俺は国境を越えて隣国マウに辿り着いた。
少し北に行けばアシュハとマウに面したスマフラウとかいう国の国境がある。
いや、スマフラウは国じゃあなかったか?
なんとか中立地帯ってんで、戦争が起こらない土地だ。
侵略国家と名高かったアシュハが攻め滅ぼさずに避けて他を侵攻したって話だ。
たしか神聖な場所だった気がする。
神様が祀られてるかなんかだったかな、フカシンな場所だってことだ。
俺が遠出をしている目的は『完了した任務』の報告を依頼人にするためだ。
依頼人は『行商人』で、ひと所に留まらない。
深く考えもせず出てきたが正直、女一人を脱獄させることより居場所のわからない依頼主をさがす方が途方もなかった。
本来は同行した案内役が俺に報酬を払って依頼主にも報告したはずだった。
はずなんだが、案内役が道中で死んじまった。
そのうえ助け出した女は記憶喪失ときたもんだ。
ほっといても良かったんだが案内人が死んじまったのは俺の不徳の致すところっちゃあその通りだし、『自分の正体』を特定してくれとの彼女の希望もあった。
謎が明らかにならないのはスッキリしねぇからと、可能な限りさがして見ることにしたって訳だ。
タダ働きってわけでもねぇ、任務達成を伝えれば報酬が手に入るからな。
そこで連中の装飾や訛りからマウ人と当たりを付け、長い野宿生活を経てようやくここまで辿り着いた。
街とも呼べない集落だがギルド由来の宿舎もあるだろう、情報収集を目的に二、三日は滞在することになるかもしれない。
集落の外はモンスターやならず者を警戒しなきゃあならない。
長距離を移動する場合、普通は護衛を雇った行商や旅団に金を払って便乗させて貰うか、その護衛として雇われるのが基本だ。
しかしタイミングが合わなかったからな、気ままな一人旅を決行した。
俺の体格と装備を見て襲いかかってくる奴は珍しい、危険な場所にわざわざ足を踏み入れたりもしなかった。
道中、返り討ちになった女騎士をオークの巣穴から救い出したり。
集落を襲う一つ目巨人サイクロプスを退治したくらいか。
そう言えば、マウ王国は山岳地帯が多く大型モンスターの巣が点在していて遭遇報告も多いらしい。
今朝も怒り狂ったグリフォンからの襲撃があった。
グリフォンの討伐依頼は過去にもあったがあの行動は巣を荒らされたか、つがいの片方を殺されたかだろう。
グリフォンは上半身は鷹、下半身は獅子の姿をした獣だ。
地空を自在に駆け回り、鋭い前足の鉤爪と嘴で馬などの家畜を瞬時にかっさらう。
放置しておけば被害が出ることが予測できたため駆除するしかなかった。
そんなわけで退屈な旅だ。
ウロマルドのオッサンとやり合った時に比べりゃあピンチらしいピンチもなかったからな。
あの時は一戦のうちに百回は死を覚悟したもんだ。
俺は生まれ付き体格が良かったからよく頼られたし、その大体が力仕事か荒事だった。
希望するでもなくガキの頃から顔役あつかい、無法者の撃退、猛獣の鎮圧、まあ頼られるままにやってきた。
気がつきゃそれが飯の種になっていて、二つ名は『皆殺し』だ。
そりゃ、失敗が招いた自業自得だろ──。
幻聴か、あの女の声が聞こえた気がした。
チッ、嫌なことを思い出しちまうぜ、あの女、イリーナの奴が言っていた。
オカマと筋肉と童貞は鉄板ネタだ。おまえはすでに三種の神器を二つ備えている、ほとんど無敵だ──。
だそうだ、俺は「一つだろ!」と反論した。
雇われ仕事で大勢見知ってきたが、あんなに口の減らない奴には会ったことがない。
「クソッ、アイツらいまごろ城で贅沢三昧してんだろうなぁ……、羨ましいこったぜ」
そうは愚痴ったが日がなゴロゴロしてるなんて願い下げだ、こうやって旅をしているのが性に合っている。
日はまだ高い、俺は広場の一画に陣取ると荷物から取り出した毛布を地面に敷く。
背負っていた大剣を下ろし『求む伝説』と大きく書いた羊皮紙を広げる。
看板代わりだ、ペラペラの紙だとすぐダメになっちまうし板を持ち歩くのはかさが張る
そして大枚を叩いて購入した楽器、相棒のリュートを取り出す。
俺の本職は吟遊詩人だ──。
いまはまだまったく金になんねぇから腕っ節で稼ぐしかないが、当面の生業と将来の夢は違うってこった。
リュートを傍らに置いて準備を終える。
俺にはまだ歌うべき叙事詩が無い、それゆえの『求む伝説』なのだ。
必要に駆られてやってきたが力づくで解決する仕事には飽き飽きだ。
向いている向いてないを超越してやりたい仕事がしたかった。
英雄になれない一市民、執務に忙しい王族、まだこの世に存在しない未来の人々、皆を興奮させ人生を彩る。
そんな英雄譚を後世に語り継ぐことに憧れを抱いている。
伝説まちをするくらいなら自分が伝説になる方が名誉なんじゃあないか──。
そう言われるが、自分の武勇伝を歌って廻るとかナルシストみたいでカッコ悪いだろうよ。
俺はリュートを抱える、奏でていれば人が集まる。
そうすれば誰かが凄い英雄譚を持って来てくれるかもしれないからな。
演奏をはじめてしばらく、二人の男が声を掛けてきた。
奏でども奏でども人だかりにならないことに少し焦りを覚えていたところだ。
これで少しは吟遊詩人らしい活動になる。
俺は歓迎した、はじめたばかりのリュートだが惹き付けられる人もいるのだと嬉しかった。
「おっ、演奏を聞いてい――」
「耳障りだ!! 練習なら人目を忍んでやれ、下手くそッ!!」
怒鳴られた。
「……言うほど、下手か?」
率直な意見は心臓に刃を突き立てるが如く鋭く俺の胸に突き刺さった。
たぶんあとで思い返して泣くと思う、一人になった時に。
「まあ、どんな名人にだって下手くそな時代はあったさ……フフッ」
俺は精一杯の平静を装って言った。
そう誰だって最初から達人じゃない、俺だって腕相撲で親父に勝てない頃があった。
見てみれば男たちは戦士の体つきをしている。
傭兵ではないな、上等な服装をしていることから宮仕えの兵士か騎士団の所属あたりだろう。
山間の集落へ遠征任務で来ているようだから、なにかしらの護衛か山賊の討伐かだ。
どちらにしても揉めないことが賢明だろう。
「――伝説を求む、なんだこれは?」
二人組の一人が『伝説求む』の簡易看板をつまみ上げた。
「あっ、それは!」
無礼な振る舞いに異議を唱えようかと思ったが、興味を持ってくれるならありがたい。
「──見てのとおり俺は吟遊詩人のオーヴィル・ランカスター」
俺は自己紹介をする。
「見ての通り?」「筋肉自慢にしか見えないが?」
反応は芳しくないが、さすがに隣国までは悪名も及んでいない様子。
「ああ、俺は見ての通り吟遊詩人なんだが、後世に語り継ぐような武勇伝を募集中なんだ」
マウ王国ならではの伝説など聞いて持ち帰るのも旅の収穫と言えるだろう。
俺の要求に対して男は得意げに答えた。
「それならば私の詩を作れ、ちょうど勅令により大物を討伐して来たところだ」
なるほど、こいつはどうやらモンスター討伐に派遣された凄腕の騎士らしい。
しかも勅令だと。
「なんだ、アンタすごい奴なのか! なら、その武勇伝を聞かせてくれよ!」
俺は興奮気味に食い付いた。
「ああ、私はマウ王国の誇り高き騎士長」
男が語りだすと俺はそれにならって詩をつづる。
「その者、マウ王国にその名轟かせし誇り高き騎士の中の騎士!」
誇張と言う程では無いが、詩なりの外連味を交えたそれに男は気を良くした様子。
「おお、良いじゃないか。この剣でまさに魔獣の首を落としたのだ」
説明にジェスチャーを交えはじめた。
「なるほど、たずさえしは魔獣打ち倒せし聖なる剣! それで、その魔獣とは?!」
伝説に相応しい名を期待してたずねる。
「――山脈のいただきで討ち取りしは魔獣グリフォンよ! どうだ、恐れ入ったか?!」
しかし意気揚々と挙げられた名は期待に満たなかった。
「……グリフォン?」
「そうだっ! 獰猛な鳥獣よっ!」
グリフォンかぁ……。
その回答に自分のなかで一気に興味が失せていく。
巣からここまでどれくらいの距離、日数が掛かるのかは知らんが、グリフォンは標高の高い場所に巣を作る。
今朝のあれはコイツらが山頂にある巣を襲撃、そして討伐したつがいの復讐だったのだろう。
自分にも可能なレベルの仕事をこなした人間の名を、なにが悲しくて後世に語り継がなくてはならないのか。
「ん? どうした、続けないのか?」
テンションがしぼみゆく俺に騎士長を名乗る男は先をうながした。
俺は仕方なしに続ける。
「ああ、……その者、小さきグリフォンを打ち倒し――」
「おいっ!?」
男は勢いよく俺の詩を中断させ。
「──なんで勝手に小さくした?」
と、苦情を入れた。
「だってよ、せいぜい馬よりふた回り大きいくらいだろ……?」
グリフォンに苦戦したことがない。
「でかいだろっ!! どれだけの重量、そして怪力だと思ってんだ?!」
だいたい騎士長なんて立場の人間だ、討伐も隊を率いて行ったに違いない。
万全の準備をした上、部隊で巣を襲撃したのだ。
そう思うと気分は萎える一方だった。
「――その者、羽を休めるグリフォンの寝込みを襲い、集団で袋叩きに……」
「英雄譚に仕上げる気があるのか?! 貴様ッ!!」
騎士長は顔を真っ赤にして怒鳴った。
騎士団がグリフォンを退治した。
事件じゃないとは言わないが、それを伝説と言うには物足りない。
わざわざ騎士団がな……。
小さな集落単位だと害獣退治などは住民で対処するもので、俺みたいな人間に報酬を払って解決することが多い。
王様や騎士団に情報を届ける機会は限られているからだ。
不自然に感じるのはそれが勅令だと言う点、その指示を国王が直々に下す必要性を感じない。
そこで一つ思い当たった。
「グリフォンは黄金を集めて巣に持ち帰るよな、もしかしてそれが目的か?」
巣は人間が容易には立ち入れない高所にあり、近づくことで怒り狂って暴れるため苦労が釣り合うかはわからない。
しかしグリフォンの巣は宝の山である可能性があった。
「ああ、それも国力増強の一環だ」
なるほど、国策でグリフォン狩りをしているらしい。
それは勝手だが、巣を荒らして宝を持ち出せば怒り狂ったグリフォンが集落を襲撃することになる、それはあまりに無責任だ。
無責任なのに加えて不穏な空気も感じ取れる。
経験上、こうやって軍が金の工面に駆け回っているということは近く戦争が起きるということだ。
「見れば貴様、すごい身体をしているな。どうだ、俺の隊で使ってやろうか?」
案の定、兵隊を集めている。
兵士として勧誘を受けることは珍しくない。最低限の生活は保障されるしこのご時世、多くの野郎にはありがたい話だ。
とはいえ自由が制限されるからな、いまは興味のない話だ。
なによりアシュハとぶつかるつもりなら、俺はあちら側に肩入れするつもりでいる。
「しらけちまったな……」
本音を漏らすと騎士長は「……何?」と不快感をあらわした。
俺はかまわずに続ける。
「残念だが、アンタは英雄の器じゃあないようだ」
嫌味で言ったわけじゃない、他に穏便な表現も思いつかん。
「帰ってくれ、時間の無駄だ」
追い払おうとする俺に騎士長はしつこく絡んでくる、挙句の果てには腰に下げた剣に手を掛ける始末だ。
「無礼だぞ! 貴様、剣を抜け!」
そうは言うが俺の剣は特別製で場当たり的な喧嘩で振り回して良いような代物ではない。
仕方なく俺は妥協案を提示する。
「素手でいいか?」
悪気はないが、それが彼の沸点を突破させたらしい。
「抜けぇぇぇッ!!!」
騎士長はヒステリックな奇声を発した。
──勘弁してくれ。
俺が途方に暮れていると、もう一人の騎士が振り切れた上司に向かって呼びかける。
「隊長ッ!!」
必死な様子だが騎士長はそれを突っぱねる。
「うるさいぞっ!!」
「ドラゴンが……ッ!!」
そいつは確かに言った、ドラゴンと――。
気が付けば住民たちが一斉に屋外に出て一様に空の一点を見上げていた。
遥か遠くを飛翔しているが、その巨大さゆえにシルエットがドラゴンのものとはっきり判別できる。
それを視認したのは俺もはじめてだ。
「あれが、ドラゴン……」
伝承に登場し神と同格とも言える最上級の扱いを受けるその巨大な獣の姿に、尋常ならざる興奮と感動を覚える。
「こっちに来るぞ!!」誰かが叫んだ。
確かにこちらへと一直線に向かって来ている。
「逃げろ!」「どこへだよ!」
そんなやり取りをしている間に竜は高速で迫る。
そして上空から熱線を集落に浴びせた――。
火炎の息吹が帯状に伸びて直線状を焼き払う。
その威力をどう形容したものか、立ち並んだ家屋が燃え尽きて、真っ直ぐな道ができたのだ。
飛び交う悲鳴、日常の風景が一転して地獄絵図に変わる。
住民たちはそれを合図に一斉に同じ方向へと逃走を開始した。
女、子供、老人の姿もある。皆、必死の様相で逃げ惑う。
俺に絡んできた騎士の二人も同様に走り去ってしまった。
荷物を地面に広げていた俺だけがその場に棒立ちになっている。
その上を逃げ惑う人々が踏み荒らした
「ばっ、バカヤロウ!?」
俺は人を掻き分けて高価だった楽器を救出する。
地面を這いずる俺を置いてきぼりにして村人たちは遠ざかって行った。
そして人々が密集する場所に火炎がひとつ、ドラゴンから投下された。
「おいおいおいっ!?」
俺は突然の出来事に困惑する。
炎の塊は高速で人だかりに着弾し、すべてを爆散した。
「――――お」
唖然だ。
ついさっき影が見えたと思ったら、一瞬で集落が壊滅した。
周囲では家や死骸が焼けくすぶっている。
――これが、ドラゴン。
勇壮と着地したその全長は数十メートルはあるだろうか、その力をいま目の当たりにした。
鍾乳洞の天井を思わせる刺張った赤茶色の外殻、竜の鱗は人間の振るう剣程度では傷を負わせることすら叶わないだろうと確信させる。
伝承ではその強大な力に加え、人間よりも優れた知能を持つという。
城だ、そびえ立つ姿は堅固な城の様。
攻略するにはそれこそ城を落とすだけの軍備が必要に思える。
ドラゴンが再び火炎の息吹を発射した。
火線が頭上をよぎり村を凪いだ。
残骸の先に子供の鳴き声が聞こえる、どれだけが生き残っているだろうか?
俺はたまらずに声を張りあげた。
「おい、ドラゴンッ!! この野郎ッ!!」
遥か上方に声が届き、竜は足もとの俺を見下ろした。
「おい、この野郎! 人間の言葉、わかりますかぁ?! 俺はドラゴンの言葉なんて知らねぇぞっ! バカヤロウ!」
もし本当に竜が人間よりも上等な生き物だというなら、コミュニケーションで事態を解決できるはずだ。
竜は答える。
「――当然だ、そのような単純な言語など、解読するまでもない。我は―――――。人などが及ばざる存在よ」
名前らしき部分は聞き取れなかった、判別不可能な音だ。
言葉は唸り声ではなく鮮明に脳に残る。
しかしどうやっているのか、口から言葉を発している様子はない。
言葉が流れ込んできて理解が出来る、誰かさんの魔術みたいだ。
「なんでこんなことするんだよ、理由を教えてくれ!」
まずは目的を明らかにしないことには始まらない、そしてお互いの妥協案をさぐるのだ。
「気まぐれよ。踏みつければ潰れると思ったら、潰していた。何度で焼き払えるかと興味が湧いたから、試した。それだけのこと」
「はぁ?!」
会話をしてくれたまでは良かったがその返答は拍子抜けだ。
なんたって目的が無いのだ、気が向いたからただ壊滅させてみただけだと言ったのだ。
「なんだよそれ! 迷惑だからやめてくれよ!」
駆け引きも糞もない、俺はストレートに抗議した。
「知ったことか、おまえらは自分より劣る生物の都合に合わせ、己の行動を曲げるのか? 虫ケラに譲歩するのか? 我の場合、耳を貸すだけ上等よ」
なるほど神様あつかいされる訳だ。
神聖だとか、高等だとか、希少だとかの問題ではない。
天災と同じくどうしようもなく人間の手には負えないのだ。
「そりゃ、俺たちは虫の言うことなんてわかんねぇよ。お前さんの方が賢いのかも知らねぇさ。けどよ、仮にドラゴンが人間よりも上等だとしてよ、おまえはそん中では下等だろ?」
人間よりもすべてにおいて上位に位置すると豪語するドラゴン。
確かにドラゴンの最上位に人間の最上位は及ばないかもしれない。
「なんだと?」
俺の発言に竜が気色ばむ、俺は戦いを避けられないことを覚悟した。
なぁに、ウロマルド・ルガメンテともう一戦やると思えばいけんだろ。
俺は地面に転がしていた得物を持ち上げる。
本業の相棒はリュートだが、副業の相棒の方が付き合いは長い。
俺は愛用の大剣をドラゴンに向かってかざす。
普通の剣では傷も付けられないだろうが、コイツは全長三メートル弱、二十キログラム相当の特別製だ。
「なにをもって、我を下等だと?」
それだな、まずそうやって簡単に挑発に乗るところだとかよ。
上等なドラゴンならしねぇかもな、知らんけど。
「抵抗できない弱者や小動物を選んでいたぶるやつは、人間の中でも下等って相場が決まってるからさ」
その時に聞いたドラゴンの雄叫びは伝承のとおりの破壊力だった。
俺の夢は吟遊詩人として誰かの伝説を後世に伝え残すこと──。
農家に産まれて腕っ節だけはやたら恵まれ、喧嘩に負けたことはねえ。
意に反して付いた悪評は『皆殺し』のオーヴィル・ランカスター。
名声はいらねえ、本当の英雄と出会いたいだけだ。
しかし、この日を境にマウ王国にも俺の名は響き渡ることになってしまう。
『竜殺し』オーヴィル・ランカスターと――。
『竜の巫女は剛腕の吟遊詩人を全否定する』開幕。