翌日も僕は忙しかった。午前中は会社で資料をまとめ、午後から外回りに出て、夕方遅く戻って来てからまたパソコンに向かう。
仕事に励んでさえいれば、苛立ちも、胸の苦しみも忘れてしまえるから。
何人かが帰っていく様子は分かっていた。それから月見里さんが残っていて、どことなくそわそわしているのも分かっていた。
なんだろう? と気になるが、どうせ自分には関係ないと言い聞かせて仕事に集中する。
しかし、ねえ松岡くん、と呼ばれた。
「どうしました?」
「今日も遅くなる?」
「そうですね、もう少し掛かりそうです。月見里さんはまだ終わらないんですか?」
「……う〜ん? うん、もうちょっと」
どっち付かずな返事に苦笑した。
「じゃあもう少し頑張りましょうか」
「そうだね、頑張ろ、頑張ろ!」
二人しか残っていない静かな部署内に、息遣いが響く。それを打ち消すようにパソコンのキーをカタカタと叩いた。
どうにかまとめ上げたものを保存してパソコンの電源を落とす。月見里さんはまだ終わらないのだろうか、と思ってそちらを見ると、いつでも出来るような雑務をしていた。
もしかして、僕が終わるのを待っててくれた?
そう思えば自然と心が温かくなる。昨日のように駅まで一緒に帰れるんだ、と思えば頬が緩んでしまいそうだった。
「月見里さん、お待たせしました。帰りましょう」
「うん」
その返事に、やっぱり待っててくれたんだと確信する。電気を消して、それから月見里さんは着替えるためにロッカールームへ向かうのだと思っていたのに、何故かその場で何か言いたそうにしている。
「どうしました?」
「えっと、……その、」
「外で待ってますから、着替えて来てください。ほら、早く」
「あ、うん、着替えてくるね」
そう言うと、ひっくり返りそうな勢いで走っていくから、その後ろ姿を見て僕はついつい、ふっ、と笑ってしまった。
「何なんだろ、可愛い……」
つい口から漏れた言葉に自分で驚く。
可愛い、と言った口を押さえるが、手で感じ取れるほど顔が熱くなっていく。
なんだよ、コレ……。
そう悪態をつきながら僕はさっさと会社の外へ出るべく、足を急ぎ動かした。
*
ねえ、どこか食べに行かない?
月見里さんのその言葉に誘われて、月見里さん行きつけの店に向かった。
まさか月見里さんから誘ってくれるなんて思ってもなくて、嬉しい気持ちがどんどん膨らむ。
が、しかし。
その店に入ってすぐ、その嬉しい気持ちは砕かれてしまった。
「いらっしゃい! 彩葉どうしたの? 今日木曜だけど? それに連れが違うじゃん?」
オレンジ頭が月見里さんを軽々しく「彩葉」と呼ぶのに、のっけから苛立つ。
「ごめん雅くん。あっ、松岡くんはあっちの席に座ってて、ねっ!」
お互いを『彩葉』『雅くん』と呼び合う関係に、僕は嫉妬してしまう。
そして追い払われるように奥へと促されるが、苛立つままに二人の方へ聞き耳を立てた。だが所所しか聞こえない。
「――だけど」
「――
「――ないじゃん!
「あー、はいはい。…………オッケー、オッケー」
「…………雅くん、よろしくね」
「へいへい、お任せあれ〜」
話しが終わったのか、月見里さんが戻ってくる。
「知り合いなんですか、あの
「あ〜〜、店長?」
そういう事を聞いてるんじゃないんだけど……。
友達なのだろうか、だがそう言うものよりもっと親密な関係がうかがえる。それは言うなら、元恋人とか……。
そう思い至って、ちくんと胸が痛む。
もしかして、待ってるっていう恋人なのだろうか、そう思えば気分は沈んでしまう。
落ち込んだり、苛立ったり、本当にどうしたんだ僕は……。
僕が自分を持て余しているなんて知らない月見里さんが、飲み物どうする、と聞いてきた。
「じゃあビールで」
「何食べる? どれも美味しいよ!」
「月見里さんのオススメは?」
嬉しそうに、楽しそうに、「これも美味しいし、こっちも美味しいよ」と教えてくれるので、それでいいです、と適当に決めてしまった。
あーー、なんだろう。
元カレが店長だというお店に連れて来られたこの気持ちは……?
しかも、毎週金曜日は会いに来ているらしい……。
その後、食事をして、それからサプライズで誕生日を祝ってもらえたのには驚いた。だけど、そんな事より月見里さんは明日が誕生日なんだと言う事を知る。
月見里さんの誕生日を知っているこのオレンジ頭はやっぱり元恋人なんだと思った。
だって、月見里さんのバースデープレートには、
『Happy Birthday Ayaha♡』と丁寧にハートマークまで入っていたんだ。
僕のプレートなんて、『おめでとう』だぞ?