神話にも登場するオリハルコンは、神秘の合金といわれ、武器にしろ防具にしろ、他の合金を寄せ付けない圧倒的な強度と耐久性を持つ。
史実では数百年後、オリハルコン鉱山を巡って、山の所有権を奪い合う、血みどろの争いが周辺国で繰り広げられた。
どうせ採掘されるのならば、多少早めでも良いのでは、と考えたシルヴィアは、
「争いによって多くの血が流れ、命が失われるのを防ぐことができる」
それを建前に、プロキリア王国が滅亡する前に、さっさと採掘をはじめてしまおうと目論んでいた。
シルヴィアの計画では、今冬に調査を終えて、来春からは少量のオリハルコンを採掘。まずは、バイロン軍の武器や防具の生産に着手しようと思っていた。
商業ギルドを設立するのも、今後のオリハルコンの正規取引を見越してのものだ。レグルス辺境領で採掘し、正規品として流通させる以上、公正な取引と品質の維持が求められる。
それらをしっかり管理、監視できる組織の設立は必要不可欠──とはいっても、
そこで商業ギルドの設立に先立って、まずは南東の岩山の採掘調査をしなければならなかった。
近くに集落がないので、調査中は野営をすることになるが、それだって5日程度だからと、エルディオンに伝えるまでもないと思っていたのだが……
それが、負のオーラをまき散らす原因なのだろうか。
「あの……エルディオン様、冬山の視察をすることが、何か問題なのでしょうか」
「大ありだ」
原因らしい。
金色の両眼に、ギロリと睨まれる。
「野営が必要な視察があるのに、なぜ、教えてくれなかった。その調査隊の編成に、なぜ、ひとりも第一騎士団から選ばれていないんだ。なぜ、俺すらも除外するんだ」
なぜ・なぜ・なぜ
3連続の問いに、さて、何と答えようか。
エルディオンの云い分として考えられるのは、ここ1か月ほど、シルヴィアの領地視察には、護衛隊のほかに第一騎士団の騎士が交替で数人ずつ、同行してくれている。
今回もその一環として捉えている可能性は高い。
しかし、この視察の同行に関して、シルヴィには申し訳なさが付きまとっていた。
なぜなら、同行してもらう騎士に、謝礼を支払おうとすると、
「衣食住のすべてを与えてもらっている俺たちが、今できることをしているだけだ。謝礼なんて受け取れない」
エルディオンをはじめ、騎士たちは本当に一銭たりとも受け取らない。
そうは云っても──と、城下の視察に行ったとき。
「これで、何か食べてね」
第一騎士団の若手3人組に、こっそりお小遣い程度のお金を渡そうとしたシルヴィアだったが、これがけっこうな騒ぎになった。
「少し多めの昼食代だと思ってくれたらいいの。どうぞ、遠慮しないで」
年齢も近いとあって、少し強引に渡そうとするシルヴィアと、必死に固辞する三人組。
「ダメです、ダメです!」
「本当に、受け取れませんから!」
「無理です、無理です。団長と副団長にバレたら殺されます」
王家に『星痕』のことはバレても怖くないと云い切るくせに、自分たちの上官のことは「そんなに怖いの」かと、シルヴィアが訊ねると、身震いしながら三人組は答えた。
「そうです。怖いんです。団長が優しくするのは、シルヴィア嬢だけです! 俺たちに見せる顔なんて、しかめっ面ばっかりなんですから」
「もっと怖いのは、鬼の副団長です。あの人の傭兵時代の二つ名をご存知ですか。セント・セブンスの悪鬼ですよ! プロキリアじゃないんですよ。大陸全土にその名を轟かせていたんですから」
「未来ある俺たちの命を救うと思って、どうかご勘弁ください~」
そんなことがあったので、金銭を一切受け取らない第一騎士団を、無償で数日間の視察に同行してもらうのは、あまりに申し訳ないと思った次第だ。
冬山の視察のことを、事前に伝えていたら、第一騎士団が同行するのは目に見えていた。それゆえ編成しなかったのだが、うっかりバイロン兵たちに口留めするのを忘れていた。
冬山の視察出発は来週。
バレてしまったものは、仕方がないが、謝礼の件を話せばまた「衣食住のすべてを~」という話がはじまるのは目に見えているので、それらしい断りの理由を取り繕って、エルディオンに伝えるしかなかった。
「日帰りならともかく、療養で滞在している皆様を、領地の遠征視察隊に編成するわけにはいきません。ですから、今回の調査隊は護衛騎士を中心に編成しました。5日間ほどで戻ってきますので、大丈夫ですよ」
しかし、エルディオンからは4度目の「なぜ?」が返ってきた。
「俺に限って云えば、もう十分療養させてもらった。それでもシアは、俺すらも同行させてくれないのか」
暗く重苦しい空気のまま、返事に困っていると、エルディオンから問われる。
「冬山での野営の経験は?」
「それは……ないですけど」
「獣の多くは冬眠するが、魔物は冬場に出没しやすい」
「ええ、ですからエルマー隊長と兵士を連れていくので……」
「エルマー隊長とレブロン兵が優秀なのは疑いようがない。しかし、魔物の討伐は王国騎士団の管轄だ。とくに冬場は、第一騎士団が長年担ってきた」
「そ、そうですか……」
「そうだ。だから、シアに同行を許可してもらえないのであれば、俺たち騎士団は希望者を募り、同じ山に魔物の討伐に行くことにする。ちなみに、俺は単独でも行く」
不遇の王子様あらため、負のオーラをまき散らす『不機嫌な王子様』の答えは、初志貫徹。
引く気はひとつもないらしい。