狛が、そのいつまでも変わらない圧倒的な吸引力の食事芸を披露して昼休憩を終えた頃、狙いすましたかのようにくりぃちゃあの面々が、狛達の店に訪れた。
「やぁ、狛君。遊びに来たよ」
「わぁ、土敷さん、いらっしゃいませ!鬼部さんにハマさん、それにジャコお婆ちゃんまで!ありがとうございます!猫田さんも来てくれたんだね、ありがと!」
今日来たのは、くりぃちゃあの従業員達の中でも最も温和で人に近い者達だ。土敷を始めとして、赤鬼の鬼部と蛤女房のハマ、そして蛇骨婆のジャコと猫田である。
「あまり大人数過ぎても悪いかと思ってね。この面子が一番人に慣れているし、大袈裟な変化もいらないからちょうどいいかと思って。雰囲気が解ったら、他の連中にも伝えて来させるよ」
「そんなに気遣って貰っちゃって…悪いなぁ。でも、嬉しいです、ありがとうございます。ハマさんのレシピも、ジャコお婆ちゃんの接客マナーも好評なんだよー!」
「ふふ、でしょでしょ?うちのスペシャルメニューだからね!」
「あたしみたいな婆が狛の役に立てたなら、こんな嬉しいことはないねぇ」
狛は大喜びしながら、ちょうど大人数客用のテーブルが空いた所なので、さっそく五人を席に連れていく。狛のアルバイト先の人達ということで、クラスメイト達には既に話が通っているので、皆好意的だ。
そんな狛の姿を微笑ましく眺めていた神奈が、教室の入口付近でキョロキョロと周囲を窺っている少女に気付いた。親か兄弟でも探しているのだろうか?まだ小学校の低学年頃と言った見た目の少女は、とても一人で神子祭へ遊びに来たとは思えない。
ちょうどメイリーも他の客と接客中だったので、神奈は近くにいたクラスメイトの男子に聞いてみることにした。
「なぁ、あの子。誰か探してるのかな?」
「え?あの子…って、誰だ?」
「あの子だよ、あの入口の所でキョロキョロしてる子」
「何言ってんだよ
「え?いやいや、お前こそ何言ってるんだ、いるだろ、あそこに。ツインテールの女の子、が…」
噛み合わない会話に神奈は少し苛立ち、声を荒らげそうになる。だが、そこでふと気づいた、
数か月前に玖歌と喧嘩をして、自身の中の鬼の血に目覚めて以降、神奈は自分の霊感というものが強くなっていることを悟っていた。それまでは本当に疲れていた時だけだった金縛りに遭う回数が増えたし、街中でうっすらと半透明な人が視えたり、酷い時にはそれらから話しかけられることもあった。
以来、本当に酷い時は狛に対処法を聞いたり、狛の実家に通ってお祓いやお守りを貰ったりしているのだが、あの少女が
その頃、狛はくりぃちゃあの妖怪達と話しつつ注文を取っていたが、いつもと様子の違う猫田に首を傾げていた。ちらちらと狛の顔…正確にはその少し上を見ては目を逸らしている。どことなく顔が赤くなっているような気がするし、熱でもあるのだろうか?
「猫田さん、具合悪いの?熱でもある?」
「バカ、妖怪が熱なんか出すかよ。…あ、いやその、お前、なんで猫なんだ?」
「へ?」
「だから、なんで犬じゃなくて猫娘なんだよ。おかしいだろ…!」
「なんでって…もしかして」
こんな猫田は初めてだった。要領を得ない言葉に加え、こちらとまともに目を合わせようとせず、それでいて恥ずかしそうにちらちらと視線を送ってくる。まるで、親戚の中学生になった男の子をみているようだ。
ピンときた狛は、悪い笑みを浮かべてバックルームに下がっていった。ちょうどそこには注文を取って戻ってきたメイリーの姿もある。狛はそっと自分の身に着けていた猫耳を外し、そっとメイリーの頭に装着させた。
「え?なに?どしたの?コマチ」
「んふふ~!まぁまぁ、いいからいいから。メイリーちゃん、ちょっとこっち来て。あ、それオーダーだからよろしくね!」
テーブルの上に注文票を置いて、狛はメイリーを連れ去っていってしまった。残されたクラスメイト達はポカンとしていたが、相手は狛とメイリーだ。何か事情があるのだろうと考え、少しだけ動きを止めた後、再び作業に戻っていった。
「ね~こたさんっ!」
「んん?…なっ!?」
それを見せられた猫田は、完全に停止している。狛が連れてきたのは、猫耳を着けて少し恥じらうメイリーだったのだが、その完成度は狛のそれよりも遥かに高い。種明かしをするならば、その理由は狛よりもメイリーの方がより猫顔だった事と、猫のように縦長の瞳孔になる仮装用のカラコンを着けているからである。
今のメイリーは、先程の狛よりも遥かに完璧な猫娘であった。
「アハ!やっぱり、グっときた?いや~、そっかぁ。猫田さんそういうのだったんだ~。うんうん、メイリーちゃんかわいいもんねぇ!」
狛は勝ち誇ったように笑って、メイリーに抱き着いている。当のメイリーは、猫田の反応が嬉しいのと仮装が恥ずかしいので照れてしまっているばかりだ。
「あら、ホントだ、猫さん固まってるわ」
「…なるほどね。長い付き合いだけど、猫田のそういう趣味は初めて聞いたな。クックック…!」
土敷とハマさんは猫田の反応がよほど面白かったのか、笑いを堪えている。一方のジャコ婆さんと鬼部の二人は、ヤレヤレと言った顔をして顔を見合わせた。それは猫田にとって、最悪の弱点が割れた瞬間でもあった。そこへ…
「すまない、狛、ちょっといいか?」
「あ、神奈ちゃん!いい所に、見て見て!メイリーちゃんかわいいでしょ?」
「あ、ああ、そうだな。いや、それよりちょっと聞きたい事があるんだ」
「聞きたい事?私に?」
「ああ、あの入口の子のことなんだが…」
神奈は躊躇いがちに指を差す。狛が視線を向けると、相変わらず少女が教室の外から、中を窺ったり周囲を見回したりしているようだった。
「あー、あの子。…うん、
「そ、
二人の意味深な会話に、メイリーはキョトンとしている。メイリーの目には、あの子が見えていないのだから、仕方がないだろう。あの少女は、間違いなく生きた人間ではなかったのだ。
「二人共、ナンの話?誰かいたの?」
「ああ、隠れちゃったけど、並んでるお客さんのこと。私の友達だったから、ごめんね」
「…ふーん」
露骨過ぎる会話の逸らし方だが、メイリーはそれ以上追究しようとはしなかった。二人が自分に知らせたくない事があるのなら、それは本当に、知らない方がいい事なのだ。メイリーは狛とは別の意味で勘が鋭い。それは、誰よりも親友の二人を信じているが故の答えである。
それを席から眺めていた土敷達は、彼女達の友情に目を細めていた。
「ふむ、美しいものですな。人間の心は」
「醜い事もあるけれど、少なくとも狛君達はそうじゃあないね。大事にしたいな、あの子達は」
「…しかし、あの幽霊だけではないようですよ。どうも妙な気配があちこちから感じられます。我々の影響でしょうか?」
「どうかな?これだけ人が集まるとなると、そうでないモノ達も惹かれて来るものだしね。…しかし、あの子達の大事なお祭りを台無しにするようなモノは、放っておけないな」
鬼部と土敷は、会話をしながら学校内に現れたいくつかの怪しい気配を探っているようだ。ジャコ婆とハマは、運ばれてきた料理や紅茶を飲みながら、二人の出方を待っている。
粗方の探知を終えたのか、土敷は立ち上がり、他の4人もそれに従って腰を上げた。
「狛君、長居しても悪いから、僕らはもう行くよ。また明日も来るから頑張ってくれ。…ほら猫田、いつまで固まってるんだい?さっさと動きなよ」
「あ、うん。今日は皆来てくれてありがとう。私達もまたお店に行くね!じゃあ、気を付けて」
こうして土敷達は狛達の元を離れ、それぞれが学校内に散って行った。彼らは妖気を使った独自のテレパシー回線のようなものを持っていて、ある程度の距離ならば、離れていても連絡を取り合える。計らずも狛は、あの
それぞれが別れて校内を探索し始めた矢先、土敷の元に緊張した声でハマから連絡が届く。それは、厄介極まりない乱入者の訪れを報せるものであった。
「さて、どこから片付けようか…ん?どうした?ハマさん」
「土さん、どうしよう…ヤバイの見つけちゃったよ。あれ、