俺はオオトリに聖竜討伐の意思を伝えた。
すると「このまま俺の部隊に組み込んで部下にしてやってもいい」と、馬鹿げた勧誘をするので「冗談」と断った。
下につけとかふざけた話だ、上についてこき使ってくださいというなら考えてもいい。
──敵国の軍隊に入るわけがない。
ただ俺が崖をおりるのには飛竜が必要になる、今回にかぎってはマウ国軍との共闘が不可欠だ。
イーリスと話し込んでいるあいだに兵士たちが集結し、神殿内はにぎやかだ。
通路や広間にはオオトリひきいるマウ国の兵士たち、テオひきいるエルフ部隊、そして竜騎兵をふくむスマフラウの治安部隊が混在している。
「さすがは殿下、交渉は無事成功したようだ」
オオトリが満足げにつぶやいた。
作戦まえに情報が漏れるのを警戒し、あらかじめ懐柔できていたのは一部の竜騎兵だけだった。
竜神官たちを捕縛し神殿を占拠した結果、聖都の戦力はまるごとアーロック王子の軍門にくだったわけだ。
「すんなりいったもんだな」
侵略に対してなんの抵抗もなく現地の警備部隊をひきこめた事実におどろいた。
「とうぜんのこと、聖都の実態を知れば神官どもに尽くす者などいはしまい」
竜と巫女は交信しておらず、竜信仰は盗賊の一族が贅沢をするためだけの仕組みだった。
「たしかにそうか」
警備隊は竜神官たちの享楽的生活をまのあたりにもしているはずだ。
それが常態化していたため、おかしいと言われるまで当たり前だと思っていた。
「兵士の多くは聖都の実情に不満をかかえていた、環境の変化を望む者が多く何割かがかたむけば他もそれに便乗する」
聖都に敵はいない、研いた腕をふるう機会もなく死んでいくことに理不尽を感じる竜騎兵もいるだろう。
平地で絶賛戦争中のマウ王国への加入は彼らにとって歓迎ですらあったかもしれない。
なにも起きない場所で悪党を守る権力の象徴でいるより、竜を駆って戦場を飛び回ることに惹かれるのも道理だ。
「男は戦場に立たねばな!」
オオトリは猟奇的な表情を浮かべ、ククッと笑った。
「そうか、俺は平和を愛するぜ」
もとめられる事とやりたい事の落差に辟易とした。
アーロック王子との合流を目指し兵士たちをかき分けて進むと、見知った二人組と遭遇する。
「あっ!」と、巨漢のほうが声をあげる。
思いかえせば偶然の再会、
「チッ」
小男のほうはあからさまな舌打ちをすると、立ち止まることなく俺たちの横をすり抜けて行ってしまった。
ぶちのめされた相手に下手にでるのはプライドが許さない性格らしいが、オオトリはこの場の指揮官だ。
「一段落ついたら教育が必要だな」
オオトリが険しい表情でツィアーダの態度をとがめた。
「これだから軍には入りたくないんだ」
いや、どちらかと言えば向いていない。
従うなら自分よりも実力のある人物でなくては難しい、戦場ということになるとなかなかそれだけの人物には出会わない。
単に強ければ尊敬できるというわけでもないし相手の人柄によっては簡単にほだされたりもするが、もともと団体行動は苦手だ。
それを『孤高』と表現したらイリーナは『協調性がない』と言って侮辱してくれたわけだが。
「オ、オオトリ隊長でいらっしゃいますよね! 昨夜は見逃していただいたのにツィアーダが無礼をしてしまい、申し訳ありませんでした……ッ!」
相棒の態度を大男が身をちぢこめて謝罪した。
ガタイに見合わず小心な、そしてキレたら危ない男ドラグノ。
「竜騎兵を減らして戦力が低下するのを避けただけだ」
オオトリにとってそれ以上の意味はない。
聖竜討伐の任務を想定すれば残したほうが有意義と判断し、殺さずに済ませたのだ。
「作戦にはあなたも参加するのですか?」
ドラグノがこちらに話しかけてきた、俺が「ああ」と返事をすると大男は「頼もしいなぁ」と喜んだ。
崇拝の対象であった聖竜の討伐に対して抵抗などは見られない、実態のない竜信仰に嫌気がさしたか、あるいはルブレがうまく丸め込んだか。
本当にあの強大な古竜と戦うつもりなのか。
「俺は上司でもなんでもない、かしこまらなくていい」
「あらためてよろしく」
ドラグノから差しだされた手を握り返す。
「──昨日は一悶着あったけど俺たちは仲間だね、ツィアーダもあれで良いところもあるんだよ」
すかさず相棒をフォロー。
「ずいぶんあいつの世話を焼くんだな、おまえのほうが喧嘩は強そうだぞ」
ツィアーダのほうが柔軟に見えたがそれでも型どおりの域はでてない、強いフィジカルを持つドラグノのほうが厄介な相手だ。
素手同士ならばなおさら体格差による有利はくつがえしがたく、ドラグノがおとる要素は見当たらない。
「べつに力づくで子分をやらされているわけじゃないんだ。ツィアーダは竜の操縦が上手い、たぶん竜騎長より、それを尊敬してるんだ」
ドラグノの言葉に俺は納得した。
喧嘩のつよい人間よりも楽器のうまい人間のほうを俺が尊敬するように、竜騎兵が竜のあつかいを重視するのは当然のことだ。
オオトリが移動を急かす。
「立ち話をしているひまはないぞ」
俺たちは話を中断するとふたたびアーロック王子の居場所を目指す。
そこは会議室──。
数名の兵士とテオ、その中心にアーロック・ルブレ・テオルム第三王子がいた。
「彼らは部隊長のオオトリと、竜殺しの専門家オーヴィル君だ」
会議の参加者にむかって王子が紹介した。
けして専門家ではないが、皆の士気が上がったようなので水を差すのもはばかられる。
知識として言えるのは、「竜は心臓を刺せば死ぬ」の一言だけだ。
そりゃ、魔法生物いがいはみんな死ぬだろ。そう思われるだけだろう。
「俺もドラゴン討伐に参加すことにしたぜ」
結局、期待どおりの行動に出てしまうところが相手の思う壺なのだ。
「わおっ、最高だ!」と、王子は白々しく歓迎の態度を見せた。
「はじめからこうなると思ってたろ?」
「俺は友達を信じているからね」
べつにコイツのために戦うわけじゃない。
各部隊の隊長があつまった時点であらためて作戦概要の確認が行われる。
マウ国兵士、五十名。
ハーフエルフ部隊、二十名。
竜騎兵が五人編成五部隊、二十五名。
総勢、九十五名。
「バリスタの持ち込みも二台あるにはあるけど、まあ足しにはならないだろう」
テオが同意する。
「崖下にもちこむ方法がありませんからねー」
巨大兵器は使えない、通常の射撃武器では威力、射程ともにこころもとない。
「あのサイズだ、ピンポイントにダメージを与えるには接触するしかない」
作戦はアーロック王子を中心に詰められていく。
「──目標は背面の逆鱗、それを破壊して心臓に直接攻撃をくわえることだ」
どうやら俺のアドバイスが採用されたようだ。
「渓谷のいききを可能とするのは飛竜のみ、降下できる兵数は飛竜の数まででよろしいか?」
オオトリが確認すると竜騎長が「往復して降ろしましょうか?」と提言する。
「前日に登山で足並みをそろえるのも考えたんだけど、一つしかない椅子取りゲームに人数動員してもねぇ?」
「つまりどういうことだ?」
いまいち理解できず王子にたずねた。
「一人でも十人でもドラゴンの腕の一振りで脱落だし密集してるところを一網打尽にされそうでしょ、竜騎兵とエルフの一組で行ってこっそり接近して一撃で仕留めるのが理想かな」
物量ではなく少数精鋭での作戦になるってことか。
「でも、失敗したらどんなしっぺ返しを食らうか分からないからリカバリーのために飛竜のぶんは投入する。魔法で互いのすがたが見えなくなるし、接触事故を考慮して分割での投入にしよう」
聖竜スマフラウの魔法は視認できない相手には発動しない。
テオたちの魔法はうってつけだ。
飛竜がいればあのデカブツの背面だって問題なく取れる。
考えなく挑むわけがない、攻略の準備は万端というわけだ。
王子の提案に竜騎長が補足する。
「連携の都合上、同部隊での行動を推奨します。それと部隊番号が若い方が練度は高いです」
たしかドラグノたちは二番隊を名乗っていた。
「ノリノリだねぇ」
アーロック王子は満足げに笑った。
はじめての戦場に竜騎兵たちからは士気のたかぶりが感じられる。
「なら二、三、四、五、一の順に時間差で投入しよう。最初のグループで決着するのが一番いいし、最後に一番未熟な隊がひかえてるのは心臓に良くない」
時間差にする理由は一網打尽を回避するため、変則投入のほうが不意をついたり方針変換にも対応しやすい。
「そうですね、最後まで私が指揮に残れる」
竜騎長のふくまれる第一部隊を残して、練度の高い順での投入になりそうだ。
「二人くらい運べるよね?」
「三人も四人もというわけにはいきませんが」
「じゃあ、機動力を重視して竜騎兵のほかには一人ずつ同乗させよう」
王子と竜騎長のあいだで編成が話し合われる。
「一部隊に竜騎兵五人、兵士四人、エルフ一人の編成で――」
そこでテオが口をはさむ。
「十人消して維持できるメンツですが、五人もいるかなあ?」
王子がうなって「無理?」と確認する。
「無理というか確実ではないです、個人差もあるし距離にもよります」
「じゃあ、テオが見つくろって不安なところはエルフの数を増やそう。なんとか一部隊二人までにおさめてくれ」
エルフの人数をしぼるのはドラゴンのウロコを砕くのに、より戦闘に秀でた人選をしたいからだろう。
エルフたちは奴隷を買い取った者たちで、兵士としての練度はそれほど高くない。
「では、一、一、二、二、二で」
テオが五部隊にふりわける人数を提案した。
「一人でまかなえるの、二部隊だけ?」
王子は不服を唱えたが、そもそもエルフの芸当がなければ千の兵士がいても成り立たない作戦だ。
「──すると兵士の振り分けは四、四、三、三、三だね。オオトリ、うちから腕の立つ者を選抜して」
「御意」
腕力部門のはなしに移ったので挙手する。
「俺を最初の隊に組み込んでくれ」
第一陣は奇襲だ、そこで決めてしまいたい。
「頼もしいねぇ」
ルブレが感心しているとオオトリも名乗り出る。
「俺も出ましょう、一陣に戦力を集中すべきです」
一陣で決めれば完勝、そうでなければ被害は甚大になるだろう。
「オオトリはダメだよ、全体の指揮があるだろう。五巡目、竜騎長の第一部隊に編成ね」
隊長が真っ先に戦死でもしてはたまらないとその進言は却下された。
しかし、オオトリは引き下がらず譲歩案をだす。
「お言葉ですが、ならばせめて三巡目に回していただきたい」
「強情だね」
「二巡が投入されるということは竜は奇襲に対応したということです」
オオトリの言う通り、二陣からは真っ向勝負、三、四陣になればそれはもう窮地だ。
奇襲どころか完全に迎え撃たれているということになる。
「二陣の加勢で決着がつかない場合、それはなにかしらの判断が必要な状況でありその場に判断を下す者がいないのは致命傷になりうると」
竜騎長を三陣にはさむ提案もあったがオオトリは引かなかった。
「わかったよ……」と、最終的には王子のほうが折れることになった。
「じゃあこうしよう、飛竜部隊の突入順は二番、四番、三番、五番、一番だ。エルフ部隊は一陣と三陣に一名ずつ、ほかは二名配置にする」
奇襲の一陣目、オオトリの指揮する三陣目、最後の砦に戦力を寄せたかたちだ。
あとは避難誘導の段取りと精神的なやり取りがされて会議は終了した。
直後にアーロック王子の発言が俺の度肝を抜く。
「じゃあ昼開始だよ、装備確認して集合かけて」
「いまから!?」
さっき神殿を制圧して、たったいま戦力の統合をしたばかりじゃないか。
「明日からは儀式がないんだ、竜が異変を察知するだろう。それにはやいとこ討伐して都のほうを制圧しないと、暴動が起きたり補給に支障をきたしたりするからね」
訓練期間も休憩時間もない、竜討伐は即時に開始されることになった。