太陽がてっぺんに達したころ竜討伐の準備がすべて完了した。
笑えるが昨日の昼に到着して今日の昼に古竜を倒そうとしている。
処陣は奇襲作戦だ、この作戦の成否の八割はそこにかかっているといっても過言ではない。
一陣がしくじれば相手は臨戦状態になり、二陣目以降はただの真っ向勝負。
聖竜スマフラウが異変に気づくまえに開始しなくては意味がない。
巫女たちに平常どおり儀式をさせて時間をかせぐという発想はあったが、負傷者もいればあの惨劇のあとに平静をたもてというのは酷だった。
それにララーナはもう使い物にならない。
策をめぐらせればそれだけ実行までの時間がおくれる。
確実に勝てる策を思いつくまでまっていては自分たちの時代のうちに古竜を倒すことはできないだろう。
突貫としかいいようもないが決行するならいまをおいて他にない。
出発場所は神殿の庭にある広場、橋によりすぎるとスマフラウにさとられる可能性がある。
大勢での集会などにも使われるだろう広大な庭が、二十五頭の飛竜に埋め尽くされている。
俺は第一陣として竜騎兵第二部隊の飛竜に同乗する、一飛竜に二人乗りだ。
飛竜の全長は十五メートル前後、そのほとんどは長い首と尻尾で、背から地面まで五メートルほども高さがある。
「よろしく頼む」
専用の鞍につづく手すりをつたって竜の背にまたがると操縦士たる竜騎兵に声をかけた。
もともと二人乗りが想定されているのだろう、備えつけられた椅子の座り心地は問題ない。
「なんでおまえと相乗りだよ……」
竜騎兵は露骨に不快感をあらわにした。
俺がのる飛竜の操縦士は
同隊の
十人と飛竜五匹を透明化できるエルフ部隊最優の精霊使い。
「ゴメンねツィアーダ、俺も重いからかわってあげられないんだ」
なるほど、俺が一番重いからチビと組まされたってことか。
しかし、ひとこと「チビ」とでも言おうものならここから叩き落とされかねない。
俺は操縦士を鼓舞する。
「一番つよい俺をはこぶのは一番操縦のうまいおまえの役目だからだ!」
ツィアーダは「当然だ!」と、納得したようで不平を言うのをやめた。
──この感じ、知っている!
どこか既視感があると思ったら、イーリスに体よく使われている自分自身だった。
おだてられれば木にも登る、こいつからは同族の匂いがする。
「──行くぞ、振り落とされるなよ!」
ツィアーダが雄叫びをあげて飛竜を操作する。
竜騎長の合図で第一陣がいっせいに空中へと舞いあがった。
飛竜に乗るのは二度目、命をほかのものにあずけて空中を高速移動するのはスリリングだ。
舞いあがると同時にエルフが精霊にはたらきかけ俺たちのすがたを透過させる。
乗っているはずの竜も部隊の仲間たちも自分の手足すら影もかたちも見えなくなった。
「操縦に影響ないのか!」
見えていない飛竜を普段どおりに制御できるか大声で確認した。
仲間がそこにいるか不安で声をかけただけともいえる。
「舐めるな! 武器の間合いと一緒だ、体に染みついてる!」
ツィアーダの返答は頼もしい。
目的地の上空には二言も交わすあいだにたどり着いた。
馬車とは比較にならない、この飛竜ならあっというまに山ふたつだって越えられる。
これはとんでもない移動手段、世界が変わるってやつだ。
ツィアーダはスムーズに渓谷へと侵入し、その先にいる聖竜スマフラウにむかって高度をおとしていく。
夜には全容を把握できなかった巨体、その美しい金色の鱗が日光を照り返している。
地上最大級の巨大生物はただひたすらにデカい。
頭の先から尻尾の先まで走って往復すればそれだけで息切れをおこす距離だ。
それをいまからこの手で殺す。
──なんのために?
イーリスを聖都という呪いから解放するためだ。
メディティテから話しを聞いておいてよかった。
この歪んだ都があいつを不幸にするなら俺は古竜を敵とみなす。
無害な相手ならば気も引けるが、邪竜と判断したなら戦える。
飛竜が翼で風をたたく音はエルフの【精霊魔法】が消し去っている。
遠間からスっと背面へとまわりこんで背中の逆鱗を確認する。
一目でそれとわかる鱗を発見できた、あとはあれをたたき割ってその下にある心臓をつらぬくだけだ。
『討伐』というよりは『暗殺』という表現があてはまる。
飛竜がスマフラウと距離をとって橋のはるかうえまで上昇する。
「よし、狙うぞ」
「ああ、やってくれ」
ツィアーダに覚悟を確認され、俺は最適な一撃をはなつために意識を集中する。
急降下、落下にまかせ飛竜が加速しはなたれた矢のように巨竜にむかって突進する。
そして、透明化がとけた──。
「――!?」
すがたが見えているのに気づくと同時、視界いっぱいに鋭い牙のはえそろったスマフラウの口内がひろがる。
──バカな!?
どういうわけか完全に進行方向でまちかまえていた。
俺たちはそこへ飛び込んでいく。
「オオオオオオッ!!」
とっさに大剣を巨竜のアゴ先にたたきつけた。
苦しまぎれの一撃は効果をえられず圧倒的な質量に押し返される。
バランスをくずした俺はふんばることができずに中空に投げだされた。
スマフラウは飛び込んできたツィアーダごと飛竜を噛み砕いた──。
肉片や鞍の破片が飛び散る。
俺は落下しながらその光景を視界におさめていた。
暗殺は失敗だ──。
どういうわけか竜は完全にこちらの襲撃に気づいていた。
なぜだ、突出しすぎたことで魔法の範囲から出てしまったのか。
「くっそ!」
落下しながら必死にスマフラウの背にはりつこうとする。
しかし上空からの落下物がそれをはばむ。
転がるように落下する俺は巨竜の側面をすべりおち、受け身をとることで地面への衝突をまぬがれた。
三、四十メートルは落下しただろうか、よく無事だったもんだ。
──なにが起きてる?
目のまえには想定していたのとはまったく違う地獄がひろがっている。
透明化が解けた第二部隊のすがたがすべて露出しており、空中または地面で使役していたはずの飛竜に兵士たちが食い荒らされてる。
──なんだこれは。
着地した足もとに同行していたエルフの首がちぎれて転がっている。
俺たちが先走って魔法の範囲をでたわけではなく、術者がさきに死んだことで効力がきれていた。
エルフを八つ裂きにしたのはどうやらここまで運んできた飛竜だ。
これが【支配魔法】の力か──。
だが、見えていない相手を支配することはスマフラウにはできないはずだ。
聖竜スマフラウが語りかけてくる。
『戦士オーヴィル、そうかトールキン側についたか』
「そういう訳じゃねえんだが……」
俺が戦う理由に次元竜の意向はすでに関係ない。
『竜の巫女』がこの地に未練をのこさず新しい旅立ちができるように神竜を取り払うだけだ。
『翼のない人間にはほかに手段がなかったのだろうが飛竜での襲撃は無謀よ、【支配】するまでももなく奴らは我が下僕なのだ』
飛竜は古竜の下僕──。
飛竜にとってははじめから主従の優先度は人間よりも古竜が上だったってことか。
いざ天秤にかけたばあい飛竜は人間を裏切り古竜にしたがう。
飛竜一匹はそれだけで人間の何十倍もの重量があり、鉄の鎧もたやすく引き裂き、人間の頭蓋もかるく砕き割る。
さらには機敏に空を飛びまわる巨獣が、ツィアーダとともに噛み殺された一匹をのぞく四匹すべて敵にまわってしまった。
もはやスマフラウ討伐どころではない。
突入した一部隊十人、ざっと見渡して動けるものは俺を含めた四人しいない。
そのなかにツィアーダのすがたはないがドラグノは残っている。
絶望的な戦局、ふかい大地の亀裂の底に逃げ場はない。
透明化がとけた時点で【支配魔法】の効果対象だ、力を発動すればそれですべては決着する。
しかし聖竜はそうすることなく笑う。
『ただでは殺さん。あがけ、圧倒的な戦力差に存分に恐怖を味わえ。そしてもし生き延びることができたなら後世に伝えよ、おごった人間ども、その愚かな末路を』