「さぁ!どこから回ろっか?上級生のクラスも面白そうなのたくさんあるみたいだよ?レディちゃんも一緒なら良かったんだけどなぁ」
各学年の催しが載った冊子を片手に持ち、狛は色々なページに目移りしながら悩んでいる。空いている手には、既にいくつものクレープやチョコバナナなどを器用に握られていて、それが息の合間に無くなっていた。どうやって食べているのか、どうやって喋っているのかちょっとした手品をみているような光景である。
それを見慣れない者にとっては異様な光景でしかないが、傍にいるメイリーや神奈、それに玖歌はすっかり慣れてしまっているので何とも思っていないようだ。
「レディか、そう言えば、狛はいつの間にか仲良くなっていたよな。どうやったんだ?」
神奈が疑問を持つのも当然である。レディはクラスの中で未だに浮いていて、ミステリアスな存在だ。仲良くなろうと声をかけるものは多いし、レディ自身卒なく対応はするのだが、どこか一歩…いや、二歩か三歩かもしれないが、距離が感じられる。
それはレディが、死体のみを相手にしてきた性質によるものなのだが、ほとんどのクラスメイト達は当たり前だがそれを知らない。決して誰かと仲が悪いというわけではないのに、親しくもなれない不思議な人、それが狛達のクラスにおけるレディの評価である。
ただ、そんな中で、狛だけがレディと打ち解けているように見えるので、クラスメイトから狛はますます尊敬の目で見られていた。狛自身は知らない事だが、狛の犬並みと言える人懐っこさがレディにも通じたと言われているのだった。
「どうやったって、まぁ…普通に、一緒に遊んだと言うか…」
まさか新任の教師を相手に、力を併せて一戦交えたとも言えず、狛は何とも煮え切らない言葉を返している。神奈とメイリーは何の事やらよく解っていないようだが、玖歌だけは何があったか察していた。…というよりも、玖歌は学校に住んでいるので、ある程度の事は知っていると言う方が正しいだろう。
さすがに大寅の造った疑似神域の中での事は知りようもないが、あの時、狛が来る前に大寅とレディの間に何があったのかは、知っているのである。
(レディって、あのクセのある女よね。よくまぁあんなのと仲良くなれるもんだわ、この子も。どう見てもヤバイ奴でしかないじゃない。…もっとも、アタシみたいな妖怪と友達になろうってくらいだし、今更だけど)
「イッショに遊んだだけで、あのレディちゃんと仲良くなれるって、やっぱコマチってスゴイよね~。アイドルとか向いてるんじゃない?」
「メイリーに言われたくないと思うぞ…」
神奈の言う通り、コミュ力で言えば狛よりも圧倒的にメイリーの方が上である。二人共に誰とでも仲良くなれるタイプではあるが、友人付き合いの数で言えば、メイリーの右に出る者はいない。狛はこれと思った相手には猪突猛進で仲良くなろうとするが、メイリーはさらにそれを広く出来るのだ。
それでいて、その人となりを見て危険そうだと判断すれば、そっと静かに、しかし素早く縁を切る事が出来る。そういう才能を彼女は持っていた。その情報収集能力は、鍛えれば犬神家の調査部でも通用するかもしれない。
「アイドルはちょっと…実家の仕事もあるしね」
「そうだよね、コマチ何気にお嬢様だもんね。でも、絶対エラぶらないトコがいいんだけどね~」
「うん、狛の奥ゆかしさは見習うべきだよな!私も負けないようにしなくては!」
「…アンタの場合は、まずその脳筋止めなさいよ。奥ゆかしさの為に筋トレする必要ないでしょ?バカなの?」
神奈が無手で素振りをするのを見て、思わず玖歌がツッコミを入れた。そして、それに皆で笑っている。こう見えて、四人は中々バランスのいい、息の合う四人なのであった。
しばらく四人であちこちのクラスを見て回りながら移動していた時、お化け屋敷をやっているクラスの前で、メイリーが何かを思い出したかのように口を開いた。
「お化け屋敷かー。そう言えばさ、知ってる?ウチの学校の七不思議」
「神子学園に七不思議なんてあったか?」
「それがあるんだよー。ワタシも先輩から聞いたばっかりなんだけどさ」
「へぇ、どんな話なの?」
もぐもぐと焼きそばを頬張りながら、興味深そうに狛が尋ねる。その横では、玖歌がジュースを飲みながら神妙な顔をしている事に、誰も気付いていない。
「えっとね、まずは定番のトイレの花子さんでしょ」
「ぶふっ!?」
「おわっ?!玖歌、大丈夫か?」
「な、何でもないわ。いきなり来ると思ってなかっただけ…ゲホッゲホッ」
トイレの花子さんと言えば、七不思議としては定番中の定番なので玖歌も予想はしていたようだが、まさか一番最初に挙げられるとは思っていなかったらしい。どうも玖歌は、不意打ちに弱いようである。
「玖歌ちゃん、ダイジョーブ?…で、次は深夜に校庭を走る理事長の銅像ね」
「…ああ、あれか」
皆が思い当たったのはその銅像の事である。学園の正門から入ってすぐに建てられたやけに目立つ銅像のモデルは、他ならぬ神子学園の理事長を務める神子桔梗で、その姿は足を肩幅に開いて斜めに立ち、右手を大きく前に突き出して指で何かを指し示している。所謂、『異議あり!』のポーズだ。
しかも、その銅像は顔からスタイルから本人そっくりに出来ており、本人から直接型を取ったと噂されるほど精巧に出来ているものであった。確かにあれならば、夜中に動いたり走ったりしていてもおかしくない、そう思わせる代物だ。
「他にはどんなのがあるの?」
「後はねー…確か、理事長が吸血鬼だとか妖怪だとかってのと、理事長には影武者が11人いて毎日入れ替わってるとか。後はね、理事長が…」
「待て待て、まだあるのか?七不思議なのに半分以上理事長のことじゃないか!?」
「そんな事言われても、ワタシが聞いたのはそうなんだもん。…それにあの理事長だからね」
「あー…桔梗さん、50代半ばだって言うもんね。どう見ても20代前半なのに」
バンコシー事件…出世猫と甚六犬による落書事件だったが、あの時、狛に依頼をした現神子家当主、神子桔梗はまさに生ける七不思議と言える女性である。年齢を感じさせない美貌はさることながら、20代の頃から既に警察官僚や公安調査庁などの要職に就き、噂では何人もの政治家や裏の組織の秘密を握っているとかいないとか。はては海外の王族からプロポーズを受けた事もあるなど、普段から七不思議のような逸話を持っている女性なのだ。
「まぁ、そもそもうちの学校は新しいから、七不思議なんて少なくても仕方ないんじゃない?」
「確かにな…しかし、七不思議と言いつつ、もう四つも理事長関係だぞ?酷過ぎないか?」
そう、神子学園はまだ創設から10年と経っていない、まだまだ新設校と言っていい学校である。七不思議のように、人の噂という時間や歴史が物を言う部類の話が少ないのは当然であった。
「ああ、そうそう!理事長と関係ないのがもう一つあったよ、ちょうど今の時期だけの奴」
「一つだけなのか…って、今の時期だけ?」
「うん、何かね、神子祭の期間中だけ、一号体育館の体育倉庫に行くと
「理事長は名指しなのに、願いを叶えてくれるのは
「願いを叶えてくれる…か、夢はあるけどねー」
急に胡散臭くなった話に、狛と神奈は脱力している。理事長絡みの七不思議も異常なのだが、本人が尋常でないせいか、まだそちらの方が納得出来てしまうのが恐ろしい所だ。ただその中で、玖歌だけは顔をしかめて何かを思い詰めているようだった。
「狛…ちょっと」
「ん?どしたの?」
「今の…最後の話だけど、アレ、あながち間違いじゃないと思う。学園祭が始まってからずっと、確かに一号体育館の方から凄く嫌な気配がするのよ。アンタは感じないの?」
「え…?」
言われてみれば、確かに奇妙な気配がしなくもない。ただ、学園に入り込んでいた妖怪に気付かなかったように、狛にははっきりとそれを感じ取る事が難しいようだった。なにしろ学園内は普段よりも遥かに人が多く、雑霊から何からの気配が増えているのだ。
しっかりと丁寧にアンテナを広げ、感覚を研ぎ澄まさなければ感じ取るのは難しいだろう。
この後、狛はこれまでで最も厳しい戦いを強いられることになる。だが、それはまだ誰も知る由もない。