遊園地からの帰り、月見里さんと一緒に電車に乗る。
「楽しかった、ね。そうだ、いっぱい写真撮ったんだよ、あとで送るから」
「何か撮ってるな、とは思ったんですよね」
「へへへ、カメラマン月見里が二人の自然な表情を撮影させていただきました!」
「今見せてくださいよ」
「いいよ、ちょっと待ってね」
鞄からスマホを出した月見里さんは、画像を表示させるとそれを僕に見せてくれる。
友梨と一緒に笑う一枚に自然と目が行った。
「ほんとだ、僕も笑ってますね」
「でしょ!」
それから友梨と湊くんが写っているものに見切れた僕がいたり、……でも、今日は4人で行ったのにどこにも月見里さんの姿がない。
「あれ、月見里さんが全然写ってないじゃないですか」
「そりゃそうだよ、カメラマンだもん」
「なんで……」
「なんで?」
なんでって、今日は三人じゃない。四人で行ったんだ。
「何でもないです。でも今度は一緒に写ってくださいね。僕も撮りますから、これじゃまるで……」
月見里さんの楽しい思い出はどこにもなかったよう。
そんな気がして悲しくなる。
今日一日、楽しかったですか?
無理矢理付き合わせたんじゃないですか?
「ごめんね、今度は四人で、……撮ろうね?」
「はい」
僕の手からスマホが抜き取られる、その一瞬。少しだけ触れ合った指と指。ぎゅっと掴んでしまいたい衝動に戸惑いながらも、行動にうつらないように抑えた。
そんな自分に気付いて、ちょっとやっぱりおかしいと思う。
そうは思うものの、何がおかしいのか、何が苦しいのか、まだ理解していなかった。
いや、もしかしたらそれに気付きたくなかっただけかもしれない。
*
パソコンに向かっていると、斜め向かいの席から、「松岡くん、送ったから確認してー」と言われる。
「はい、分かりました」
部署内の共有フォルダを開き、そこから更に【松岡】のフォルダを開くとお願いしてあった資料が入っている。
「月見里さん、やっぱりさっきのあれも一緒に共有に入れてください」
それは先程僕がいらないと言った資料だったが、やはり必要だと感じてお願いする。
「あと、それから――」
あれと、これと、それと……、やらなければならない仕事を羅列するように月見里さんへ伝えるが、月見里さんは全てを正確に聞き取りきちんと把握してくれている。
仕事がやりやすいのは月見里さんの事務能力があってこそだと、この一年で学んだ。
こちらがお願いした事以上の所までを完璧に仕上げてくれるので、僕が指示を細かく言う必要はない。言わなくても繊細なほど細やかに仕上げてくれるので、取引先でも資料がいいと評価が高かった。
僕と月見里さんの息が合っているといえばいいのだろうか。仕事がやりやすいというのは、本当に恵まれている。
今度の取引先だって、獲得出来たのは僕の力だとみんなは称賛してくれるが、それだって月見里さんが事務として支えてくれているお蔭だと僕は思っている。
それで僕が大変な時は、手伝える事ある? と出来る仕事を全部持って行ってしまうから、ついつい僕はそれに甘えてしまうんだ。
「月見里ー、19時すぎたよ? 私帰るけど大丈夫?」
「はい、大丈夫でーす。久保田課長お疲れ様でした〜」
だからほら、こんなに遅くまで残業する事になる。
「わっ、ほんと19時過ぎてる」
「月見里さんあとどれくらいで終わりそうですか?」
「えっとね、あと30分くらいで終わらせたいんだけど……、松岡くんは終わりそう?」
月見里さんと一緒に終わらせようと思った僕は、あと30分くらい、と言う。
「そっか。じゃああと30分頑張ろっ!」
あと30分で終わる訳ではないけど、今日はこの人ともう少し一緒にいたいと素直に思う。
会社を出て二人で駅までの道をゆっくり歩く。
「お腹空きましたね」
今日は僕、誕生日なんですよね。……ってそんな事言って、だからどうしたという反応を返されたらどうしよう。そんなの嫌だと思って言わない代わりに、「夕飯いつもどうしてるんですか?」と聞いてみた。
それから他愛もない食事作りの話しをしていたらあっという間に駅に着いていた。
もう終わり。
ここで、さようなら。
だけどまだ一緒にいたい、と……それがどういう事なのか、はっきりさせたいのも事実。
だけど、月見里さんはあっさりと、お疲れ様、と言って僕に背中を向けた。
同じ電車ならまだもう少し一緒にいれたのに、と思いながらも僕も背を向ける。
だけど、やっぱり……
そう思って振り返るが、月見里さんは真っ直ぐに迷いなく歩いていて、それをわざわざ引き止めるなんて出来ない僕は諦めた。
なんだろう、以前ならそんな事考えもしないで思うままに呼び止めていただろう。
食事だって、行きましょうよ、と誘っていただろう。
でも、上手く出来ない。上手く言えない。
僕はやっぱりどこかがおかしくなっている。
月見里さんの事を考えると胸がざわざわとおかしくなるのだった。