辺りが薄暗くなる前、街道と森の間に小屋を見つけた。
「よさそうな小屋があるね」
フード付きの赤いコートに、黒の細身パンツとブーツ姿の赤ずきんは、隣に声を向ける。
『怪しすぎる』
体長160センチの大柄な老狼は疑う。足元は白く、胴体にいくにつれて茶と灰の毛が混じる。
テント一式が入ったリュックを背負い、大人しい足取りで進む。
狼は琥珀の左目で周囲を警戒。ニオイを嗅ぎ、少し唸る。
「窓が割れてる」
『扉がずれている、これじゃ閉まらん』
「まぁでも、スリルがあっていいんじゃないかな」
『スリルなんかいるかっ、休むにしてもまずは』
「危険がないか調べる。ちゃんと心得てるよ、狼さん」
ボルトアクションライフルを持ち、レバーを倒す。
割れた窓に銃身を入れ、ゆっくりとした動作で覗いた。
家具の輪郭だけが見える。
「家主はいなさそう」
次に、閉まらない扉の隙間に、銃口を差し込む。
ブーツのつま先でさらに開け、室内へ侵入する。
右、左に体とライフルを固定して動かし、警戒。
棚やクローゼットの引き出しが雑に落ち、隙間から衣類やら錆びたアクセサリーが垂れている。
無造作に散らかった家具や靴の片割れ。
「先に盗みが入った感じだね」
ライフルを下ろし、テーブルに近づく。
赤い飛沫で汚れた手紙が封をしたまま置かれていた。
そっと手紙を掴み、封を開ける。
目を通した赤ずきんは、小さく息を吐く。
『何かあったか?』
「手紙、子供が両親に宛てた手紙だね。それ以外はないかな、未開封だったから読む前に何かあったのかも」
『……そうか』
赤ずきんは狼の背中からリュックを外し、キャンプ道具を取り出す。電池式のランタンをつけると微かに光った。
テーブルの上を軽く掃い、コップと皿を置く。
「たまにはお茶にしますか」
狼は呆れて鼻息を出した。
『お茶なんていつの間に』
「あらあら、貴婦人は持っていて当然ですわよ」
『……』
「前の依頼で貰ったんだ。せっかくだし飲もうよ、狼さん」
軽い金属製の箱を組み立て、集めた可燃性の物に火をつけた。
じわり、じわりと赤く輝いた火が、箱の中で燃える。
鉄板を箱の上に敷き、水が入った小さなケトルを置く。
『普通外でするだろうに、家が燃えたらどうする?』
「小屋と森が燃え、人食い狼の数が減る、いいことだ」
呑気なことを言う赤ずきんに呆れながらも沸くのを待つ。
『手紙には?』
赤ずきんは火を眺めながら、狼の質問に軽く眉を動かす。
「元気にしてるよって、近いうちに帰るって書いてあったかな……」
斜め掛けのカバンから別の手紙を取り出した。
その手紙は乾いた血で染まり、白い部分は僅か。
手紙に、狼は耳をぴくりと動かす。
『まだ持っていたのか』
「うん、時々読みたくなるんだよね」
『それは……どんな時だ?』
赤ずきんは血まみれの手紙を目で追いかける。
「悲しい時とか、誰かを憎く思ってしまいそうな時とかにね、私の中から迷いを消してくれる魔法の手紙だよ」
『ずいぶんと大袈裟だな』
「ふふ、落ち着ける場所を見つけたら読んであげる」
『お断りだ』
狼はそっぽを向き、伏せて太い尻尾をゆらゆら床で揺れる。
ぶくぶくと沸いたところでケトルを鉄板の上から離す。
茶葉が入った袋と熱湯をコップへ。
湯気が赤ずきんの前髪や顔に熱を与える。
余っている干し肉をナイフで薄く切る赤ずきんは、目を細めた。
「熱いから気を付けてね、狼さん」
『あぁ』
皿にお茶を注がれ、狼はゆっくり舌ですくって飲む。
一口紅茶を飲んだ赤ずきんは、うん、と頷く。
「香りも味もなんだか爽やか、貴族っぽい感じ。都に住んでる人は豪華なテーブルを囲んで、甘いケーキを並べて飲んでるんだろうなぁ。うーん干し肉には合わない」
『お前にゃ似合わん代物だったな』
「言ってくれるね狼さん。お茶の他にケーキとドレスがあれば惚れてたかもよ」
『はっ、バカを言え。お前はそのままでいい』
一瞬、目が点になった赤ずきんだが、すぐに微笑んだ。
「貴重な体験ができたね。じゃあいつも通り、赤ワインを飲もう」
『あぁ、ところで小屋の裏に……いくつか死体があった、人間の、土に埋められ足だけ飛び出していた。恐らく小屋の住人だろう、それとは別に銃身自殺をした男がいた』
赤ずきんは目線を斜め上に向けて、少し考えた後、テーブルの手紙を覗く。
「そっか……あ、弾、残ってた?」
『何もない。全部、他の奴らに横取りされていた』
「それは残念」
呑気に瞼を閉ざし、呟いた赤ずきんはカバンからシガーボックスを取り出す。
少しだけ減っている葉巻にマッチで火をそっとつけた。
ふんわりと漂う甘い香りと煙に、赤ずきんはうっとり、目を細める。
それを細長い灰皿に置く。
「最高のお茶会だね、狼さん」
『……そうだな』
赤ずきんと狼のお茶会は、ひっそり、ゆっくりと続く……――。