そうして、全員で森を抜けることになった日暮れ前。
説得に成功したシルヴィアが、意気揚々と馬車を止めている街道まで向かっていると、
「もし、バイロン嬢が不快でなければ、ここは足場が悪いので」
となりを歩くエルディオンから、手が差し出される。
「ありがとうございます」
迷うことなくシルヴィアは、自分の手を重ねた。
はっきり云って、黒髪・金瞳のエルディオンは、めちゃくちゃカッコいい。
面食い傾向が強いシルヴィアの好み、ド真ん中だった。
それに関しては、祖先シルヴィアも同じだったようで、『自叙伝』ではエルディオンの容姿について、かなり熱心に綴られている。
* * * * *
とにかく、カッコいいのよ!
低い声も素敵。
寂し気な表情を見せられると、キュンとなるから。
偉ぶったところもなし!
部下思いなところもいい。
だから、絶対に幸せにしてあげてよね!
* * * * *
正直なところ、これを一読したとき。
エルディオンの容姿について、シルヴィアはさほど期待していなかった。
そもそも、およそ2000年前の美醜ついては基準が不明だし、だいぶ美化され、誇張されている可能性もあった。
しかし、百聞は一見に如かず。
となりを歩くエルディオンにチラリと視線を送れば、整った横顔に見惚れてしまう。
好きな男性のタイプはいっしょ。
このときはじめて、祖先との血のつながりをシルヴィアは感じた。
さらに性格の方も、エルディオンは好ましかった。
周囲を警戒しながら森を抜ける間、
「俺の治療で魔力をかなり消耗させてしまったうえに、部下たちの傷も癒してくれたから、かなり疲れているのでは? 俺で良ければ抱きかかえますから、どうか無理しないでください……その、本当に遠慮なく」
ぎこちなさはありながらも、わずかに頬を染めて、そんな気遣いをみせてくる美形に、シルヴィアは終始ドキドキしてしまう。
「ありがとうございます。わたしくしは、大丈夫です。騎士団の皆さまや殿下の方が、よほど疲弊されているでしょう。馬車まではもう少しですから」
「騎士たちのことはともかく。俺のことなら気にしないでください。バイロン嬢のおかげで、かなり回復しました。これほど即効性があるとは……素晴らしい才能をお持ちですね」
それに関しては、すべて『金の腕輪』のおかげなのだが、
「幼いころより治癒魔法の修練を積んできましたので、こうしてお役に立てて良かったです」
適当に誤魔化して、話しをかえた。
「ところで殿下、わたくしは臣下ですから、敬語はお使いにならないでください。わたくしのことは『シルヴィア』か、愛称の『シア』と呼んでいただいて構いません」
「シルヴィア……シア……本当に、そう呼んでもいいのかな」
「ええ、そうしてくださると嬉しいです」
「わかった。それじゃあ、シア。俺のことはエルでいい」
転生前・シンシアだったころの愛称でもある『シア』と呼ばれるのは嬉しいが、いきなりの『エル』は恐れ多い。それは、もう少し距離が縮まってからにしたいので、
「わたくしは、エルディオン様と呼ばせていただきますね。さすがに、敬称なしには呼べませんから」
やんわりと断ると、気を悪くした素振りも見せずに、美形は微笑んだ。
「わかった。でも、シアが呼びたくなったら、いつでも『エル』と呼んでくれていいから」
サラリとそんなことを云われ、シルヴィアは決意する。
こんな素敵な人を、暴君なんかにするものか!
打倒、ヘレネ!
エイエイオーッ!
史実どおりであれば、エルディオンは現在21歳。
実父である国王と義母の側妃ヘレネを処刑し、血に染まった玉座を手に入れるのは、これより2年後のこと。
幼少期からの不遇時代を経て、積もりに積もった憎しみがあったとはいえ、暴君と化す引き金となったのは、自叙伝に記されていた『とある出来事』のせいだ。
そこには、まぎれもなくバイロン家が関わっていて、子孫シルヴィアの
現時点では──
不遇の王子エルディオンに、暴君の兆しはない。しかし、多くの貴族を味方につけた側妃ヘレネの執拗な圧力は、ここ数年で相当激しくなっていた。
とくに、エルディオン率いる総勢50名のプロキリア王国第一騎士団は、その標的とされ、軍部でも孤立の一途を辿っている。
今回の遠征に赴く前、北方の戦闘にて多くの負傷者を抱えた第一騎士団だったが、休む間もなく命じられた山岳地帯の討伐作戦。
作戦に従事できたのは、30名ほどだった。精鋭揃いとはいえ、数は決して多くない。
合流するはずだった王国軍が現れないまま、無情にもはじまった戦闘。物資の補給もなく孤立無援の戦いとなり、苦戦を強いられた第一騎士団は、数に勝る賊軍の奇襲を受け、後退を余儀なくされた。
そうして、レグルス辺境領まで逃れてきた第一騎士団を、自叙伝にあったとおり、北西の森にある洞窟で発見。
瀕死のエルディオンの命を繋ぎ止めたシルヴィアは、ようやく『不遇の王子・救済作戦』の第一歩を踏み出せたのであった。
森を抜け、街道に待機させていた馬車まで戻ったとき。
応援に駆け付けたバイロン城の者たちが到着し、若手の兵士数名が、シルヴィアのもとに走り寄ってきた。
「シルヴィアお嬢様! お待たせいたしました」
「ご苦労さま。こちらはプロキリア王国第一騎士団の皆様よ。応急処置はしているけど、体力が回復するまでバイロン城にて療養していただくから、皆様を馬車に案内して、剣や防具は荷馬車に積んでちょうだい」
「かしこまりました!」
シルヴィアの指示で、重傷者は数台の馬車に分かれ、騎乗できる者は馬で移動することになった。
「エルディオン様はどうぞ、こちらの馬車にお乗りください」
領主用の馬車の扉を開けたシルヴィアに「俺は汚れているから」と、部下と同じ馬車に向かおうとするエルディオンの背中を、半ば無理やり押し込む。
「こちらの馬車には、すでに大怪我をされていた騎士様が御乗りです。ほら、ご覧のとおり」
「あっ、団長……ご無事でなによりです」
大きな身体を小さくして、遠慮がちに腰掛けていたのは、街道で助けを求め、行き倒れになっていた騎士だ。すでに、シルヴィアの治癒魔法を受けているので、顔色はだいぶ良くなっている。
仲間の騎士を見て、
「ケイオス……おまえ、そんな汚いなりで」
顔をしかめたエルディオンの背中をさらに押して、シルヴィアも乗り込む。
「そういうわけで、もう汚れていますので、ご遠慮なくどうぞ」
最後に「お嬢様、準備が整いました」と侍女のエマがやってきて、素早く馬車の扉が閉められた。