どうしようか。
もし本当に、エルディオンが単独で同行するとなったら、彼の性格からして調査隊の最後尾から、単騎でつづきそうだ。そうなると、視察の間、うしろが気になって仕方がないだろう。
領主室の窓から見える雪景色。
例年よりも降雪量が多い今年、ほぼ手付かずの状態になっている荒れ山は、シルヴィアが思っている以上に、雪深い可能性があった。
除雪しながら進むことを考えたら、人員は多いに越したことはないし、エルディオンが云うように、冬山に魔物が出没しないとはかぎらなかった。
そうして、シルヴィアはひらめいた。
そうだわ。領主代行として正式に、冬山の魔物の討伐を、第一騎士団に依頼すればいい。そうすれば、報酬も支払える。
これは、良案だわ。あとは、きちんと報酬を受け取ってもらえるようにエルディオンを説得できれば──と、思案中だったシルヴィアを呼ぶ声がした。
「シア」
小さな声で呼ばれて、雪景色から視線を戻したとき。正面に座るエルディオンの変化に、シルヴィアは「あら?」となる。
それまでの険しい顔が嘘のように、がっくりとうな垂れるエルディオンがいた。
「すまない。困らせるつもりはなかったんだ」
落ちた両肩、膝の上に移動した両手は小刻みに震えている。
「エルディオン様、どうしましたか? もしかして体調が悪いですか?」
「いや、そうじゃない。なんというか、その、焦ってしまって……世話になっている身で、領内のことに口を出し過ぎてしまった」
さっきまでの強硬姿勢は、どこへいったのか。
「……領主代行であるシアの決定なら、俺も騎士団も従うのは当然のことで、こんな風に云うべきじゃないのは分かっているんだ──ただ」
顔をあげたエルディオンの眉は、八の字になっていた。
「冬山に調査に行くと聞いて、シアのことが心配でたまらなくなった。夏とは違って、冬山は危ない。吹雪けば視界は悪いし、方向を見失いやすい。それから……」
冬山の危険性について語りはじめたエルディオンは、
「それでこんな態度をとってしまって、悪い。嫌な思いをさせた。俺の云い方は……その、良くなかった」
そのまま激しい自己嫌悪に陥って、またうな垂れた。
エルディオン率いる第一騎士団が、バイロン城にきたばかりのころ。他者からの厚意に不慣れなあまり、逐一、挙動不審になっていた騎士たちを見て、
『むかし町で、弟が拾ってきた捨て犬を思い出してしまいました。図体は大きかったのですが、とにかく怯えていて、慣れるまで近寄ると全身をプルプルさせていました』
侍女のエマが、そのように例えていたのを思い出す。
大変失礼ながら、シルヴィアもまた、今のエルディオンを見て、耳と尻尾を垂れ下げた、不安でいっぱいの大型犬を想像してしまった。
何かをやらかしてしまって落ち込み、主人に怒られるのを待ちながら、ビクビクしている忠犬といったところだろうか。
いや、本当に失礼なんだけど……
一度そう思ってしまうと、もうダメだった。
転生前の記憶から、黒毛のシェパードを想像してしまったシルヴィアが「プッッ!」と思わず吹き出して、それを見て小首をかしげたエルディオンがますます困り顔の犬にしか見えなく、
「クククッ~~~~ッゥ! もう、ダメ!」
腹を抱えたシルヴィアは、テーブルに突っ伏した。
何が可笑しいのか、さっぱり分からないといった表情のエルディオンに、
「第一騎士団の同行を許可するにあたり、条件があります」
涙がにじむ目尻を指で押さえ、シルヴィアは条件を提示した。
条件1
今回の視察は5日間の野営を伴う遠征のため、希望者のみとする。
条件2
遠征に参加する者は、遠征報奨金を必ず受け取ること。
条件3
遠征時は、バイロン兵同様、遠征支給品を装備すること。
条件4
遠征後、特別慰労金を受取ること。
「これらの条件を確実に履行して頂けるのであれば、領主代行として調査視察の同行と冬山の魔物討伐を、正式に第一騎士団に依頼いたします」
わずかな逡巡をみせたエルディオンだったが、
「わかった。条件をすべてのむ。確実な履行を約束する」
迷いのなくなった目で、シルヴィアを見た。
それを聞いて「では」と立ち上がったシルヴィアは、執務机でサラサラと条件を記載した依頼書を作成。羽ペンを持ってエルディオンの元に戻ると、「サインしてください」と迫る。
「いや……口頭で十分では」
サインを渋るエルディオンに、シルヴィアは首を横に振った。
「誤魔化そうとしてもダメですよ。遠征後に『やっぱり受取れません』では、依頼主としては困りますので」
自分の考えを見透かされ、口を尖らせるエルディオンが、思いのほかカワイイ。
「褒賞金と慰労金の支給額については、オルソンやデニスと話し合ってからになりますので、後日、お伝えしたあと、こちらに追記をいたしますね。異論がなければ、サインをどうぞ」
「…………」
観念したのか。
ようやくペンを走らせたエルディオンから、サイン済みの討伐依頼書を受取って、シルヴィアはしっかりと確認した。