98話:美人コンテスト

 空は真っ青な快晴で、残暑とは言えまだまだ暑い。昼前なのにすでに陽射しは強く、遮る雲もない太陽は海も街も眩しく照らしつけていた。

 皇都イララクスの海の玄関口ハーツイーズ。大きな港には毎日大小様々な船が乗り入れ、沢山の人や荷物が往来する。

 その港から少し離れたところに、海水浴などを楽しめる真っ白なビーチが広がっている。普段は海水浴や日光浴を楽しむ地元民や観光客で賑わっているが、今日に限って7割をむさっ苦しい外見の男たちが埋め尽くしていた。

 傭兵たちである。

 ビーチのほぼ中央には、派手に装飾された立派なステージが建ち、ステージの左右には白いテントがいくつも並んでいる。そしてステージ前にはむさっ苦しい男たちが座り込み、その男たちを相手にセクシーな水着美女たちが酒やつまみを売り歩いていた。

 若干距離を置いて、ごく一般人的な見物客なども集まっている。

 今日は傭兵ギルド主催の、美人コンテストが開かれる日だ。

 毎年開かれているが、開催場所は毎年違う。今年は傭兵ギルド支部が2つもある皇都イララクスの、エルダー街支部とハーツイーズ街支部が合同で名乗りを上げた。そして会場はハーツイーズ街にあるビーチで開くことが決まり、この有様である。

 世界中の傭兵たちが、この美人コンテストのために押し寄せてくる。そのため観光収入も見込めるので、開催場所に選ばれる街なども積極的に協力姿勢なのだ。

 開催は正午で飲食店の露天も次々と店を開け始め、見物客も増えていく。

 外の様子をテントの中から見て、付き添い役のルーファスはニコニコと笑顔を浮かべる。


「相変わらずビッグイベントだよね~。今日は天気も良いし、客入りも上々みたいだよ。行政街のほうから臨時乗合馬車が何本も出てるって話だし」


 行政街には皇都イララクスのエグザイル・システムがある。


「ベルトルド卿が大々的に宣伝するよう行政側に圧力をかけたって話を、この間リュリュさんから聞かされました」


 鬱陶しく垂れ下がる簾のような前髪を揺らし、多少小馬鹿にしたようにして苦笑気味にカーティスが肩を震わせる。


「別に客増やしても、審査には関係なくない?」

「ここぞとばかりに、おめかししたキューリさんを見せびらかしたいのでしょう…」

「…はは、バカ親的過ぎる」


 2人は薄い笑いを浮かべて、椅子に座ってじっとしているキュッリッキを見る。


「アタシ、見世物じゃないのにぃ」


 ステージ映えするようにカッチリとメイクされた顔をしかめて、キュッリッキは深々とため息をついた。


「まあでも、ベルトルド様の気持ちも判る気がするかも~。今日のキューリちゃん、また一段と綺麗で可愛いし。ドレス良く似合ってる」

「そうですね。これなら当傭兵団唯一の汚点だった美人コンテスト最下位記録も、一位に塗り替えられそうです」

「コラコラ。恋人がそんなこと言うと、マーゴットがヒス起こすよ」

「いくら恋人でもねえ…。なんであんなに頑固なんでしょうね…」


 キュッリッキとメルヴィンのように、初々しいカップルではない。恋人となってもう4年くらいになる。それでも理解出来ていない面も多々あるのだ。


「アレだよ、蝶よ花よと育てられたからっしょ」

「蝶よ花よって、なあに?」


 不思議そうにするキュッリッキに、ルーファスは複雑そうな笑顔を向ける。


「うーん、甘やかされたってことにしようか」

「ほむ?」


 親に大切に育てられた、などと言えばキュッリッキが悲しい思いをしてしまうのではないか。そうルーファスは思って、適当に濁して返答した。


「そろそろマーゴットのテントに行ってあげなよ。ベルトルド様達来るまで、オレがキューリちゃんと一緒にいるから」

「そうですね、判りました。では、お願いします」

「ほほい」


 テントを出て行くカーティスを見送り、キュッリッキは小さく首をかしげる。


「ベルトルドさんたち、いつ来るんだろう?」

「キューリちゃんの出番は一番最後だから、正午過ぎになるって言ってたよ。それまでは、さすがに仕事抜けてこられないみたいで」

「そうなんだあ~。メルヴィンたちはもう来てるのかなあ?」

「うん。一番良い席を取ったってザカリー言ってたから、みんな座って時間を待ってるって」

「そうなんだね。――早く、メルヴィンに見せたいなあ」


 ドレスを両手でつまみ、そっと横に広げて見せる。


(似合ってるかなあ、メルヴィン褒めてくれるかなあ~)


 メルヴィンをびっくりさせてあげようとルーファスとマリオンに言われて、衣装に身を包んだキュッリッキの姿は内緒なのだ。

 たまにはそういうのも面白そうかなと乗ってみたが、早くメルヴィンに自分の姿を見せたくて、褒めて欲しくて、キュッリッキはジリジリと心が落ち着かなくなっていた。


「あー、いたいた、リッキーやっほー」

「ファニー! ハドリーも」

「よっ」


 突然親友のファニーとハドリーが、テントに姿を現した。


「おやおや、2人とも応援に来てくれたとか?」


 ルーファスが目をぱちくりさせていると、


「あたしもエントリーしてるのよ、美人コンテスト」

「お~」


 キュッリッキが背筋を伸ばすと、ファニーは両手を腰に当てて「ふぅ」っとため息をついた。


「結構自信あったんだけどー。あんたもエントリーしてるんだったら、優勝は無理ネ」

「そうなの?」


 ファニーはこめかみをピクッとさせると、キュッリッキの鼻をつまんだ。


「この無自覚め! 主催の方針であんた最後の出番で良かったわよ! トップバッターでステージに出て行ったら、あとが自信喪失で続かないんだからね!!」

「いひゃひゃいふぉ」


 ファニーの剣幕に、ハドリーとルーファスは薄笑いを浮かべた。

 申込書には写真を添付するが、主催側でステージに立つ順番を決めるときにその写真を参考にする。

 ラストに近ければ近いほど、美人の質が上がる。ファニーが言ったように主催側の判断で、ハイレベルな美人が最後の方にもっていかれるのだ。そうすれば前半の出場者にいらぬ劣等感を抱かせずに済むし、客の盛り上がりも自然と操作できる。


「ったく、優勝だったら報酬が凄い良かったんだけど、あんたがライバルじゃ無理すぎる。――しょうがないわね、2位狙いに変更するわ」


 前に突き出した胸が、重たそうにぶるんと揺れる。それを見上げて、キュッリッキは自分の胸に視線を向けた。


(……むぅ)


 揺れるどころか、揺らすことさえ難しいペッタンな胸である。


「ファニーちゃんは、今日だけの臨時日雇いで?」

「そそ。『トリカブト傭兵集団』に雇われたのよ。あそこにも女はいるけど、流石にもうコンテストって年齢じゃないしね~。たまに仕事手伝わせてもらってるのもあって、出てあげるってことになったの。ちなみにあたしは45番よ」

「なるほどなるほど。ファニーちゃんもかなりイイ線イってるから、上位入賞はマチガイナイネ」


 小麦色に日焼けした肌は、布の面積がやや少ない大胆なビキニと、ジーンズの短パンで覆われている。愛らしい顔とセクシーな肢体は、明るく活発な印象を全面的に押し出していた。


「だとイイけど。――さっき全部の控えテントの中見てきたけど、ライオン傭兵団のもうひとりのエントリー女、アレ毎年出てるって人よね。今回も出るみたいだけど、全然懲りてないのね?」


 ルーファスは深々と首を縦に振る。


「あのベルトルド様が却下しても、まーったく聞き入れないからねー。相当の頑固者なんだよ~」

「まあ、別にブスってわけじゃないと思うけど、コンテスト向きじゃあないわね」

「おいおい、あんまり失礼言うなよ」


 ハドリーが慌ててたしなめると、ファニーは小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「これ、美人コンテストなのよ? あたし、間違ったことは言ってないわ」




 開始ギリギリまでいたファニーとハドリーは、そろそろ戻ると言ってテントを出て行った。そして入れ違いに、副宰相様御一行が到着する。

 テントに飛び込むようにして入ってきたベルトルドとアルカネットは、


「応援にきたぞリッキー!!」

「緊張はしてませんか?」


 返事も待たずにキュッリッキに飛びつく。


「ふにゃっ」


 嬉々としたベルトルドとアルカネットに飛びかかられて、かわすことができなかったキュッリッキは、抱きつかれたまま盛大に後ろにひっくり返った。


「もおおおっ、重いんだよ~~~2人とも!!」


 足場は柔らかい砂なので、倒れてもあまり痛くなかったが、ステージに上がる前に衣装が汚れてしまうと思って抗議の声を上げる。


「あまりの美しさに我慢しきれなくてな。場違いなブスどもに思い知らせてやるといい!!」

「勘違いした醜女共に、リッキーさんの神々しい美しさを見せつけましょうね」


 防音措置のされていない麻布の簡易テントだ。ベルトルドとアルカネットの暴言は、隣3個分のテントには筒抜けのまる聞こえである。猛然と抗議する声が飛び交っていたが、当然2人の耳には入ってこない。代わりにルーファスが背中で汗を流し続けた。


「メス豚どもがギーギー怒っているケド、白熱してるところへ衝撃の事実を叩きつけられると、当分の間撃沈できるから楽しみだわね」


 メイク崩れがないかコンパクトの鏡でチェックしながら、リュリュがニッコリと追撃する。


「身の程を知るイイ機会ですね」


 色のついたレンズで奥が見えないシ・アティウスが、眼鏡のブリッジを指で押し上げながら無表情にトドメを刺す。隣のテントからは、歯軋りとぐぅの音しか聞こえてこなくなっていた。


「シ・アティウスさんも来たんですね。こういうトコにいるのって珍しい」


 蚊帳の外状態のルーファスが、不思議そうにシ・アティウスを見る。研究などしているような人種は、こういったイベントには少しも興味がないだろうと思っていたからだ。


「今日は是非にとも、キュッリッキ嬢に優勝して欲しくて応援に駆けつけた次第ですよ」

「へ~、シ・アティウスさんも温泉に行きたいんですね」

「…まあ、温泉のあるケウルーレに用事があってな」


 温泉に行きたい目的の3人と一緒に括られたくないシ・アティウスは、のっそりと訂正を入れておく。


「そっかあ。まあ、よほど審査員がヘンなモノ好きじゃなければ、優勝間違いないから。ね、キューリちゃん」


 2人の中年に抱きつかれながら、地面にペタリと座っているキュッリッキに、ルーファスの愛嬌あるウインクが投げられた。


「メルヴィンのためなら、頑張るんだもん」


 憮然とするキュッリッキはそう言って、プイッとそっぽを向いた。




 正午になり、ビーチに大きなドラを打つ音が鳴り響く。この暑い中、黒いタキシードに身を包んだ司会者により、美人コンテストの開始が大声で告げられた。

 ステージ前に集う観客たちから、絶叫にも近い声援が上がっていた。

 衝立の向こう側が盛り上がり、誘われるようにしてキュッリッキはテントから出る。ルーファスはライオン傭兵団が陣取る客席に戻っていた。

 出場者の控え用に建てられているテントの前に大きな衝立が建てられ、観客たちから出場者の姿が見えないようになっている。その内側からは、ステージの一部を見ることができた。


「アタシたちもここから、ステージ見られるんだ~」

「ブスがぞろぞろ続くだけだぞ」


 ベルトルドもキュッリッキの横に並び、興味なさそうに言う。

 ウキウキしているキュッリッキは、物珍しそうに目を輝かせ、ステージのほうを見上げていた。


「ほら小娘、メイク直してあげるから、ちょっとこっちにきなさい」

「え~~~、出番まだまだだし、もうちょっと見たいよう」

「どうせ落選するブス共を見たってしょうがないわよン」

「そうですよ。お化粧を直してもらいましょうね」

「ふぁ~い」


 リュリュとアルカネットに促され、キュッリッキは渋々テントに戻る。


「顔はどれも低レベルだが、おっぱいと尻はなかなかにイイ線イってるな! 見ろ、あの引き締まったヒップに、ココ椰子のようにバインバイン揺れるおっぱいを!! 俺の股間はすっかりバーニングだ」

「連続でマイクロビキニで攻めてますねえ。あんな細い紐で殆ど隠れてませんよ。こっからだと丸見えだ」


 ベルトルドは鼻の下を伸ばしながら、艶かしい美女たちの肢体に釘付けである。

 顔ではなく身体で勝負に出ている美女たちの水着に、どこまでが水着で裸体なのかの判断を、シ・アティウスは真剣に悩んでいた。


「ちょっとあーたたち、下品な感想述べてんじゃないわよ!」

「夏は理性を丸裸にする」


 キリッとした口調でベルトルドが断言すると、その直後、中身の入ったビール瓶が後頭部に直撃する。


「おだまりエロ中年! 小娘いんのよっ!」

「すいまえん」


 顔だけでなく、挑発的で大胆な水着美女が連続出場し、会場はヒートアップである。派手な音楽の生演奏と、熱に浮かされ盛り上がる観客たちで、ビーチを包む熱気はとどまるところを知らない。


「40番から50番までの出場者のみなさん、ステージ裏に集まってくださーい!」


 スタッフがテントに声をかけて走り回っている。


「アタシ行かなくちゃ」


 キュッリッキは跳ねるように椅子から立ち上がった。


「緊張してませんか? 大丈夫ですか?」


 アルカネットが落ち着かない様子で言うと、キュッリッキは「大丈夫!」とにっこり笑った。


「いってくるね!」

「頑張ってらっしゃい」


 アルカネットとリュリュに見送られ、キュッリッキはステージのほうへと元気に走っていった。


「やれやれ、小娘見送らずにデレデレ鼻の下伸ばしちゃってベルったら。溜まりすぎよ」

「首から下は満点が多くて困る」

「そういえば、先程から何か特技のようなものを各自披露していますが、キュッリッキ嬢は何を魅せてくれるんでしょうね」


 興味深そうにシ・アティウスが言うと、ベルトルド、アルカネット、リュリュの3人は顔を見合わせて、揃って眉間を寄せる。


「リッキーって、特技なんだろうな?」




「エントリーナンバー45、トリカブト傭兵集団のファニーちゃんだよ~~っ!」


 司会者に名を呼ばれ、ファニーは隣にいるキュッリッキにウインクした。


「いってくる」

「ファニー頑張ってね!」

「まっかせなさい」


 ファニーは颯爽とステージに上がって行き、両腕を上げて元気をいっぱいにアピールする。

 愛らしくもハツラツとした印象が素敵なファニーに、観客たちから熱い声援が飛び交う。


「ファニーちゃん最高だよー!」


 観客席のルーファスが、飛び跳ねながらファニーに賛辞を送る。すると、


「俺たちのファニーちゃーん!」


 ドスの効いた厳つい声が、観客席からドラムのような重低音を轟かせてステージに浴びせられた。


「な、何あれ?」

「あらぁ、ファニーの親衛隊っすね」


 ルーファスの誘いでライオン傭兵団の陣取る席に来ていたハドリーが、疲れた顔で説明する。


「あいつ結構モテるんっすよ。イカツイ系の傭兵たちの間にファンも多くて」

「ははは…さすが」


 筋肉ムキムキマッチョ集団が、頬を染めて必死に声援を送っている。

 それらをステージの上で内心ゲッソリしながら見て、ファニーは表向きは愛想を振りまく。


「徹夜で練習した手品、見せちゃうぞー!」


 ステージの上で手を振っていたファニーは、手から突如沢山のカラーカードをあふれさせ、カラフルな演出に会場は一気に盛り上がった。


「声援ありがとー!」


 そう言って投げキッスをしながら、ファニーはステージから下がった。




「ファニーおつかれさまあ。手品すごいね~」

「ふう、ちょっと緊張しちゃった」

「でもみんな盛り上がってた」

「まあそれに助けられて、手品もちゃんと出来たけどネ」


 ステージ裏で出迎えたキュッリッキに、ファニーは笑った。

 2人は笑い合いながら、会話に夢中になっていると、


「エントリーナンバー50、ライオン傭兵団のキュッリッキちゃ~ん! 本日最後の美人ちゃんだよ~~~~!」


 司会者がキュッリッキを呼ぶ。


「ほら、あんたの出番よ。ちゃんと顔上げてステージに立つのよ」

「はーい」


 キュッリッキは両拳を握って気合を入れると、ステージに上がった。


(メルヴィンにやっと見てもらえる。頑張っちゃうんだから)


 やや緊張気味に面を上げて、キュッリッキはステージをまっすぐ歩いていく。

 ステージの半分上はテントで日除けがされていて薄暗い。前に進むにつれ視界がどんどん開けていくと、太陽の光に照らされた海が眩しく輝き、キュッリッキは一瞬目を細める。

 海と波打ち際に近い観客たちが、徐々に視界に飛び込んできた。


(メルヴィンはドコかなあ?)


 目だけをキョロキョロするが、人が多すぎて見つからない。


(もうちょっと前に行ったら見つかるかな。…でも、なんだか凄く静かな気がするかも~?)


 ほかの出場者達のように大声援で迎えられると思いきや、観客たちの意外な反応に、キュッリッキは目をぱちくりさせていた。