アーロック王子が去ったあとにはオオトリとテオが残っていた。
勧誘をことわったことが気に食わないのだろう、二人は不満げな表情でこちらを見ている。
はじめからそれが目的だった──。
ドラゴンを倒すための戦力として『竜殺し』である俺を品さだめしていた。
神官も巫女も関係ない、ドラゴン退治の実績を買っての接触だ。
「なんだよ、俺は参加しねえからな!」
第一、報酬の話がまったくでなかったよな、まさか本当に友達づきあいでドラゴン退治させるつもりだったのか?
「期待などしていない、おまえは竜について知っている情報をおとなしく提供すればそれでいい」
オオトリがえらそうに上から指図した。
臆病者と言われたようで腹が立つ。
「そんな義務はないね」
「なんだと?」
険悪な空気を察知し、テオが「まあ、まあ、まあ」と仲裁にはいる。
「僕たちと行動するのはオーヴィルさんにとっても有意義だと思いますよ、なにしろマウとアシュハは開戦中ですからね」
「得意げに言うことか?」
テオの言うとおり、敵国の情報を得る絶好のチャンスとも取れる。
しかし部隊長がな――。
「普段なら力づくで情報をひきだすところだが、作戦まえの失態をさけて穏便に進めてやっている」
この調子じゃあ手伝う気が起きないってもんだろ。
「もう! 宴会で部隊が酔い潰れたほうがよっぽど失態ですって!」
その態度のせいで交渉がスムーズにいかないとテオはオオトリを非難した。
「貴様!」
オオトリは鬼の形相をしたがテオは見慣れたものと軽くあしらう。
「はいはい、作戦まえ、作戦まえ」
水と油のようにも見えるが、これでバランスが取れたコンビなのかもしれない。
「そういえば、オルガースはどうした?」
ふと思い出してイーリス暗殺の実行犯についてたずねた。
オオトリが答える。
「おまえたちを竜騎兵から逃がすまえに俺が始末した、動けない部下やアーロック殿下に危害がおよぶ可能性があったからな」
さきに手をだしたのだから報復されても仕方がない。
──そうか、殺されたのか。
オルガースは神殿側の人間にしては異質だった。
儀式を演出した手腕はたしかなものだし片手間にできたとは思えない、舞踏に対しては本気だったにちがいない。
表現する場を提供されるためにはいまの立場が必要で、優れた一人のダンサーよりも自分の作品を優先したのだろう。
「オーヴィルさんが協力的ならドラゴン討伐の会議にも参加できると思いますよ?」
敵国の司令官、その手腕を拝見しておくのは今後のためになるのかも知れないが。
「言うけどよ、勝ち目がないぜ」
腕力じゃ勝負にならねえし、渓谷は深く縄をつたって物をおろせる高さではない。
人だけおろして原始的な殴り合いってんじゃあ話にならない。
「ドラゴンと戦うのは怖いですか?」
怖いかと煽ればムキになって反論するとでも思ったのだろうが、そんな駆け引きには乗らない。
「怖いね、それに興味がねえ」
敵視するなら聖都限定で人間の寿命をすこし縮める竜よりも、これから同胞をたくさん殺すかもしれないマウ王国のほうだ。
「──勝てたら呼んでくれ、叙事詩にしてやるぜ」
古竜をたおす人間があらわれたとしたら、それは語り継ぐにふさわしい英雄だ。
「うた、だと?」
俺が吟遊詩人であるとは思わないオオトリは冗談と受け取ったらしく鼻でわらった。
「聖竜スマフラウについては僕らなりに調査しまして、イーリスさんのおかげで答え合わせもできました」
神殿で戦ったとき、テオは【催眠魔法】の対策ができていた。
俺は投げやりに確認する。
「それで?」
「聖竜スマフラウのあつかう【古代魔法】は強力な【催眠魔法】で」
スマフラウは【支配】と言っていたが、その認識で間違いないだろう。
「──有効範囲はスマフラウを中心に一キロメートル程度、力がおよぶのは崖下から橋の周辺までってところでしょう」
それは聖竜から言質がとれている、テオの調査は正確だ。
だったら分かっているはず。
「戦うどころか近づくことすらできやしない、半径一キロメートル以内の対象を意のままにあやつれる馬鹿げた力だ」
直径二キロメートルの空間においてスマフラウはその名のとおり神にもひとしい存在だ。
範囲の外から攻撃してあの外殻に傷をつけられるどころか、とどく攻撃にさえ俺は思いあたらない。
「オオトリさんみたいな鋼の精神の持ち主でさえイーリスさんにみっともなくやられたわけだし、竜の力に人間が抗うのはまあ不可能でしょうね」
「みっとも……」
テオの発言にオオトリは表情をゆがめて眉間にきざまれた皺をさらに深くした。
「しかし、それは僕たちの光を遮断する魔法で対策できる。竜騎兵の力を借りて渓谷の底に兵を送り、僕の部隊で催眠から守ります」
スマフラウの魔法は対象視認型、見えない対象に効果はおよばない。
オオトリは根本的な問題を口にする。
「問題はあのサイズの生物をどうやって絶命させるかだ。竜の巫女はなにか情報を持っていなかったのか?」
竜を倒すことに賛成というわけではない。
しかし相手が作戦の全容をおしみなくさらけ出しているのに、こちらが隠しごとをするのはアンフェアな気がする。
俺は自分がもつ唯一にして最大の情報を提供してやることにした。
「竜を殺す方法ならあるぜ」
その一言にテオは目をみひらきオオトリは掴みかかる勢いで声をあげた。
「なんだと、教えろ!」
俺は断言する。
「竜は、心臓を刺せば死ぬ──」
「やる気がないなら帰れ! 馬鹿の手は借りん!」
「ちげえよ! よく聞け!」
これは次元流の巫女メディティテから聞いた話だ。
「──古龍を前面や下方から攻撃してもサイズ差からどんな武器も心臓までは届かない、だが竜の心臓は背面に近い位置にある」
「聞かせろ!」
なんて変わり身のはやい節操のないやつだ。
「長物で背中から下に突く、それで心臓までの距離はなんとかなるってことらしい」
それも一メートルや二メートルでは足りないだろうし、骨にでも当たればおしまいだ。
ただ、前方から狙えば武器はその十倍の長さを必要とする。
「さいわいオオトリさんや竜騎兵は長物のあつかいに長けていますが、あの面積を点で突くにはよほど正確な位置がわからなければ命中しませんよね」
スマフラウと対面した時は近すぎて全容を把握できなかったが、全長にして二、三百メートルはあるだろう。
ここでとっておきの情報だ。
「見ればわかる、心臓付近を守る鱗はほかよりも発達しているらしいからな」
「なるほど」
オオトリとテオは希望の光が差したとばかりに深くうなずいた。
崖下への移動は竜騎兵で、魔法への対応はエルフ部隊で、地上から竜の背を狙うことは不可能だがそれも飛竜が解消する。
とはいえ古竜の鱗を粉砕できるかは俺の力、武器をもってしてもわからない。
「ありがとうございます、古竜討伐がだいぶ現実味をおびてきました」
好戦的なエルフに俺は素朴な疑問をぶつける。
「エルフは荒事がきらいだと思ってたけどな」
森に引きこもり他種族との交流を避ける閉鎖的な種族だと聞いた。
「僕らはエルフとは違いまーす、人間の血が入っているので」
テオは人間とエルフの混血児ハーフエルフ──。
話に聞いたことはあるが実際に見たのははじめてだ。
「全員そうなのか?」
テオが率いている部隊のことだ。
「ええ、エルフは希少な存在なので高額取引の対象になっていて誘拐が絶えない、すると僕らみたいな存在が生まれてきます」
誘拐されたエルフの用途はそのほとんどが性的搾取だ。
病気への耐性が強く、なにより不老長寿の種族で老化せずに美しい姿をたもつあたり都合がよいらしい。
そこに憧憬や嫉妬を抱いてむごい扱いをする人間がいる。
「人間ってなんでセックスのことしか頭にないんだろう。エルフをさらってはセックス、ハーフエルフが生まれたらセックスで僕らは皆、そんな境遇です」
「そんな人間ばかりじゃないよ……?」
俺は関与していないが、なんだかいたたまれない気持ちになってしまった。
「そんな人間ばかりじゃないかと思えば、オオトリさんみたいにセックスのベクトルが殺し合いにむかってるだけだったり」
「その言い方はやめろ……」
オオトリもさすがに容認できなかったようだ。
「あれでしょう? 人間って実子や赤子、はては家畜だって性処理の対象として見てるんですよね、気持ちわるいなあ」
「言いすぎだろ」「言いすぎだ」
俺とオオトリの心がはじめてひとつになった瞬間だった。
どうしようもない人間はたしかにいる──。
完全に否定はできないが、すくなくとも自分たちはその分類ではないつもりだ。
エルフたちは人間を軽蔑しているだろうし、ハーフエルフは憎悪を抱いているといっていいかもしれない。
それもとうぜん、彼らにとって人間は有害な存在だからだ。
「そこまで嫌ってるのになんだって行動をともにしてるんだ?」
透明になる魔法を使ってどこへなりと逃げてしまえばいいのに、とはなかなか言えない。
捕縛するためにエルフを無力化する毒なんかも流通しているらしい。
「帰る場所がないんです、エルフは閉鎖的な種族で僕たちを受け入れることはありません。里に人間の血を入れたくないという理屈は僕にもよくわかります」
ハーフエルフは人間からは奴隷あつかいされ、エルフからは追放される。
「そんな境遇の僕たちをアーロック殿下は手持ちの商会を活用して各地から集め、軍隊に組み込んでくれたんです」
オオトリが口をはさむ。
「奴隷ではなく戦士を彼らは選択した」
アーロック王子が人助け目的でそうしたとは思わない、それだけエルフたちの能力が有用だということだ。
「ちなみに僕が第一号でーす、名前も殿下が自分からもじって付けてくれたんですよー。これ、うらやましがられるから自慢です」
テオは素直に嬉しそうだ。
「──買いとられたという意味では奴隷と同じですし死ぬこともありますけど、殿下は使えない人間よりは使える家畜を重宝するので、功績をあげて上から見下ろしてやるのは気持ちがいいですね」
「人間の手下なのは変わらないだろ」
功績を認められ軍での待遇があがっても一番上に人間の王族がいることは事実だ。
ハーフエルフが道具であることには変わりがない。
「人に見せるものじゃないんですがー」
テオはぐいっと肩をめくってそこにある刻印を見せてきた。
「なんだそれは」との反応からオオトリも見たのははじめてのようだ。
それは人間とエルフが手を取り合っているシルエットに見える。
「ものこごろつく前にたぶん顔も知らない親あたりが刻んだと思うんですけど……」
死に別れたか生まれてすぐ引き離されたかしたのだろう。
「──自分たちだけでは生きていけないので、どうにか人間と折り合っていくしかないってメッセージなんじゃないかと」
本人にも確証はない様子。
エルフは女性で人間は少年にも見える、誰がどんな理由で刻んだか本当のところは分からない。
「それの影響で人間といることに抵抗がないってことか」
納得の材料くらいにはしているのだろう。
「殿下は変人だし冷酷ですけど能力を評価してくれるから好きです、その人の役に立てるのは嬉しいですね」
「そうか、余計なことを言ったな」
嫌味で言ったというよりは不可解に思えてでた言葉だった。
人間と折り合っていくとは言っていたが、テオはこの理不尽に対して根深い怒りを抱えている。
交渉の材料として捕らえろと指令を受けていた竜神官たちを惨殺したのも、それを抑えられなかったからだろう。
どのみち彼らには選択肢がない、ハーフエルフには生きる場所のない世界だ。
それでもテオは飄々として悲哀を感じさせない。
「オオトリさんより出世したいなー」
「鍛錬を積むことだ、その力では裏の仕事しか任せられん」
無礼な発言をオオトリはとがめない、彼も実力主義の人間だ。
「はーい」と、テオは適当な返事をした。
すこしは敵の内情をさぐる気でいたが、人物の背景なんか知るものじゃないなと思った。
今後、戦場で遭遇したとき殺意が消えてしまわないかが心配だ。
テオは思い出したように話題を変える。
「そうだ、イーリスさんの御両親のことなんですが」
「お、おう」
気にかけていたことなので耳を傾ける、良い報告を望んでいた。
「調べてみたんですが、すでにお亡くなりになっていました」
得られたのは最悪の結末。
「一年前、イーリスさんが失踪した直後には殺されていたそうです」
神職の人間がそんな真似をするはずがないと言い聞かせていたが、実態は賊の末裔ということか。
意味が無かろうと、利益が無かろうと。腹いせで人の命を奪える。
俺は愕然とした、聖都での思い出は後味の悪いことばかりだ。