期末テストも三日目が終わり、ようやく折り返し地点となった。
残る二日の日程で、重い教科と言えば英語と世界史くらい。
他は保体や技術家庭みたいな、イレギュラーな科目ばかりなので、それこそ前日の夜に教科書をもう一周しておくくらいで十分だろう。
ただその前に、生徒会でやっておかなければならない仕事があった。
お昼休み――と言っても、試験日程は午前中で終わるので、厳密にお昼休みというものはないけれど――に、昇降口で物の到着を待つ。
しばらくして、用務員さんが運転する軽トラが目的のものを積んでやってきた。
「わー、思ってたよりずっとおっきいですね」
荷台にこんもりと積まれた、青々とした笹を見て、金谷さんが驚きの声をあげていた。
「年始の恒例行事で、生徒会役員が大学受験の合格祈願をしに行く神社があるんだけど。そこの庭に生えているのを、七夕シーズンにわけて貰ってるってわけ」
「これだけの大きさなら、生徒全員がさげても大丈夫そうですね」
「流石に全員さげるなんてことはないって話だけど、それでもぱっと見で枝が埋め尽くされるくらいには短冊が集まるって話」
たぶん見ただけで分かると思うけど、これは今週末の七夕に向けた月イチイベントの準備だ。
やることはシンプル。
設置した笹に好きに短冊をさげて、それで終わり。
七日中に笹ごと神社に返せば、そこの神社でも同じように集めた短冊と一緒に、まとめて奉納して貰えることになっている。
それを聞いて、銀条さんがほっと安心したように息をつく。
「今月のイベントは大変そうでなくてよかった」
「合コンは大変だったもんねぇ」
金谷さんも合わせて、しみじみとしながら苦笑する。
生徒会として運営に奔走する傍ら、自分達も最大限にイベントを楽しんでいた彼女たちは、きっと息をつく暇もなかっただろう。
だけど残念ながら、このイベントだって言うほど簡単なものじゃない。
「これって、ようは生木だから、水分たっぷりで重いんだよ。私、中学校の時も似たようなイベントがあって手伝わされたけど、かなり汗だくになって運んだ記憶がある」
脅しじゃなくて、これからの苦労を前もって分かち合うつもりで伝える。
すると、金谷さんは頷きながら右手で力こぶを作った。
「任せてください! 弓道部は基本的にみんな細マッチョですから」
「確かに筋トレは欠かさないけど。弓を扱う力と、重いモノを持つ力は違うでしょう」
「そうかな?」
銀条さんに窘められた彼女は、不思議そうに首をかしげる。
私としては、どっちにしても運んでさえ貰えれば問題ないんだけど。
やがて、校内の笹の通り道を確保してきて貰っていた一年生も合流して、五人で大きな笹を中庭へと運んだ。
「おう、みなの衆おつかれさん」
中庭につくと、校舎のピロティーになっているところの木陰でアヤセが呑気に手を振っていた。
五人で運んだ笹は、重いことは重かったけど、確かに記憶にあるそれほどの苦痛、というほどでもなかった。
単純に私の身体も成長したってことなんだろうか。
横に伸びたって言うんでなければいいけど。
私たちは、笹をタイル張りの地面に卸すと、アヤセのもとへ合流する。
一緒にいた心炉と一緒に、彼女たちには笹を立てつける場所の確保と、短冊を書くスペースの設営をお願いしていた。
「今年はピロティーにするの? 去年は中庭の真ん中あたりにあった気がするけど」
ぼんやりと、昨年の記憶を掘り起こす。
確か去年は、もっと中心あたりの電柱に括りつけてあったような気がする。
「今週どっかで雨降るって言うからさ、念のためこっちのが良いんじゃねーかって心炉と話してたんだ。せっかくの短冊が濡れてぐちゃぐちゃになるの嫌じゃね?」
「それは確かにそうだけど、こんな陰の方で分かるかな」
校舎から中庭に向かっての壁はほぼガラス張りなので、全く見えないってわけではないだろうけど。
でも、もっと目立つ場所はあるわけで。
そういう場所に置いた方が、私みたいにイベントに興味ないやつでも記憶に残るくらいの印象があるわけで。
すると、傍らに設置した長テーブルにペンケースやら短冊やらを設置していた心炉が、ひと仕事終えて振り返った。
「そのぶん、掲示物を増やせば問題ないと思いますよ。多少目立たない分、別のところで目立たせればいいんです」
「そういうもんかな」
問題がないなら、私も文句はないけれど。
私だって、雨ででろでろに滲んだ短冊は見たくない。
短冊じゃなくっても、ああいうのって独特の哀愁があってちょっと苦手だ。
「実は私、こういう七夕ってはじめてなんです」
場所も決めて、ピロティーの柱に笹をくくりつけているとき、銀条さんがそんなことを呟く。
「はじめてって小学校とかでも?」
尋ねると、彼女は小さく頷く。
「私、中学いっぱいまで仙台の方に居たんです。高校から家族でこっちに引っ越してきてて」
「あ~、あっちの七夕って、なんか吹き流しみたいなの飾るやつだろ」
アヤセの言葉で、私もいつだかテレビで見た仙台式七夕の姿を思い返した。
アーケードの天井からつるされた、巨大な吹き流しの七夕飾り。
それも一個二個じゃなくって、ずらっと通り一面に並ぶのだ。
「そう、それです。しかも旧暦に合わせてやるので八月なんです。だから七月七日に笹の葉さらさらっていうのは新鮮で、去年も楽しかったです」
「そう言って貰えるなら、頑張った甲斐がありますね」
心炉が笑いながらそれに応える。
この中で唯一、昨年も生徒会役員だった彼女にしかその言葉を言う資格はない。
そんなこんなで笹の設置が終わり、たった今から本校の七夕イベントは開始となる。
心炉がさっき言っていた掲示物を増やす作業があるけれど、あとは基本的に七日まで放置しておくだけなので気は楽だ。
「願い事、たくさん集まるといいですね」
「そうだね」
満足げに笹を見上げる穂波ちゃんに、宍戸さんが頷く。
私も頷いて、そんな二人に白紙の短冊を一枚ずつ渡した。
「だからはい、これ明日の朝までの宿題ね」
「宿題ですか?」
突然のことにふたりともきょとんとしていたけど、そんなもの気にせず、私はそのまま二年生ちゃんたちと、ついでにアヤセたちにも短冊を押し付ける。
「まずはサクラで生徒会が願い事をさげる。何もないところに吊り下げるのって、結構勇気がいることでしょ」
「確かに……そう、ですね。私なら絶対に書けないです」
宍戸さんが消え入りそうな声で同意してくれた。
「あ、ひとり一枚ってルールはないから、書ける人はいくらでも書いてくれていいから」
「そういう星は何て書くんだよ」
「大学合格」
尋ねるアヤセに即答で答えると、彼女はうえっと口元をゆがめた。
「真面目だしつまんねー」
「そのネタをよしとする態度はなんなの。みんなも、別にネタに走る必要はないからね。むしろ真面目に書いて」
一応念を押しておくと、「はーい」と揃いの返事が帰って来た。
笹につるしたお願いを、生徒会長の私が取りまとめて奉納するんだから、まさしく「星に願いを」かな。
くだらないダジャレは自分の中だけにしまい込んで、私も自分の分の短冊を一枚持ち帰ることにした。