大聖堂跡地に到着、調査部隊がさきに着いているはずだ。
馬車の窓から外をのぞくと、ダーレッド・ヴェイル騎士隊長がわたくしたちの到着に合わせて待機している。
「ちっ!」
サンディが舌打ちした。
「はしたないですよ?」
協力すべき相手に対してどうしてこう好戦的なのだろう。
「騎士団長が遺跡調査に乗り気だった理由がすけて見えます、息子に活躍の機会をあたえてティアン様に能力をアピールするためです」
つまり任務にかこつけてわたくしに対する点数稼ぎの機会を画策したのだと彼女は言った。
「……そうでしょうか?」
「ええ、任務をよそおった婚前旅行のつもりなんですよ!」
サンディの飛躍した解釈には素直におどろいた。
「婚前旅行をするには地下遺跡はあまりに殺風景ではありませんか?」
想像できるのは見わたすかぎりの土壁とひくい天井だ。
「不安な気持ちになったところに寄りそって頼りになると錯覚させる、恋のかけひきというやつです!」
「……なるほ、ど?」
求婚への返答をさきおくりにしているわたくしにダーレッド騎士長が吊り橋効果を期待している。
サンディはそう考えているようだ。
だとして、フォメルスに反旗をひるがえし打ち倒したときや百万のリビングデッドを従えたとき、わたくしがイリーナに感じたようなトキメキをダーレッド騎士長にいだく気がまったくしない。
ちょっと頼りになったからといって比較になるはずもない。
腑に落ちないなぁ、といったわたくしにサンディは「ふふふっ」とふてきに笑いかける。
「その目論見はもろくも崩れさることでしょう!」
「なぜです?」
「あの男よりも私のほうが頼りになるからです!」
ちびっ子はそう言って新進気鋭の騎士長を相手に対抗意識をむき出しにした。
「おお、陛下! これは、また……」
下車するわたくしを待ちかまえていたダーレッド騎士長が、勢いよく出迎えようとして言葉をつまらせた。
挨拶とともに讃美するのが通例となりつつあったが、サンディと同様に作業着姿のわたくしに戸惑っているようだ。
「似合いませんか?」
サンディに言われてそれはすでに自覚していた。
「いいえ! 新鮮ですとも、陛下がまとえば作業着すら……その」
しかしダーレッド騎士長は悪あがきする。
「──そうだ、愛らしい! チグハグ感がとても愛らしくていらっしゃいますとも!」
苦肉の『愛らしい』をくりかえした。
──うれしくない。
サンディが牽制する。
「褒める気がないならさわらないでくださいます?」
「そ、それではご案内いたします!」
ダーレッドはバツが悪そうに目的地への誘導を開始した。
大聖堂跡、地下遺跡の入口に到着──。
そこには騎士団から選出された調査部隊が待機しており、大聖堂の残骸を片付けている作業員たちが動き回っている。
調査に適当な人数の判断がつかないため、ダーレッドは自らをふくむ十二人で部隊を編成したとのこだ。
これはグレーターデーモンを封印した十二人の聖騎士にあやかった数字だ。
それに有志で探検家のイバン、わたくしの世話役としてサンディを加えた15名が調査隊になる。
「ニケ上級騎士は編成されていないのですね」
十二人のなかに見知った顔がないことをたずねた。
ニケは現在、ハーデン騎士団長の指示でダーレッド騎士長の部隊に配属されているはずだ。
「あの者は連帯の部分に難がありますからね、反抗的でありますし」
「そうですか……」
折り合いのわるい人物が少人数の作戦に組み込まれないのは当然、彼女がいてくれたら頼もしかったというのは個人的な都合だ。
「──黒騎士があらわれるかもしれません、警戒してください」
レイクリブが殉死した日、護衛隊は黒騎士の襲撃を受けて壊滅した。
ならば礼拝堂の崩落もかの者の仕業にちがいない。
初遭遇の夜にはまだ断定できなかったのだけれど、これでわたくしが標的であったことがほぼ確定した。
わたくしが指示するとダーレッド騎士長は自信ありげに胸を叩いた。
「ハハハッ、敵ではありませんとも!」
それだけ腕に、あるいは調査部隊の精鋭に信頼がおけるということなのだろう。
「──封印されている扉までを先行して確認しておきました」
ダーレッドから報告を受ける、到着前に調査をはじめていたのはさすがだ。
封印されている扉までの道はただ長いだけの下り階段、そのさきに進むためにはイバンの言うとおり【古代神聖文字】の解読が不可欠らしい。
「封印までの距離はどれくらいですか?」
「うんざりするほどに、ただし広さがあるので快適だそうです」
どうやら地下の下見は部下にまかせ、自身はわたくしを出迎えるために待機していたようだ。
ダーレッドが指示をあおぐ。
「では、まいりますか?」
「そうですわね……」
封印の扉までの安全はすでに確保されている、すぐにでも出発したいところだ。
しかしイバンのすがたが見当たらない──。
遺跡調査を一番楽しみにしていたのは彼だ。
聴取の件でわたくしたちの到着は遅れている、すでに集合していなくてはおかしい。
──けれど、待ちつづけるわけにもいかない。
現地の作業員たちに確認してもすがたを見たという者はいなかった。
わたくし達は伝言を残して出発することにした。
地下階段──。
騎士たちに守られながらわたくしは延々とつづく階段をくだりはじめた。
くだる、くだる──。
とにかくふかい、螺旋状の階段が大聖堂の真下へとひたすらに続いている。
もちこみの灯りは足もとを十分に照らしているけれど、螺旋という構造から数メートルさきになにがあるかを目視できない。
それが不安を掻き立てる。
進行方向から怪物でも現れたらと、そんな想像をしてしまう。
広くて快適というには傾斜が急だと感じたし、ぐるぐると回っているうちになにかの呪いにでもかかってしまいそうだ。
騎士たちの金属鎧がガチャガチャと音をたてる。
『……せ』
かすかに幻聴のようなものが聞こえた気がした。
「お疲れですか?」
「ありがとうございます、平気です」
血の気が引いた表情をしていたのか、ダーレッド騎士長が気遣ってくれる。
「遠慮なさらず、体をおあずけになってくだ──」
さしだされたダーレッドの手にサンディが「やあ!」と手刀を叩きつける。
「痛いッ!?」
悲鳴をあげる騎士長を無視して彼女はわたくしに手をさしだす。
「私がエスコートします」
よっぽど近づけたくないらしい。
過敏なような、頼もしいような、わたくしは「ありがとう」と言ってその手をとった。
階段をくだるくらいで怖がっている場合ではない、わたくしは専属女中に支えられながら進む。
「地下には悪いものが溜まります、そういうのに敏感な人もいますからね」
わたくしの顔色がよくないことをうけてサンディは言った。
彼女は以前もそんなことを言っていた。
「悪いもの、とは具体的にどういったものですの?」
「そうですね……、負の感情エネルギーを吸って凶暴化した精霊や、そういう場所に心地よさを感じる妖精だとか」
わたくしはサンディの手を握って身を寄せる。
イリーナやニケとくらべたら小柄な彼女だけれど、しっかりとした体幹で寄りかかっても揺るがないところが頼もしい。
「力強いですね、そんなに厚みのない体なのに」
わたくしが褒めるとサンディがつんのめった。
「どうかしましたか?」
「厚みがないって言わないでくだ──」
彼女がばつの悪そうな態度になると騎士たちが一斉に笑いだした。
「わらうなぁぁぁ!!」
賞賛を浴びせたつもりなのに、なぜかサンディがみんなの笑い者になってしまった。
「えっ、あっ、わたくしの表現が間違っていたかしら?」
「いえ、むしろ的確すぎたがゆえの辱めに、って、わらうなぁぁぁッ!!」
可憐という意味だったのだけれど、なぜみんなは笑うのだろう。
うすい、ひらたい、いや、細身と言えば賞賛の言葉だと伝わったのかもしれない。
「あっ!」
ここでかっこいい言葉を思いついた。
「だまって! ティアン様!」
「流線型!」
それはいっそう騎士たちを大笑いさせたのだった。
わたくしが首をひねっていると、さきほど手をはたき落とされたダーレッドが同意する。
「たしかに引っかかるところがない」
サンディは顔面を紅潮させてわたくしを叱責する。
「そういうところですからね!」
どうやら、わたくしの無知で彼女に恥をかかせてしまったようだ。
「ごめんなさいサンディ。でも、わたくしは見た目によらず頼もしいと褒めたつもりで……」
「いいですって! この話はおしまい!」
サンディは不貞腐れてしまったけれど、全体の雰囲気はなごんでいた。
『…………えせ』
──!?
ふたたび呼び止められた気がして振り返る。
「?」
目のあった騎士が首をかしげる。
「──どうかしましたか?」
「いいえ……」
そうは言ったが幻聴らしきものは階段に踏み入ってからときどき聞こえていた。
不気味なことにそれはわたくしにしか聞こえていない様子。
聞こえたかと思えばまたしばらくは聞こえなくなってしまう、対処のしようもなく無視するしかない。
くだる、くだる──。
わたくし達は階段をくだりつづけ、そしてついに突き当りへとたどり着くと一息ついた。
「……先遣隊の方はこの距離を往復されたのですね、ご苦労さまです」
地上からどれほど深くもぐったのか想像もつかないけれど、帰りはこの階段を登らなくてはならない。
封印の扉──。
そこに二メートル四方の鉄板が進行をさまたげている。
扉というよりは巨大な文字盤、表面にはびっしりと【古代神聖文字】が記されている。
扉はそれ自体が開かないわけではなく、結界がおおうことで接触不能にしているようだ。
イバンも一度ここまできて無念にも引き返したと言っていた。
わたくしは扉にきざまれた文字を確認する。
「共通語と【古代神聖文字】が記されていますね」
古代文字は魔術の起動呪文、共通語は警告文だ。
わたくしでも解読できそうな内容で安堵した。
文章が断片的すぎて情報としては意味不明な部分が多い、これだけの文字列の解読から得られるのは扉の解錠方法だけだ。
それ以外の方法による開閉、さらに衝撃や劣化による破壊などを防ぐために封印が長文化しているようだ。
扉には経年劣化がほとんど見られない──。
感動のあまりそれを吹聴しそうになったけれど、教会が定期的に入れ替えをしていた可能性もあるので黙っていた。
魔法の力で三百年も綺麗なままですよ! などと言った直後に、最近交換したんですよ。などと言われたら目も当てられない。
わたくしは解読した暗号を読みあげる。
すると結界は消滅し扉が自動的に開いた。
これがわたくしの術ではなく古代語を残した術師の仕掛けなのだとしても、狙いどおりに機能したことに少なからず感動をおぼえた。
「行きましょう」
騎士たちに指示をだし、彼らが扉を通過して行くのに追従して一歩を踏み出した。
『──』
また声が聞こえた気がした。
かすかなそれを聞きとれた自信はない、幻聴や耳鳴りのたぐいだと言われたら納得するだろう。
それでも状況から言葉として推理したならば、声の主はこう言っていた。
『ひきかえせ』と。