「ええーっ!?昨日そんなことになってたの?!」
学校に向かう途中で、狛が聞かされたのは衝撃的な話だった。
よもや、土敷達が帰ると言った後、ぬらりひょんなんて大物の妖怪と諍いになっていたなど狛は気付きもしなかった。いくら店が忙しかったとはいえ、退魔士としては怠慢と言わざるを得ない。拍はともかく、ハル爺やナツ婆が聞いたらお説教は確実だろう。狛は反省と共にすっかりしょげてしまった。
隣を歩く猫田は、頬を掻きながら言わない方がよかったかなと思っている。とはいえ、あの後土敷をくりぃちゃあに送って、そのまま店に泊まってしまったので、帰ってこなかった理由を聞かれては上手い言い訳が思いつかないのも事実であった。
今日は四日間ある神子祭の二日目で、狛は一日自由行動できる予定だ。
全四日間の神子祭の内、最終日は神子神社が主体となる本来の神子祭が催されることになっている。なので、学園祭としての神子祭は三日間だけだ。狛達のクラスでは生徒を半分に分け、2グループで初日と二日目を交互にこなす計画だった。では、余った三日目はどうなるのか?という話だが、三日目は神社側の神子祭への準備がメインになるらしい。
それは全学年の全クラスで同じである。もっとも、受験のある二年生と三年生の一部は三日目以降、完全にフリーだそうで、実態としては狛達一年生に任されているようなものだ。
もうじき年末とはいえ、まだまだ高校生活が始まったばかりの一年生にとって、こんな大きな行事の主導権を上級生ではなく自分達に渡してもらえるというのは、とても嬉しいことらしい。ハイテンションなクラスメイト達も多く、狛も多分に漏れずそのクチだ。
二年生や三年生からすれば、これではしゃぐ一年生の姿が微笑ましく映るようで、一年の今頃は楽しかったなぁとぼやく生徒が多いらしい。高校生にしてはやや老けた感想ではあるが、上級生からしても一年が文句を言わず、むしろノリノリで引き受けてくれるおかげもあって、彼らにも神子祭はちょうどいい気晴らしとして機能しているのだそうだ。
そんなわけで、今日の狛はメイリーと神奈、そして隣のクラスの玖歌を入れた四人で学園祭を回ることになっている。本当はレディも入れた五人で遊びたかったのだが、昨日はレディがどうしても外せない用事があるというので、レディは昨日をフリーにして、二日目の今日店で働くことになっている。
それを聞いた狛は、皆で差し入れたくさん持っていこうね!と息巻いていた。直後に、全力で止められたのは言うまでもない。
「まぁ、俺らがきっちりカタを付けといたから心配いらねーよ。…当分戻ってこれねーだろ、あの分じゃ」
猫田も昨日は思わぬ弱点が露呈し、イライラしていたらしい。最後にぬらりひょんを蹴飛ばした時には一切の手加減をしていなかった。相手は妖怪なので死んではいないだろうが、相当な距離を飛ばされたはずだ。いくらなんでも、昨日の今日で戻って来られるような浅いダメージでもないだろう。
「ならいいけど…」
「けど、なんだよ?」
「ううん、可愛いね。すねこすりちゃん」
「…うるせぇ」
そう、猫田の頭の上には一匹だけ、昨日捕まえた
ちなみに、すねこすりは身体の大きさを自由に変えられるのか、今は昨日の細長い姿ではなく、ハムスターほどの小さく丸い姿をして猫田の頭の上で眠っている。その姿はまるでぬいぐるみかマスコットのようだが、猫田はあまり面白くないらしい。
拗ねた顔をする猫田を見て、狛はクスクスと笑っていた。
学校へ着くと、狛は猫田と別れ、一人教室へ向かった。猫田はくりぃちゃあに寄って、土敷や他の面々の様子を見てから来るつもりらしい。妙なモノが入り込みやすいから、俺達がまた見回ってやると言ってくれるのは頼もしいが、昨日のような事があれば自分にもちゃんと伝えて欲しいものだと、狛は思っている。
「おはよー!」
「おはよう!…ねぇねぇ、コマチ。猫田さん、昨日のワタシの事、何か言ってた?」
「あー…昨日は猫田さん帰ってこなかったから、まだちゃんと聞けてないんだよね。でも、悪くは思ってないと思うよ」
「そっかぁー…その、今日もクルんだよね?」
「うん、後でまたくりぃちゃあの皆と顔を出すって」
「じゃー、恥ずかしいけど、また猫耳着けちゃおっかな…!」
「うん、猫田さん、きっと喜ぶよ。メイリーちゃん、頑張って!」
朝から燃えるメイリーを見て、狛は彼女が本当に猫田の事を好きなのだと、改めて感じる。大変微笑ましく、応援したい所なのだが、果たして妖怪と人間の恋がどうなるのか、それには一抹の不安がよぎるのも事実だった。
猫田には猫娘がクリティカルヒットすることはよく解ったので、メイリーが猫田を落とすハードルは下がった気がするものの、肝心のメイリーの方はどうなのだろう?霊感のない彼女に対し、狛や神奈は敢えて自分達の置かれた状況や事情は話さずにいるが、彼女が猫田と本気で付き合いたいと思っているなら、避けては通れない話である。いつかどこかのタイミングで切り出さなければならないのだが、それをどうするべきか、狛は少し考え始めていた。
―同時刻、神子学園一号体育館。
神子学園は中高一貫校で、非常に生徒数が多い為、体育館は二つ用意されている。その内の一つ、一号体育館に、数名の男子生徒が集まっていた。
学園祭期間中、部活動は休止である為、体育館は使われていない。ちなみに二号体育館の方は、一部のクラスが出し物をする為に使用されている。彼らは不良というほど悪ではないが、HRをサボって集まり、何かの相談をしているようである。
「おい、マジかよ。その話…」
「ホントらしいぜ、先輩から聞いた」
「いくらなんでもウソだろそんなの」
「いやいや、マジなんだって!」
三人の男子生徒は、静まり返った一号体育館の中をゆっくり歩いている。
「神子学園の七不思議…神子祭の間に一号体育館の体育倉庫に行くと、願いを叶えてくれる
彼らの目的はその噂の検証のようで、体育館に入ると、真っ先に体育倉庫を目指していった。
「で、その先輩は何だって言ってたんだよ?」
「いや、何か二年位前の先輩で、その何かに実際に会って願いを叶えて貰った人がいるらしいんだよ。その人、スゲー頭悪くて乱暴者だったらしいんだけど、その何かに会って願いを叶えて貰ってから
「ゼッテーウソだわ!そんなん!ギャハハ!」
神妙な面持ちで語る男子の言葉を、まともに信じていない男子の一人が笑い飛ばす。先頭を歩くもう一人は、特に笑いもせずにスタスタと歩いていた。
「願いを叶えてくれる何か…か、で、その話って誰から聞いたんだ?」
「誰って…先輩だよ。さっき言ったじゃん」
「先輩って、どの先輩だよ?」
「だから…あの、あれ?なんだっけ…ほら、あの」
「おいおい、なんだよ、ボケるには早すぎんぞー?」
噂を聞きつけてきた本人は、かなり混乱していて、それが誰から聞いたものだったのか思い出せず頭を抱えていた。そうこうしているうちに、三人は体育倉庫の前に到着し、いよいよその扉を開けるところまできている。
「さて、本当に願いを叶えてくれるのかどうか…」
「願いかー、何叶えてもらうかなー。やっぱ金かな?あとはカノジョ!カノジョ欲しいよなぁ」
「先輩…あの人は…先輩だ、った…か?」
ぶつぶつと呟く一人を余所に、残り二人の内、先頭に立っていた男子生徒が、扉に手をかけた。体育倉庫特有である、鉄製の重いシャトルドアを半分ほど開いた時、最後尾にいた男子生徒が呟いた。
「そうだ、
「え?」
前の二人が振り向いたその瞬間、体育倉庫の中からたくさんの手が伸びてきて三人を掴み、そのまま引きずり込むと、扉は何事もなかったかのようにピシャリと閉じられた。
誰もいない体育館には、遠くで学園祭を楽しむ生徒達の声だけが小さく響いている。