「あらためまして、アーロック・ルブレ・テオルム、マウ王国第三王子です」
神殿で待つことしばし、行商人ルブレが今朝までとおなじ調子であらわれる。
ただ者じゃない気はしていたが、ここまで面の皮が厚いとは思わなかった。
「行商人ってのはウソだったのかよ……」
この胡散臭いオッサンがまさか高貴なお方でいらしたとは──。
「いいや、そっちも本職だよ。スマフラウと交渉して商売を取り付けたのは俺だもの。流通経路を開通して物資のやり取りも実際に盛んだったんだ」
王族の仕事とは思えないし、山道の開拓にいたってはかなりの年数を要したはずだ。
「マウ国の王子はヒマなんだな」
ルブレ、もといアーロック第三王子は俺の嫌味なんてものともしない。
「ウチは親父が元気だし王座は優秀な兄貴たちのどちらかが継ぐからね。落ちこぼれの三男は好き勝手やらせてもらってるのさ」
それどころか皮肉を返してくる。
「──そういえば、アシュハの皇女殿下は苦労なさってるみたいだね」
痛いところだ。
「時間が解決するだろ」
それは強がりだ。
皇国はさきのリビングデッド事件で半壊、三大機関の二つが失脚して権力は騎士団に集約、現状、ティアン姫は置物状態。
マウ王国は現王が健在で後継ぎも盤石、無駄に大きくなった皇国にくらべて結束も固そうだ。
「あのヴァレオン将軍が復帰したと聞いたときには戦々恐々としたけど、どうしたことか存在感がないよね」
──どこまで調べてるのやら。
国境を襲撃した部隊の隊長であるオオトリを連れている時点で、無関心は通じない。
「立ち話にしては物騒なんじゃないか?」
落ちこぼれを自称したのも謙遜ではなくそういう性格なのだろう、相手を油断させるため自分を低めに紹介する癖があるらしい。
アーロック王子は現場の処理を部下たちにまかせると「どこかおちつける場所で話そう」と、さそってきた。
この男がなにを企んでいるかと不安に感じたままでは帰るわけにもいかなそうだ。
外は日がのぼり明るみはじめている。
神殿の貴賓室には俺とアーロック王子、入り口付近にはオオトリ隊長とテオが待機している。
オオトリはマウ王国の騎士長であり、テオは王子が個人で所有するエルフのみで構成された特殊部隊の指揮官ということらしい。
司令系統を担う人物が勢揃いしている。
神官たちを拘束する任務は竜騎兵第一部隊、本来ならばスマフラウ側の警備責任者たる竜騎兵長が指揮をとっていた。
アーロック第三王子が今回の件に関して解説する。
「なんでこんな辺境に集落があるかってね、単に登山家が住みついたってわけじゃない」
「聖竜スマフラウが魔法をつかって定住させたんだろ」
それがおよぶのは橋の周辺までというはなしだが。
「でも、普通の人間はこんなところに足を踏み入れない」
アーロック王子が開通させるまでは道路もなかった。
「──彼らはもともとマウ国で悪事を働いていた盗賊団、それが軍から逃れて潜伏したのがはじまりだ」
「戦争難民のあつまりって聞いたけどな」
「下地ができてからはね。竜が守ってくれるから争いがなくて絶対安全、その伝聞を頼って集まってきたんだ」
盗賊たちは国軍を撒くために山をのぼり、見つからないために隠れ住んだ。
「手口がいちいち詐欺師のそれなのにも納得がいった」
悪党の子孫は三、四代かけて善人に変わることはなく悪党にみがきをかけていた。
「そいつらが古竜なんて強大なうしろ盾を手にいれ飛竜を軍事運用、洗脳した民衆が万を超える」
自分たちの取り逃した悪党がとなりで膨れ上がっている。
「たしかにそれは無視できないな」
マウ王国と聖都の戦いは都の創立よりもずっと昔からはじまっていた。
俺はスマフラウを竜に守られた神聖な都だと思い込んでいた。
崇高な人物が正義にしたがい不幸な人々を助けたうえに成り立っている。
二万人を幸福にする詐欺師──。
ララーナは誇らしげに言っていた。
当人たちが納得しているなら部外者は関係ない、その構造が多少いびつであろうと目を瞑るのが正しい。
お人好しは舐められる、お節介は嫌われる、人助けは割に合わない。
それを思い知ってきた俺なりに大人になろうとした。
だが、ハッキリと確信する、俺はこの都が嫌いだ──。
「気のながい話さ、竜が存在するせいで実態調査も慎重になるし、竜騎兵の目をぬすんで部隊を潜伏させるのに商売を隠れみのにしてね」
古竜が本当に都を守護していたら不用意な進軍は命取りだ。
視界に入るものすべてを【支配】できるスマフラウを相手に軍隊をいくら投入しても意味がない。
アーロック王子は調査をかねて侵攻ルートを開通し、前線基地をつくり、交易を建前に出入りをしながら情報収集をおこなっていた。
「──かなり貴重な鉱石が採れるんだよ、投資したぶんも無駄にはならないかもね」
商売のほうも成果を上げているあたりじつに抜かりがない。
「さきに説明しておいてくれたらな……」
「祭司が帰りしだいキミたちには事情をうちあけるつもりだったんだけど、彼が思い切ったことをしてくれたおかげで行きちがいが起きてしまったんだ」
オルガースが宴会の席で睡眠薬を盛ったのは想定外だったということか。
部隊は酔いつぶれ、下戸だったオオトリだけがあわてて追いかけてきた。
「巫女の奪還を俺に依頼したのはなんでだ?」
巫女の有無はルブレたちの作戦には関係ないように思える。
巫女を押さえれば聖竜スマフラウの詳細な情報を得られるなど利点はあるだろうが、行方不明者の捜索が間に合ったのは奇跡だ。
「そっちは竜神官からの依頼だよ、作戦までは信頼関係を築いておきたかったから協力したんだ」
疑われないように媚びを売っていただけか。
神官側もアーロックやイーリスを警戒させないように「戻ってほしい」という名目で依頼をした。
「巫女の行方はどちらでも良かったんだけど、竜を倒したってうわさを聞きつけて行ってみたらキミがいたと」
スッキリとまではいかなかったが、おおよその状況は把握できた。
どうやら俺とは無関係なところで事態は進行していて、そこに首を突っ込んでしまっただけらしい。
そしてとくに活躍もなければ影響をあたえることもなく、それは終結にむかっている。
「そこで本題なんだけど」
「……まだなにかあるのか?」
すっかり気が抜けていたところにアーロック王子が切り出してきた。
そしてとんでもないことを言うのだ。
「一緒にドラゴン退治をしよう――」
「なん……!?」
ここでドラゴンといえば聖竜スマフラウのことだろう。
彼らにとっては不要な存在なのだ。
答えは勿論ノーだが、即答できずに俺はただ真顔になっていた。
その表情だけで乗り気じゃないのが伝わりそうなものだが、ルブレはグイグイとせまってくる。
「あれ、邪魔だと思わないか? 俺と君との仲だろう、親友のたのみを聞くと思ってさ」
簡単に言うが路上の倒木をどけるのとはわけが違うぞ。
「どういう基準で親友だよ……」
馴れ馴れしいにもほどがある。
「俺の基準だと自分に利益をもたらす存在は友人、不利益をもたらす存在は敵だよ。得にもならない人間に割く時間はないからね」
アーロック王子の基準はじつにシンプル、損得勘定にさだめられている。
「──とは言っても、べつに優秀な人材だけが友達ってわけじゃない。王様と道化は友達だろう、心のよりどころだって俺は大切にするからね」
それも飽きたり役目をはたさなくなったらポイと捨てるのだろう。
「俺はね、この作戦に莫大な投資をしているんだよ。山賊の残党を討伐したくらいじゃあ割に合わない、ドラゴンくらい倒さないと」
俺は忠告してやる。
「破滅願望でもあるのか? 引き際をわきまえないとせっかくの成果をふいにして命を落とすことになるぞ」
あれには触るべきじゃない。
イタズラに手を出したりしたらどれだけの犠牲がでるか分からない。
そして、絶対に勝てない。
「俺なりにいろいろ調べたんだ。数日もいれば知ることだけど、この街って老人がいないだろ」
俺は「たしかに」と、雑な相槌を打った。
昼の儀式のときに大勢の男たちが押しかけていたが、老人のすがたはなかった。
大神官の若さも気になった。
「どうやらここでの寿命は四十年ってとこらしい。高山病とかじゃあない。四十の時点でかならず死ぬんだ」
聖竜は人間のエネルギーを収奪しみずからの糧にしている──。
メディニティーテが指摘しそれは否定されなかった。
「住んでる連中はとうぜん気付いてるよな、なんで出ていこうとしねえんだ?」
俺の質問にルブレはどうとでもとれそうな回答をする。
「怖いんだろうね」
俺は「はっ?」と聞き返した。
「住みなれた故郷を失った人々が見知らぬ土地で一から生活をするのは不安だよ」
それは理解できる、だからといって見えている寿命を放置しておけるとは思えない。
「──それにくらべてこの都は天国さ。まず外敵がいない、格差はあるがあたえられた役割をまっとうしてれば落ちこぼれもない。
洗練された芸術性の高い景観、竜騎兵はカッコイイし、日課で裸の少女たちが踊ってくれる」
否定する言葉が見つからずに俺は黙っている。
「人間の最高寿命はたしかにここの倍はある。だけど戦争で死ぬ者、暴漢や強盗にあう者、落ちこぼれて飢える者、平均寿命で考えたら長生きできてるほうかもしれないね」
たしかに外の世界は危険だらけで十代まで生きないやつもざらにいる。
約束された平和、保証された四十年。
「納得のうえってことか……」
「実際、一市民が四十をこえてそのさきできることなんてたかが知れてるしねぇ」
決められた格差、決められた仕事、決められた寿命、それに甘んじてすごす毎日。
それを望む人々を否定するわけじゃない。
ただ俺なら出ていくだろう。
ここには歌がない、語りつぐべき物語がない。
声にしていない感想にまるで便乗でもするかのようにルブレが声をあげる。
「──俺はそれがどうしようもなく気にくわない!」
吐き捨てるように語る。
「屈辱的だとは思わないか? 草を食わせてくれるから柵のなかで食肉加工されるのを大人しく待つ家畜だよ。
感情的には柵のなかにオオカミを放ってやりたいが、かわりに主を殺して放置することにした」
その口ぶりはあまりにも意地がわるかったがどこか爽快でにくめない。
俺はすこし笑みをこぼしながら言ってやる。
「世の中のほとんどの人間がおまえのことを嫌いだろうぜ」
「やめてくれ、俺は人には好かれたいんだ。嫌われるのは心が痛む」
そして気をとりなおして再度、確認する。
「──ドラゴン退治を妨害でもしないかぎりキミは敵でも味方でもない。だが、俺たちは親友になれる気がしてこないか?」
聖竜スマフラウを一緒に倒そうって勧誘だ。
正直、損得の計算もなく気に食わないからぶち壊すって動機は悪くない。
かといって、二万人を不幸にするほどかといえば不十分だ。
その熱烈な誘いを俺は「いいや、他人だね」そういって突っぱねた。