三幕三場「第二陣、第四騎竜部隊投入」


生き延びることができたなら後世に伝えよ、おごった人間ども、その愚かな末路を──。


それはたしかに吟遊詩人の仕事かもしれないが、できればもっと希望にあふれた題材であってほしい。


俺は両手剣をこれまでにないくらいの全力で大きく振り回した。


攻撃範囲のひろさを警戒した飛竜が空中に距離をとる。


もはや巨竜討伐と言っている場合ではなくなった。


四匹の飛竜が乱舞し、まず一人のエルフを皮切りに四人の竜騎兵と一人のマウ兵が墜落、または戦死した。


残るは俺とドラグノとマウ兵が二人、そして俺以外はすでに故障をかかえている様子だ。


「大丈夫か! ドラグノ!」


俺はまず顔と名前の一致する仲間に呼びかけた。


「ツィアーダは! ツィアーダはどこだ!」


親友の安否に気をとられるあまりみずからの窮地に鈍感になっている。


「そんな場合じゃねぇ! まずは身を守れ!」


逆転の糸口をさぐるどころではない、いまできるのは一秒後の命をつなぐために体を動かすことだけだ。


俺たちは必死になって飛竜をむかえ撃つ。


数十倍ものサイズをほこる古竜を背景に言うのもなんだが、飛竜は巨大だ。


立ちふさがるのは全長十メートルの巨獣である、直立で対峙したときの威圧感はすさまじい。


しかしマウ兵たちは優秀だった。


当初の作戦は失敗、古竜がその気になれば即座に命を落とすこの場面でパニックを起こす者はいない。


それが戦場において非効率でしかないことを経験で理解しているからだ。


そういう意味でドラグノは素人同然だ。


飛竜に向かって大男は雄たけびをあげながら無謀な突進をしかける。


飛竜はドラグノのハルバードの一撃をフワリと宙を舞って飛び越えた。


ダイナミックなアクションのようだが飛竜からすればひと羽ばたきした程度。


マトが大きく攻撃をあてるのは容易に思えるが、飛竜の外皮は硬いうえに厚く弾性があり剣はすべり鈍器ははじきかえされる。


効果的なダメージを狙えると思われる頭部ははるか頭上に位置し、力の乗った一撃を加えるのは困難だ。


頭部はとおく手近な胴体へと攻撃を誘導されるも接近すれば頭上の死角から食いつかれる。


だがその点で対古竜を想定した装備は最適といえた。


長柄のハルバードは胴体までの距離をつめることができ、先端にある槍と戦斧は飛竜の外皮を破壊するのに適している。


ダメージはあたえられる、かといってなにひとつとして有利はない。


相手は何十倍もの質量とパワーと機動力をもち、なにより飛行能力を備えている。


白兵戦を挑める相手ではない。


俺はゆっくりと移動する。


獣は一番ちかいものから攻撃するとはかぎらない、視界のなかでより速く動くものを追う習性をもつものが多い。


案の定、俊敏に動いていた兵に三匹が一斉にむらがるとあっという間に千切り殺してしまった。


こちらの残りは三人だ。


俺はドラグノに襲いかかる飛竜を横合いから不意打ちのかたちで襲撃する。


ドラグノに食いつかんとする首へ大剣を大上段から振り下ろした。


これで一匹を確実に仕留めなくてはならない。


飛竜の数がこちらを上まわればおしまい、そうなれば俺もさっきの兵士同様の運命だ。


タイミングが合致した攻撃は吸い込まれるように飛竜の首に炸裂、人の胴ほどもある太い首をバッサリと切断した。


これで三対三、ぎりぎり命がつながった。


マウ国の兵士は精強だ、素晴らしい剣士、熟達した戦士、勇敢な戦場のプロフェッショナル、俺だって楽勝だとは言わない。


だが獣相手に人間同士の戦闘術は意味をなさない、高さで劣り、力で劣り、頑丈さで劣り、なにより瞬発力で劣る。


大型モンスターと対峙したときは毎度のことだが、踏み込みの距離が人間のそれとは比べものにならない。


人間の間合いでいえばもはや飛び道具の射程だ。


それに比べたら人間の範囲で足がいくら速かろうが、力が強かろうが誤差でしかない。


そして最大の脅威はそのフィジカル差ではなく、得物をとらえる正確な動作──。


肉食の動物、いわゆる狩猟をする動物は動体視力が発達している。


人間の眼球をとおして見える世界とはべつの見えかたをしており、動きを追うことに優れている。


落下物や飛来物を正確にキャッチし、こちらが重心を移動すれば獣はそれを察知し進行方向に先回りしている。


人間の動作などスローモーションに見えているはずだ。


直前まで透明化していたツィアーダと飛竜がスマフラウに容易く捕えられたように、視界に入ったが最後どんな速い動きにも反応できる。


人間の対決はおもに相対しての対応のバリエーション、だが獣相手に近接武器で正面に立つという選択はない。


気配を消して罠においこみ仕留めるというのが定石。


また一人、兵士が飛竜に殺された。


こちらも俺とドラグノの二人がかりで一匹を仕留め二対二、なんとか数の拮抗をたもつ。


ドラグノはさすがに竜のあつかいに慣れており移動距離、可動範囲、視界、反射行動などをよく理解し上手に逃げまわった。


動きに緩急おりまぜてこちらをサポートし、攻撃の隙をつくってくれていた。


『ねばるではないか、脆弱にして愚鈍な人間風情が──』


関心というよりは煽りだ、スマフラウは俺たちの劣勢をあざ笑った。


舐められるのは癪だ、俺はスマフラウに対して言いかえす。


「デカイやつの頑丈自慢なんてあたりまえすぎて見るとこないぜ!」


俺みたいなひと目で怪力とわかるやつが喧嘩に勝ってもギャラリーは「やっぱりな」とシラケるだけ。


体格差のある相手に勝てば「やり過ぎでは?」と非難をあび、小さいやつがデカイやつに勝てば英雄あつかい。


そういうもんだろ。


それが物語性、それが人の心を惹きつける。


「竜が人間に力自慢してもダサいからよ、楽器をおすすめするぜ、デカいやつが繊細なこともできたらカッコイイだろ」


だが、その道は存外むずかしかった。


細かいことが苦手とか、場所をとるとか、燃費が悪いとか、デカイにはデカイなりの不便がある。


熱いところに住むやつは必然、寒さに弱いだろう。


人間が獣に劣る部分もあればとうぜん勝る部分もある。


手先の器用さやスタミナ、意志の強さや集中力、とくには狡猾さだ。


二匹の飛竜が俺たちを狙う。


俺は右足に重心をのせて素早く上体を右にゆすると、飛竜は反応して俺の進行方向をふさごうと右手側に回る。


ドラグノが緩慢な動作で逆にうごいたのもよいアシストだ、獣は動作の速いほうを追う。


相手が人間なら反応できないか警戒して待ちかまえる、しかし反射神経が良すぎる獣は初動を見逃さずフェイントにかかりやすい。


つまりは誘導したさきに素直に移動する。


罠が有効な理由だ。


俺の進路をふさごうと跳躍する飛竜、しかしそこは移動地点ではなく攻撃の到達地点。


着地を狙って俺は大剣を振りおろす。


飛竜の移動と俺の振りおろしのタイミングがバッチリ噛み合う。


巨大な胴体を縦になかばまで切断し一撃で絶命させた。


ドラグノが喝采をあげる、飛竜はあと一匹。


俺の両手剣は重いわ場所とるわ加減がきかないわで、ここまでまったくの足でまといだった、


日常生活、または戦闘においても無駄なガラクタだ。


人間相手ならそのへんの石ころを頭にたたきつけとけばどんな強者もだいたい殺せる。


イーリスは果物ナイフで死にかけた、こんな大げさな物は無用の長物だ。


だがこの大剣は怪物相手にならば生きる、正しい角度に十分な速度で絶妙なタイミングで振りおろせば。


竜だって切断する。


人間の腕力でこんな大げさな武器を振るったって竜を倒せるのは会心の一撃が決まった時だけだ。


しかし、それこそは俺の得意技。


俺より戦闘技術に長けたやつはいくらでもいる。


決闘ではウロマルド・ルガメンテに勝てねえ、槍さばきならオオトリに一日の長がある、馬上試合なんかは上位の騎士には負けるだろう。


だがこのクソおもい鉄の塊を俺よりうまく標的にクリーンヒットさせられるやつには出会ったことがない。


この膂力と天性の当て感が俺の武器だ。


ほかの武器じゃあ足りない。


この大剣を俺の力で最高速度で振りおろし、一拍でも三拍でも倒せねえ、動く相手に二拍半を寸分のズレもなく正しい角度で正確にたたきこむ。


「オオオオオオリャアッ!!」


空中から襲いかかってきた最後の飛竜と接触し、そのいきおいに弾き飛ばされた。


俺を弾き飛ばした飛竜は頭部を真っ二つに両断され息絶えている。


十数メートルを転がった俺にドラグノが駆け寄り助け起こす。


「すごいよ! ぜんぶ倒せた!」


それはそれで奇跡のようではしゃぐ気持ちはよく分かる、しかし根本的な問題はなにも解決していない。


俺たちは自分たちの武器だったはずの飛竜を倒した、つまり無力化されたにすぎない。


敵はその何十倍も強大な聖竜スマフラウなのだ。


ビシャリ──。


一息つけたところに強烈な破裂音が耳に刺さった。


人影が墜落してきて地面で破裂、すぐ真横で水風船のように炸裂しその破片が俺たちに降りそそぐ。


「そんな……」と、失意の声を発しながらドラグノが落下物の発生場所、上空を見上げている。


空には再び五匹の飛竜が飛び交っていた


――第二陣、第四部隊が加勢に来た。


その結末は第二部隊と同じだ。


スマフラウから飛竜の姿が見えなくても、なんらかの方法で意思疎通ができているのだろう。


飛竜はきっちりエルフを始末し兵士たちを振り落としている。


『さて、五匹追加だ』


仲間の加勢はもはや敵の援軍でしかなくなってしまっていた。