色々と重たい『預かり物』ではあるけれど、シルヴィアは胸に揺れる水星の守護石を握りしめ、エルディオンを見つめた。
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
「改めて、お誕生日おめでとう、シア。
その笑顔に、釘付けになる。
金色の瞳は、水星の守護石に負けないほどキラキラと輝いていた。
エルディオンが退室し、ひとりになったシルヴィアは、ドクン、ドクンと高鳴る胸を、水星の守護石ごとギュっと抑える。
ただでさえ、好みド真ん中なのに、あんな笑顔を向けられたら、とても平常心ではいられない。深呼吸を数回繰り返し、火照った頬と心を落ち着かせる。
欲張れるものならば、あの笑顔をもっと目にしたいものだ。それも大事な『救済計画』の一環である。
そのためにも今後は、エルディオンがもっと心穏やかに過ごせるように、あらゆる方面で気を配ってあげなければならない。
今日のように悲壮感を漂わせ、苦悶の表情で「俺にはこれしかない」と、形見の品を差し出させるようなことは、もうないようにしなければ。
そう思っていたのに、どうしてもこうも、エルディオン絡みで問題は発生するのだろうか。
誕生日の一件から1か月後。
新年を迎えて、数日後のことだった。
「シア、どうして云ってくれなかったんだ」
不幸のどん底に突き落とされたような顔したエルディオンが、領主室へとやってきた。
年の瀬から新年を迎え、昨日までは、とても良好だったはず。
誕生日の1件からは、日増しに笑顔でいることが多くなったエルディオンは、十分な食事と睡眠によって、バイロン城に来たときよりも肌の色艶は格段に良くなった。
痩せ気味だった体格もひと回り大きくなって、日々の鍛錬と日課となっている薪割りのせいか、衣服の下からでもわかるくらい筋肉がついてきている。
シルヴィアにとっては、これまで以上に目の保養となり、ヒーローが成長していく過程を間近で見守るという、じつに有意義な毎日だった。
新年を迎える夜には──
城塞の見張り台に、ふたり並んで立ったエルディオンとシルヴィア。
新たな年の幕開けを祝う打ち上げ花火をいっしょに眺めたあとは、親しい者たちだけを招待したパーティーで、騎士団の面々に冷やかされながらダンスを披露した。
ささやかな晩餐会では、料理長が腕を振るった食事を、弾む会話とともに楽しんだ。
その数日後に……いったい、どうしてこうなったのか。
対面する椅子に腰掛けたエルディオンは、テーブルに両肘をつき、暗く沈んだ顔の前で組んだ左右の手に、額を押し付けている。
全身から悲しみ、憤り、やるせなさ、といった負の感情を溢れさせ、
「シア、どうして云ってくれなかったんだ」
前回の比ではないほどの、苦悶の表情で問われた。心当たりはなかった。
皆目見当がつかないシルヴィアが、
「ええと……何か、云い忘れていたことがありましたか? 何かしら? あっ、『ギルド』の設立についてですか? それとも……ああッ! もしかしてバレてしまいましたか?! じつはエルディオン様に贈りたいと思っていた素晴らしい黒毛がいてですね。先日、蹄鉄の装着が終わって今日あたりに見に行こう思っていたのに……」
話しながら思い当たったところで、暗い顔のエルディオンからひとこと。
「ちがう」
ピシャリとされた。
なんてことだ、とシルヴィアは押し黙る。
水星の守護石の御礼にと、去年の暮れから用意していた軍馬の存在を、贈る前にバラしただけとなってしまった。
さらには、ギルドのことも口を滑らせてしまい、エルディオンの顔が、ますます怖くなる。
「ギルドか……それも、俺が云って欲しかった件とはちがうが、まさか、傭兵ギルドを設立するのか。そうなれば、剣技や体技に優れた屈強な男たちが、レグルス辺境領に集まってきて、シアに
「ちがいます。商業ギルドです」
悩ましいことに、エルディオンへの情報開示が止まらない。
目の前にいる不遇の王子様からの圧倒的な負のエネルギーに耐え切れず、ついにシルヴィアは白旗をあげた。
「何でも洗いざらい話しますので、いったい全体、何のことでしょうか?」
エルディオンの重たい口が動きはじめる。
「今朝の鍛錬中……冬山の調査をする部隊が編成されたと、バイロン兵から聞いた。数日間の遠征調査になるとか」
そのとおりだ。
じつはこれ、転生後のわりと早い段階から、シルヴィアは計画していた。
北西にある山岳地帯とは反対側。
南東に位置する硬い岩盤を持つ低山は、主要な街道から離れている不便な土地にあり、作物の生育にも適さないことから、付近に集落もなく、ほぼ手付かずの状態で放置されている。
しかし、資源がないと放置されていた岩山に、幻の鉱石オリハルコンが大量に埋蔵されていることがわかるのは、これより数百年後のことである。
それを知っているのは、歴史学者だったシンシアが、実際にオリハルコンが採掘されていた遺跡の発掘調査に参加していたからだ。