しかし、すぐに楽しくなる。さすが湊くんだ。
月見里さんが手配した部屋を湊くんが勝手にいじっていて、結局僕たちは同じ部屋にいる。
何だかんだと騒ぐ月見里さんをあしらいながら押入れの襖を開けた。
「ほら、ありましたよ布団。僕はこっちで寝ますから、ご心配なさらずそちらで寝てください」
「でも」
「もし友梨たちがこっちの部屋に来た時に月見里さんがいなかったら怪しまれますよ? それでもいいんですか?」
「それはそうだけど……。それだけじゃなくて付き合ってもない男女が同じ部屋って」
「なんですか? 襲って欲しいんですか?」
「違っ!」
月見里さんをからかうのは楽しい。
本当に襲うなんてことする訳ないじゃないか。
「別にいいじゃないですか。楽しみましょうよ、折角だし」
「だけど、私たち……付き合ってないから」
「じゃあ本当に付き合えば良くないですか」
その質問は結構本気で言っていた。
もし叶うなら、いいよ、って言って欲しいという願いは見事に砕かれる。
「そっ、そんな事言わないで!」
泣きそうなほど嫌なのか、もしくは僕の事を何とも思っていないから、そう言うのだろう。
「残念」
それは月見里さんに対して言った言葉なのか、はたまた自分に言った言葉か分からない。
どうしたって結局叶わない恋に胸を苦しくさせるだけだった。
*
夕食を終え、友梨と湊くんはマッサージに行ってしまったので、月見里さんと二人で部屋に戻る。と言っても何故か馬鹿みたいに呑んで酔っ払っている月見里さんを見張りながら。
「真っ直ぐ歩いてください」
僕がそう言っても聞いちゃいない。
「あ〜、食べた〜」
「どっちかって言うと呑んだの間違いでしょ?」
「えー、だって空けたら空けただけ中居さんがビール注いでくれるんだも〜ん!」
それは、要りません、って言わないからでしょ。
へへへ〜、と笑う千鳥足の彼女はとうとう自分の足を絡めた。
「あっぶな」
セーフ。咄嗟に腕を取り転けるのを阻止した。
「あり、がと」
「ちゃんと歩いてください。ほら、部屋に着きましたよ」
「は〜い! ちょっとお水もらっていいかな〜?」
ふらふら歩きながら部屋に入り、月見里さんは備え付けの冷蔵庫を開ける。
「ははっ、あったあった〜」
「月見里さん、ちょっと! それビールですよ、水はその隣……」
「えー? あれ〜?」
「酔っ払いが……」
「ふあ〜、眠っ」
欠伸をこぼしながら、水を飲もうとした彼女は見事にこぼした。
「あぁ、濡れちゃった」
濡れちゃった、じゃないでしょ、……なんだよ、クソ可愛いな。
じゃなかった。近くにあったタオルを取り、月見里さんの手から水をもらって、タオルを渡す。
「何やってるんですか、ほらタオル! 拭いてください」
「はーい、ごめんなさーい。ふふっ、松岡くん優しいね〜」
「はっ? 別に、酔っ払ってるからでしょ。月見里さん、いつもはしっかりしてるくせに、どこでハメを外したんですか?」
「へへへ、楽しいね〜」
なんだよ、酔っ払いの破壊力。これ以上僕の胸をえぐらないでくれ!!
僕の気も知らないで、呑気に浴衣なんて着て、呑気に上気したうなじを晒して、呑気に酔っ払って、呑気に同じ部屋だなんて、どうかしてる。
「ねえねえ、松岡く〜ん」
「何ですか?」
「松岡くんは楽しかった? ちゃんと楽しい思い出できた? 楽しんでね、楽しんでくれなきゃ私……」
月見里さんと一緒なら何だって楽しいに決まってる。別に旅行なんて行かなくても、一緒に仕事してるだけでも充分に楽しい。
「楽しいですよ」
でも本当はもっともっと月見里さんが欲しいんです。
僕が楽しい、と言った事に満足したのか月見里さんは椅子に座ったまま目を閉じていた。
「寝るんならベッドで寝てくださいよ」
そんな所で寝たら風邪ひくじゃないか。せっかく大きなベッドでゆったり眠れるのに。
仕方ない、なんて理由を付けて僕は月見里さんを抱えてベッドに運んだ。
「もう寝るんですか?」
何の反応も返って来ないのを良い事に、言いたい事を言ってみる。
「好きなんですけど、起きないならキスしますよ?」
彼女が起きてる時に言ったなら、どんな反応をしてくれるだろうか。
まずは目と口を開いて、頬は真っ赤に染めるだろう。
いやいや、もしかしたら、冗談〜と受け流されてしまうかもしれない。何だかこっちの方があり得そうだ。
悔しくて、今だけ、とばかりにすやすやと寝ている彼女の頭を優しく撫でる。
「彩葉」
貴女の名前を呼ぶだけで、僕の胸は高鳴る。こんな気持ちになるのは貴女にだけです。
そう感じていると、月見里さんの口が薄く開いた。
「……ゴウ」
「!?」
名前?
誰の?
ふにゃりと笑う月見里さんの顔から推測して……
それは待っている恋人の名前だと思った。
――やっぱり待ってるんだ……