ティアン姫即位の報が大陸中を駆け巡った──。
大陸最強とうたわれた大国に若干十六歳の君主が誕生したことになる。
当時の騎士団長フォメルスの陰謀によりアシュハ皇帝が暗殺されてから九年。
王権は正統な後継者へと返還された。
囚われのお姫様は勇者イリーナの活躍によって救い出され、晴れて女王になった。
これは『吟遊詩人』である俺が目の当たりにした歴史的大事件であり、まごうことなき伝説だ。
俺は吟遊詩人オーヴィル・ランカスター。
『皆殺し』だの『竜殺し』だのと、不本意な二つ名で呼ばれてはいるが、傭兵稼業は夢を叶えるための腰掛けだと考えている。
俺の夢は誰もが心を震わせる物語を後世に伝えることだ。
まだ詩の題材は得られてはいない──。
逆賊フォメルスの討伐に参加し歴史の返還に立ち会いもした。
しかし残念ながら、勇者イリーナと女王ティアン女の物語は俺の命題に相応しくない。
物足りないってわけじゃあなくて、この事件はメジャーすぎて俺が伝える必要性がなかった。
歴史家が懇切丁寧に、あるがままを歴史書に刻むだろう。
一般常識として世に知れ渡る出来事を我が物顔で語っても仕方がねえってことだ。
歴史の改変でもされない限り、俺の出番は無いだろう。
俺が即位の伝聞を聞いたのは旅先でのことだ。
記憶喪失だったイリーナの素性を確かめるため、手掛かりを求めて隣国マウで人探しをしていた。
なんだかんだあって出発から帰還するまで一年近く掛かっちまったが、任務を遂行し大手を振って帰って来た。
いまやお姫さんは大陸の最高権力者だ、俺みたいな流れ者がおいそれとは会えないかもしれねえ。
それでもよ。仲間は仲間だ、革命を共に戦った身として一言くらいは祝ってやらねぇと。
そんな気持ちで城を訪れたはずだった――。
「それでは、円卓会議を始める」
正面席の騎士が宣言した。
ここは王宮の一室、いかにも高級品といった円卓の置かれた会議室の中央で、俺たちは厳ついオッサン達に睨みつけられている。
──祝福気分で帰って来てみたらなんだ……。
到着するなり忙しない様子のイリーナにとっ捕まった俺は、そのままお偉いさん達の会議に連れて来られた。
ひとっことの挨拶を交わす間もなくだ。つまり、状況がわからねえ……。
「その者は?」
偉いさんの一人が不快感を顕わにした。
俺にたずねたわけじゃない、俺を背後に立たせて円卓の席に着いたイリーナにだ。
「はいっ! 彼は、その、ボクの従者で……」
イリーナは握りこぶしを膝の上に背筋をピンと伸ばし、緊張の面持ちだ。
俺も含めて場違いな感じは否めないし気持ちは解る。
「にしても、ビビりすぎじゃねーか?」
思わずからかったが「黙って……!」と、本気で余裕がない様子。
なんだろうな、革命のときには勇壮とした態度で俺たちの指揮を執っていた勇者のオン、オフのこの落差たるや。
対等な友人として従者との紹介に違和感こそあるが、場に応じた建前があるのだろう。
――大人だからな。つまらない事にわざわざ噛み付いたりはしない。
事態の把握をできていない俺が一々口を挟んでいては話が進まない、それを弁えて俺は傍観に徹することにした。
すると俺と同様にイリーナの背後に控える彼女の相棒、魔術師のアルフォンスが説明不足を補足する。
「彼はオーヴィル・ランカスター、ティアン女王救出の際、あの剣闘王者ウロマルド・ルガメンテと戦い討ち果たした『私の下僕』です」
イリーナとは対照的にハッキリと言い切った。
お偉いさんたちにも俺の名前は浸透しているらしく、場が一層ひき締まるのを感じる。
危険人物扱い、というわけだ。
「……て、おいっ!! 誰がおまえの下僕だよ!!」
傍観に徹するつもりが俺は思い切り異論を唱えていた。
なぜそんな嘘を胸はって堂々と口にできるんだ。
「──それに、ウロマルドには勝ってねえ」
ティアン姫救出の際、インガ族の英雄ウロマルド・ルガメンテはフォメルス側の戦力として俺たちの前に立ちふさがった。
剣闘王者であり人類最強とうたわれる大男で、その強さは名声に違わぬものだった。
ソイツと剣を交えることとなり結果、俺は生きているしウロマルドは敗北を認めた。
だがそれは奴があの勝負の勝利条件を依頼主の警護と認識していたからだ。
奴との死闘中、フォメルスはイリーナ達によって倒され騒動は終結、俺たちの勝負は中断された。
革命は達成され、奴の任務は失敗。
結果的に勝利はしたが、どちらが強かったかと聞かれたら、あちらの方が強かったと言う他にない。
結果がすべてだとしても俺はそれを勝利と吹聴して回るつもりはないし、恥ずかしいからむしろ真っ向から否定したい。
俺たちは革命に勝利したが、俺は剣闘王者ウロマルド・ルガメンテに勝っていない。
そういう認識だ。
「騒がしいですよ、つつしみなさい下僕!」
「下僕じゃあねえ!」
繰り返すがそれだけは我慢がならない。
アルフォンスという人物を知っていれば誰だって耐え難いはずだ。
「……ちょ、静かに」と、イリーナが消え入りそうな声で注意した。
俺は反発する。
「だって、アルフォンスの野郎がよっ!!」
ムキになるあまり会議中だということが失念されていて、「静粛に!」っという偉いさんの怒声で我に返る。
「この際、勝敗は些細な問題だろう。ウロマルド亡きいま、あれと渡り合った男が最強を名乗ることに不足はないのだから」
そう言ったのはどうやらこの会議の議長である人物。
円卓において立ち位置などと言うのも無粋だが、佇まいや格好から他よりも一段上の人物であることが察せられる。
「最強を名乗るつもりは……」
ウロマルド・ルガメンテが死んだ──。
「──いや、ちょっと待て!? いまなんて言った!!」
その言葉に俺は耳を疑った。
「彼は死んだよ、人類最強も人間だったということだ。彼らの矜持的に戦場で死ねたという意味では本望かもしれないな」
議長の回答は簡潔だったが、俺はそれをすんなりと受け入れることができない。
「ウロマルド・ルガメンテが死んだ、毒殺や呪殺だって言われても信じられねえぞ……」
あの怪物にどんな馬鹿げた武勇伝があっても疑わないが、戦死だけは想像もつかない。
「貴方が不在のあいだ王国、ひいては人類が滅亡しかけたんですよ」
アルフォンスがわけの分からないことを言って、俺はなかばパニックだ。
「はぁぁぁぁぁぁッ?!!」
大声をあげた俺をイリーナが叱りつける。
「うっるさいなッ!! 取り急ぎ現状を把握させるために参加させてんだからちょっとは黙ってろ、話が進まないだろ!!」
そして議長とは別の偉いさんがイリーナを叱りつける。
「イリーナ殿、救国の英雄とはいえ国家の中枢たる円卓会議に部外者を招き入れるのは無作法が過ぎますぞ」
イリーナは恨みがまし気な視線を俺に向ける。
「ほら、ボクが怒られた……」
──なんだ、俺が悪いのか……?
なんの説明もなく連れて来られただけなのに。
そこでウロマルドが死んだとか国が滅びかけたとか言われてもよ……。
戸惑う俺を尻目にアルフォンスが釈明する。
「勇者様は何者かに命を狙われている節があるので、護衛同伴で失礼させて頂きます」
そして余計な言葉で締め括る。
「──この中で心当たりのある者は名乗り出てください、大変迷惑していますよ?」
「馬っ鹿……!」
イリーナはうなだれるとその顔面を真っ赤にして恥ずかしがった。
しばし沈黙、空気が張り詰めて乱闘の勃発を想起させる、しかし荒事に発展するまではいかない。
「了解した。今日は決起集会みたいなものだ、不都合はないだろう」
アルフォンスの無礼な態度によって険悪になった空気は議長が涼しい声で正常に戻す。
「──オーヴィル・ランカスター君、私は騎士団長を務めるハーデン・ヴェイルだ、よろしく頼む」
そして自己紹介までを余裕の態度でをこなした。
ハーデン・ヴェイル、どんな人物かは知らないが騎士団長と言えばこの国では国王に継ぐ権力者だ。
改まった挨拶をされた俺は「おう、こっちこそ頼むぜ」と返した。
「オーヴィル君、アルフォンス君、座ってくれたまえ」
ハーデンにうながされて俺たちはイリーナを挟んで席についた。
ざっと面子を紹介されて彼ら全員が騎士隊長であることが分かった。
この場には俺とイリーナとアルフォンス、そして騎士団長を含めた五人の騎士長、計八人が参加している。
「話には聞いていましたが、フォメルスを打ち破り百万のリビングデッド軍を鎮圧し、あのインガ族を従えたのがこんな少女だとは!?」
一番若い騎士長が芝居がかった態度でイリーナに対する感想を述べた。
軽薄さから侮辱とも取れる言動を騎士団長ハーデン・ヴェイルがとがめる。
「ダーレッド!」そして「愚息がご無礼を」と、こちらに謝罪をした。
若い騎士長は騎士団長ハーデンの息子らしい、となると叱られた騎士長はダーレッド・ヴェイルか。
「馬鹿にしたつもりはないんだ、驚いてしまってね」
団長の息子は悪びれる様子もない。
気分は良くないが目くじらを立てるほどでもない、イリーナも愛想笑いを浮かべている。
「いいえ、無理もないと思います……」
騎士団長とその息子。
残るはさっきから敵意を剥き出しにしている二人と、どこかで見覚えのある老騎士長。
緊迫した空気を和らげるように御老人が現状を説明してくれる。
「オーヴィル君にも分かりやすく話すと、教会による過剰なネクロマンサー弾圧が引き起こした事件によって王都の三分の一、総人口の一割が命を落としたのだ」
和らぐどころか、神妙にならざるを得ない。
大陸半分を支配する皇国の一割、国によっては普通に滅亡している規模だ。
──おいおい、いったいなにが起きた?
「三大機関とされた教会と元老院は消滅、騎士団も壊滅に近い打撃を受けた。人員の補充にともない大規模な移動が行われたため本日は顔合わせを兼ねて集まってもらったのだよ」
騎士隊長九名、うち王都在任の五名中リビングデッドとの戦闘で三名が死亡。
遠征中の四名からも国境警備の騎士長が一人戦死したということだ。
「この混乱に乗じて国境付近で小競り合いがあった。今後、敵国が攻勢に出る可能性も低くはないだろう」
騎士長以下、王都在任の上級騎士を含む騎士、三十五名中、十九名が死亡。
事件後に四名が死亡、または行方不明により首都警備の騎士の総数は九名まで減少していた。
兵士、民間人の被害はその比ではなく、戦争ならばとっくに敗北が宣言されている損害だ。
女王の即位を急いだのは騎士の増員が急務であり生存した騎士の昇格と、準騎士の叙任を順次執り行うためとのこと。
この場にいる騎士団長を除く四人全員が新任の騎士長であり、そのための会議ということらしい。
俺は一刻もはやく旅の話をしたくてたまらなかったが、ここまで深刻な事態では大人しくしているしかない。
騎士団の顔合わせに部外者のイリーナが参加する意味は分からなかったが、その理由は会議の終盤ハーデンによって知らされる。
「今日まで不干渉を貫いてきたあなたが強硬姿勢で会議に参加したのは、チンコミル将軍の処遇が不服だったからかな?」
どうやらイリーナは抗議のため自主的に参加しているのだ。
「不服ですね。将軍の対応は完璧だったし、処分に不当だと思います」
イリーナは真っすぐに主張した。
口論になるかと思えば騎士団長ハーデンは容易くそれに賛同する。
「私もそう思うよ」
「だったら……!」
気勢を削がれかけたイリーナが奮起して食って掛かったが、団長はその意見を却下する。
「それでは民衆が納得しないのだよ。
誰かに責任を取らせたという事実でガス抜きをする必要がある、そうしなくてはいつまで経っても復興に取り掛かれない。
その役目は王都警備の責任者たる彼が最適だ」
百万人の命が失われた大災害だ、なにかしらの決着がなければ先へは進めないのかもしれない。
王都復興の必要に加えて敵対国の動きが活発化しているいま、仕方のない判断と割り切るしかないのだろうか。
「ヴイレオン将軍を呼び戻せませんか?」
イリーナの提案をハーデンは再び却下する。
「それはできない、この非常時に前線の警備は緩められないし彼以上の適任者は存在しない」
それもまったくの正論だった。
イリーナがなにもできないまま会議は終了し、代わりに俺は大体の現状を把握することができた。
彼女からの依頼を達成して帰っては来たが、状況はどうやらそれどころではない様子だ。
俺のいないあいだに王都は厄災に見舞われ、皇国はいつの間にか著しく弱体化してしまっていたのだった。