97話:美人コンテストに申し込もう

「こんちゃ~っす、誰かいるか~い?」


 玄関フロアから大声がして、ちょうど階段を降りてきたルーファスが応じた。


「おや、アートスじゃない、どったの?」

「よっ、モテ男」


 アートスと呼ばれた男は、気安い好笑顔をルーファスに向ける。傭兵ギルド・エルダー街支部の広報担当だ。


「来週、毎年恒例のイベントを、今回はハーツイーズ支部と合同でやるから、そのお知らせにきた」

「――ああ、もうそんな時期なの」


 一拍おいて、ルーファスは大きく頷く。


「8月に大きな戦争挟んだからね~、うっかりしてる傭兵団が多いのなんの。いつもながら大慌てで、スカウトに走り回ってるぜ」

「なるほ」


 さぞ必死にスカウトしているだろう姿を想像して、2人は顔を見合わせ苦笑する。


「お前さんとこは、またいつのもねーちゃん出すつもり?」

「ううん…、言えば出るって言うだろうしい…、出したところで入賞しないしなあ」


 心底困ったような声を出すルーファスに、アートスは肩をすくめてみせた。


「十人並みコンテンストなら、ちょっとは可能性はあるだろうけどネ」

「うんうん」

「まあ一応、申込書渡しておくよ。エントリーするなら、前日までにギルドに提出しておいてくれ」

「おっけーい、わざわざありがとね~」

「んじゃ、またな」


 アートスを見送ったあと、申込書を扇代わりにして顔を煽りながらルーファスは雑談室へと向かう。

 今は仕事がないので、みんな談話室に集っている。思い思いの場所で、暇そうになにかをしていた。


「カーティス、傭兵ギルドから美人コンテストの申込書が届けられたよ」


 本を読んでいたカーティスが、顔を上げて差し出された申込書を受け取る。


「ああ、もうそんな時期でしたか」


 とくに感情もなく、興味なさげに淡々と言う。


「今年はハーツイーズ支部と合同だそうだよ。きっと海辺に陣取って、派手にやらかすんじゃないのかなあ~」

「それは大掛かりですねえ。残暑祭りってところでしょうか」

「確かにお祭りだしね。――んで、どうする? また今年も出場?」

「したところで…」


 カーティスはどこか言い淀むように、ごにょごにょと声を潜め呟く。顔が露骨に渋く歪んでいた。


「なあそれ、キューリ出したら優勝すんじゃね」


 ビリヤードをつついていたザカリーが明るく言うと、


「私が出場するのよ!」


 普段滅多に大声を出さないマーゴットが力んで立ち上がる。


「おめーが出場したところで、入賞もしねーじゃん」


 眉間に皺を寄せて、ザカリーは吐き捨てる。同意する頷きが、室内のあちこちから起こった。


「傭兵界のトップであるライオン傭兵団が、唯一最下位に甘んじているイベントだな」


 わざと嫌味ったらしくギャリーが笑う。

 傭兵ギルド主催の美人コンテストは、毎年残暑に行われる。

 職業柄一般人からは嫌煙されがちの傭兵たちにも、明るく楽しい息抜きの話題を! そうギルドが気合を入れている、唯一の大イベントだ。

 こうしたお祭り騒ぎにノリやすい傭兵たちは、自分のところのマドンナを出場させたり、臨時日雇いで一般人女性をスカウトしてきて出場させたりしていた。

 当然ライオン傭兵団も勇んで参加しているが、マーゴットを出場させて毎年参加賞止まりである。


「だ~か~ら~、キューリ出したら優勝するってぇ」

「まあ、確かに勝率は高いよね。胸はちっさくても、美人だし可愛いから」

「だろ? マーゴットなんておよびじゃねえよ」

「なんですって!」

「うっせーよ、ぶーす」

「まあまあ」


 白熱しかかるザカリーとマーゴットを、ルーファスは慌ててなだめる。


「そのキューリは、ドコいったんでぃ?」


 タバコをふかしながらギャリーが言うと、


「ベルトルドさんに呼ばれたとかで、ハーメンリンナに行っています」


 カウンター席に一人座っていたメルヴィンは、ちょっと寂しげに言った。



* * *



「美人コンテスト?」

「うんむ!」


 カーペットの上にペタリと座って、キュッリッキは床に広げたポスターを見つめる。

「重要な話がある」とベルトルドから念話で呼び出されたキュッリッキは、宰相府のベルトルドの執務室にいた。


「ライオン傭兵団の代表として、リッキーがコンテストに出るんだ。優勝するのは当然確定だがな!」

「リッキーさんの美貌を凌ぐ者など皆無です。絶対優勝間違いなしですからね」


 ドヤ顔のベルトルドと、優しい微笑みを浮かべるアルカネットに断言され、キュッリッキは小さく首をかしげた。

 普段から他人と容姿を比べることもしないので、美人コンテストと言われてもキュッリッキはイマイチぴんとこない。

 自分の顔なんてメルヴィンが気に入っていればそれで良く、他人がどう思おうがキュッリッキには関係ないのだ。


「うーん、優勝すると、なんかイイことでもあるの?」

「モチロンあるとも!」


 ガバッとチェアから立ち上がり、ベルトルドは握り拳を高らかに掲げた。


「惑星ヒイシ随一の温泉保養地、ケウルーレの超最高級温泉宿ユリハルシラを、2泊3日貸切れる招待券が手に入る!!」


 どの国にも属さない自由都市のひとつ、コケマキ・カウプンキにケウルーレはある。最高の泉質だという温泉が有名で、温泉保養地の中ではトップワンだ。


「自由都市にあるため、皇国の権威も圧力も効きませんから、中々予約がとれないのですよ」

「予定は合わない、予約がとれない、暇がないの三本立てで俺たちでも未だに泊まったことがないからなあ。よくも傭兵ギルドごときが招待券を手に入れたもんだ」

「傭兵世界の伝手も侮れませんね」

「でも、温泉だったら別にドコでもいいんじゃない?」

「ダメだ!」

「ダメです!」

「うっ…」


 2人のキッパリした迫力に、キュッリッキは仰け反った。


(そんなにケウルーレに行きたいなら、コンテスト関係なく行けばいいのに…)


 胸中でボヤいて、キュッリッキはコッソリため息をついた。


「そういえば、これは毎年行われているようですが、リッキーさんは美人コンテストに出たことがないのですか?」

「うん。このコンテストがある時って、仕事サボりたい傭兵が多いから良い仕事回してもらえるの。稼ぎ時ってやつだよね」


 朗らかに笑顔を浮かべるキュッリッキに、ベルトルドとアルカネットは同情を満面に浮かべた。


「リッキー…」


 ベルトルドは飛びつくようにキュッリッキを抱きしめると、優しく頬ずりした。


「娯楽も満足に興じれなかったのだな。可哀想に可哀想に」


 その様子にムッとしながらも、アルカネットは大きなハンガーラックを押してきた。

 カバーが取り払われると、目にも色鮮やかなドレスがズラリとかけられている。


「さあリッキーさん、お衣装を選びましょうか」

「ほえ?」



* * *



 夕方になってアジトに帰ってきたキュッリッキは、大きな荷物と2人のお土産を連れてきていた。

 そのお土産な2人を見て、みんな露骨に嫌そうな表情を浮かべる。


(晩飯前に何故来る…。)


 無礼極まりない雰囲気を全く気にしていないベルトルドは、居丈高にカーティスの前に立つ。


「カーティス、美人コンテストの申し込みは、リッキーが出場するということでギルドに出しておけ!」

「え?」

「今年は優勝間違いありません。ステージ衣装も決まりましたし、コンテスト当日が楽しみですね」


 談話室に集った面々を見下ろし、ベルトルドとアルカネットがドヤ顔で命令する。


「ちょっと待ってよ、それは私が出るって決まっているのよ!」


 憤然とマーゴットが声を上げると、ベルトルドは「はあ?」という表情を向けた。


「貴様がエントリーして入賞したことはないだろう。毎年タワシ一個の参加賞だぞ情けない」

「審査員の目が曇ってるだけよ。裏金使ってるんだわ」


 プンプンして反論してくるマーゴットをみやり、ベルトルドは呆れ顔でカーティスを見下ろす。


「おいカーティス、貴様と付き合っているんだろう? しっかり躾ておけバカタレ」

「はあ…」


 常にベルトルドと言葉を交わすこともしないマーゴットだが、今回ばかりは真っ向から衝突している。

 キュッリッキが入団するまでは、ずっとライオン傭兵団のアイドル的立場におさまっていた。

 マーゴットは自分の容姿に絶対の自信を持っている。誰よりも美しく、誰よりも可愛らしい。そう確信している。

 しかし、ブスとまではいかないが、ごく平均的で十人並み程度の容姿である。それはコンテストで立証されていた。

 ところがマーゴットはその審査には毎年不服申し立てをしており、自分の容姿は優れていると疑ってもいない。

 このことは、カーティスの悩みの一つでもあるのだった。


「ねえベルトルドさまー、エントリーは3人まではおっけーみたいですよ」


 ルーファスがのほほんと言うと、ベルトルドはカーティスに渡した申込書をひったくって、注意書きを再度目で追う。


「……だったら貴様も適当に参加しておけ。――リッキーは確実に参加だ、いいなカーティス」

「了解しました」




 さすがに晩ご飯までは居座らず、ベルトルドとアルカネットが帰ってホッとしたライオン傭兵団は、食堂に集ってヤレヤレと肩をすくめていた。


「しっかしなんでオッサンたち、あんなにやる気が漲ってんだ?」

「温泉に行きたいんだって~」


 メルヴィンの腕にしがみついて、キュッリッキが記憶を辿りながら言う。


「温泉だとう?」


 オウム返しに言って、ギャリーは申込書を再度見る。


「あー…あの有名なケウルーレかあ。セレブどもは食いつく種類が流石だなあ」

「自由都市のだよね確か。傭兵ギルドも奮発したんだな~」

「つーかよ、キューリが優勝して賞品もらうだろ、当然オレらで行くよな」

「そうだね」

「オッサンたちもついてくる気満々ってことじゃねえのか、それってよ…」


 ルーファスはギャリーの顔を見て、切なげにため息をついた。


「保護者強制同伴かあ」

「すっげーイヤなんだが」


 ザカリーはゲッソリと肩を落とす。


「リュリュさんも一緒に来るって言ってたよ」


 キュッリッキの一言に、食堂に重いため息が充満するのだった。



* * *



「美人コンテスト?」


 この男にしては珍しく、露骨なまでに不可解な表情を浮かべて、その顔をベルトルドに向けていた。


「そうだ! 俺のリッキーを出場させ、当然、当たり前に優勝して賞品をゲットするのだ!」

「誰があなたのですか。――私のリッキーさんが負ける要素はこれっぽっちもありませんからね」


 ドヤ顔の2人を更に怪訝そうに見つめ、シ・アティウスはリュリュを見る。


「止めても無駄よ。小娘よりやる気満々なんだから」


 呆れ顔でリュリュは肩をすくめてみせた。

 宰相府のベルトルドの執務室には、仕事の打ち合わせのために、アルカネット、リュリュ、シ・アティウスの4人が集っていた。


「なにか、良い賞品なんですか? 優勝賞品とは」

「ふっふっふっ、聞いて驚け。あの、ケウルーレの超最高級温泉宿ユリハルシラの招待券だ!」

「お」


 シ・アティウスの表情に、ようやく興味深げな色が浮かぶ。


「かなり以前から、ケウルーレに行きたがっていたろう」

「ええ。彼の地には、ある伝説の確認をしに行きたいのです」

「あら、あーたの興味をそそる伝説なんてあるの、温泉地に」

「温泉地として名が轟いたのは、ここ100年くらいのことでしょう。――ケウルーレは、アイオン族の始祖が降り立ち、2番目の妻を迎え、終の住処と定めた地と言われている場所なんです」

「ほほお」


 ベルトルドは目をぱちくりさせてシ・アティウスを見る。


「コケマキ・カウプンキは実に神秘的な自由都市です。入国規制を行っているわけではありませんが、場所が場所なだけに訪れる人も少ない。それだけに漂ってくる噂もあまりない。せいぜいが、ケウルーレの温泉の話題くらいでしょう」


 3つの惑星には、それぞれ自由都市というものがいくつも存在している。

 種族統一国家を嫌う人々が集まり、小さな町を興し、そこから都市規模まで発展したものが、自由都市の発祥と言われていた。

 この世界で『国』というものは、エグザイル・システムを有していることだ。エグザイル・システムを所有していなければ、『国』を名乗ることができない。それ故『都市』と呼ばれる。

 自由都市はどの国にも属さず、また、支援や救助を受けることもできない。エグザイル・システムもない。その代償に、どの国からも政治・軍事などの圧力受けない。それがハワドウレ皇国のような種族統一国家からであってもだ。

 コケマキ・カウプンキはワイ・メア大陸の東の果てにある、コケマキ島という大きな島一つを指す。ケウルーレはコケマキ島のほぼ中央にあると言われていた。


「でも、なんでアイオン族の始祖がヴィプネン族の惑星ヒイシの島を、終の住処なんかにしたのん?」


 そこにロマンスを感じたのか、リュリュが興味津々で身を乗り出す。


「アイオン族の始祖アウリスは、一度は故郷の惑星ペッコで鬼籍に入っています。ですが、とある事件で黄泉がえり、その後惑星ヒイシに渡ったと言われています。何故ヒイシにきたのかは知りません」

「ンまっ、いいわあ~、そういうのって。愛し合う女とともに、終の住処に選ぶなんて、さそいい土地なんでしょうねえ。しかも良い温泉もあるなんて」

「……」


 ロマンス話に『温泉』という単語が混ざるだけで、何か場違いなものでも見つけたような気分になるベルトルドだった。


「そんなに興味があるのでしたら、普通にいつでも行けばいいのではないですか?」


 アルカネットが不思議そうに言うと、シ・アティウスは首を横に振る。


「入国規制はありませんが、ケウルーレのみ、予約がとれないと入れないようになっているんです。たとえ温泉目的ではなくても、ただの観光でもなんでも予約制なんです。そしてその予約が全く取れず、行くに行けないんですよ」

「おやまあ…」

「ベルの権威も全く効果がないものねえ」

「フンッ。招待券が手に入れば、好きなだけケウルーレを闊歩出来るんだろう? 来週を楽しみにしているがいい!」


 ふふーんと得意顔でベルトルドが言うと、シ・アティウスは苦笑した。


「そいえば、招待券なんてオークションにでもかけられてるんじゃない? かなりの破格だろうけどン」

「ンなもん、とっくに調べ尽くしてある」

「アッフン」

「全ては来週の美人コンテストにかかっている。ああ、待ち遠しい!」


 ケウルーレに行けるチャンスが、かなりの勝率でぶら下がっている。


(これは、是非ともキュッリッキには勝ってもらわなければなるまい)


 シ・アティウスはひっそりと微笑んだ。