「犬神の小僧め、忌々しい
外柴は邪悪さの滲み出た顔をして、笑いをかみ殺している。彼は生来のサディストであり、その性根は悪性そのものだ。実のところ、彼が生前
外柴は、幼い頃から悪を体現するような生き方をしてきた男である。
当時はまだ徳川幕府の時代であった1847年、とある小藩に仕える下級武士の家に生まれ、彼は食うに困らない程度の暮らしをしてきた。利発で運動神経もよく、それなりに整った顔をしていて、周囲からは評判のいい子どもであったが、それは表向きの話。裏で同年代の飢えた子どもを集めては、菓子や食糧を餌に殴り合いをさせたり、物を盗ませたりと、あくどい事をして遊んでいたようだ。
彼の先祖は犬神家と同じく、京の都で陰陽師をしていた家系である。ただし、かなり早い段階で霊的な才能を持った人材が絶えてしまい。それ以降はただの侍として、細々と暮らす一族になっていた。
そんな外柴家の中にあって、彼は実に数百年振りの、霊的な才能を持って産まれた子どもであった。問題は、家族の誰もがその才に気付かず、その意味で彼を野放しにしてしまったことだ。それが外柴家最大の不運と言えよう。
外柴が十歳になるかならないかの頃、自宅の蔵にしまってあった、ある一冊の書物を見つけた。それは陰陽師であった先祖の書いた日記のようなものであり、同時に自らが編み出した術の研究記録でもあった。それを読んだ彼はその時初めて自身の才能に気付き、また興味深い術の内容にも目を留めた。そこに書かれていたのは、式神の操作術と、他人を意のままに操るという外法術であったのだ。
外柴はその時から、異常な程それらの術の研究にのめり込んだ。小さな頃から感じていた奇妙な万能感、それは誰しもが持つ力ではない才能そのものに、本能的に気付いていたからだったのだろう。自身の才能に気付き、それを活かす事が出来る人間は少ない。その意味では、彼はとても恵まれた素晴らしい人生を引き当てたと言っていい。ただそれは、周囲の人間にとっては、最悪としか言えない結果を招くものであった。
外柴本人が元服を迎えた頃、彼は既に先祖の残した術のほとんどを手中に収めていた。手に入れた力を試し、それまで術の研究に使っていた数年間を取り戻すように、彼は周囲の人間の心を塗り潰し、手当たり次第に操っては悪事に走らせて破滅させた。彼の悪性を止められるものは、もはや無い。彼は自身の心のままに、渇望していた悪徳の道をひた走りだしていた。
例えば、祝言が決まった女性がいると知れば、真っ先に向かって行ってその女を犯す。もちろん、旦那となる男や、家族の目の前でだ。時には悪童達を引き連れて行く事もあったらしい。そうして、女や男を精神的に追い込んで死なせるのである。
また、どこかで子どもが生まれたと聞けば、親を操って子どもを殺させたり、逆に幼い子どもだけを残して家族を心中させたりもした。わざと本人の意識を残し、身体だけを操った上でだ。はっきり言って、その行為自体に意味はない。彼はただ、人が絶望して死んでいく様を見るのがたまらなく好きなのだ。
そんな事を繰り返している内に、あっという間に藩は立ち行かなくなり、やがて取り潰しになった。決定打だったのは、他藩に嫁ぐはずだった藩主の娘を操り、狐憑きに見せかけて暴れさせ、外柴自身の家族を殺させたことだろう。彼は自分の家族すら疎んでいた。素晴らしい才覚を持った尊敬すべき先祖から、何も受け継ぐことなくのうのうと日々を生きる一族が許せなかったのである。
そうして、故郷と自らの家族を無くした彼は、根無し草のようになって、日本中を転々とするようになった。その頃には、ただ人を破滅させることに飽きたのか、悪事を働く回数は多少減っていたようだ。彼の興味は、式神を使って、人よりも強靭な力と命を持つ妖怪を殺す事に変わり始めていた。
旅の陰陽師を語っては、先々の村や街で、妖怪や悪霊退治を行う。倒した妖怪の中に使えそうなものがいれば、それを式神として再利用する事も忘れない。そうして彼が二十歳になる頃には、自らの式神達で兵団を作るほどに数を増し、成長していった。
外柴が
「
外柴は当時を思い出し、独り言ちていた。彼にしてみれば、対象が人であろうと妖怪であろうと、殺しこそがライフワークであり、自分を構成する重要な生き方であったようだ。当初は、生きていく為に必要な金がたんまり手に入るとあって、一も二も無く話に飛びついたが、実際には制約の方が多かった。
しかも厄介な事に、
「しかし、地獄もつまらんものだな。こんな所にくる亡者共など、皆希望など持っていない。ただ殺され続ける人形のようなものばかり、だが、あの犬神の娘は違う。久々に感情のある、殺しがいのあるヤツがきた。クク…やはり、生きた人間こそが俺の獲物よ。そんなあの娘も、そろそろ緑鬼に殺された頃か?」
外柴は、
狛の放った光があまりにも強力な光だったので、外柴は瞬間的に目を焼かれ、慌てて監視を止めていた。どうせ無間地獄から逃れられるわけがないし、あの巨大な緑鬼という規格外の鬼を倒す事など出来ないと、高を括っていたからである。その代わりに荒岩ヶ根に耳を傾けた所、猫田達が拍と話している所にかちあったのだった。
「どれどれ、どんな無様な死に様をしているか…ん?なんだ?何故緑鬼が倒れている。いや待て、あの娘は何処へ行った!?どうしてどこにもいないのだ!」
外柴は激しく狼狽えた。狛が光を放ってから、
外柴は浄玻璃鏡を操り、無間地獄の隅々までもを皿のように見つめている。そんな彼のいる地獄の法廷、その扉がゆっくりと開き、そこへ入ってきたものがいた。外柴がそれに気付いてそちらへ視線を向けた時、彼は目を見開いて驚愕した。
入ってきたのは、彼が今まさに血眼になって探していた、狛本人であったからである。相対する二人の間には、どこからか生温い風が吹き流れていた。