
必要なのは分かりやすさ、分かりやすい力だ。
一目で『アシュハは強い』とわかる物理的な力、外敵はおいそれと手出しできなくなり国民は安心できる。
メジェフはそれに反発する。
「危険です、それが将来的に良い未来をまねく判断になるとは思えない」
力を得ることに否定的というわけではないだろう、不確定な情報にすがる姿勢をとがめられている。
それはメジェフが父につかえた騎士だから、わたくしに可愛いお姫さまでいてほしいという願望があるからだ。
それでは国は守れない。
「それは、国を滅ぼしたあとの言いわけになりますか?」
民衆は納得してわたくしを許してくれるだろうか、いや、許さない。
それでメジェフは黙った。
彼も現状のままでは衰退の一途であることは理解している。
わたくしはすぐに調査チームの編成を騎士団に要請した、明日からは遺跡探索のはじまりだ。
力が欲しい。
敵の侵略から皇国を護れる力を、暴力に屈しない力を、人々に見くだされずに従えることのできる力を。
それができれば世のためになることだってより効率よく進められる。
力がほしい。
力がほしい。
なにより我が身の無力にはもう耐えられそうにない。
無力ゆえに大切な人々を侮辱されることにも、無力さゆえにその命を取りこぼすことにも、もう耐えられない。
力がほしい。
力がほしい。
必要な力は強大で、残された時間は限られている。