今年の梅雨はメリハリ型だという。
雨が降る日と天気の日とが極端ということだけど、そもそも生まれてこの方、梅雨らしい梅雨というものを感じたことはない。
たぶん土地柄のせいなのだろうけど、じめじめとした日が続くというよりは、比較的過ごしやすい気温と天気の日が続くことの方が多い。
代わりに本格的な夏がやって来る前に一週間くらいどっと雨が降るのだけれど、それを梅雨と呼ぶにはなんだか違うような気がする。
ちなみに雨の日は好きでも嫌いでもない。
室内で聞く雨音は好きだけど、外を出歩くには億劫な気持ち。
こうして勉強の合間の散歩もできないとなると、フラストレーションが溜まってしまう。
午前中にそれなりの勉強をして、ありあわせの昼食を食べて、腹ごなしがてら外に出る。
街に出てしまうと店に入ったりで時間を無駄にしてしまうので、今日は住宅地の川沿いをぼんやり歩く程度にしておいた。
身体を動かしながら空っぽになった頭に、イヤホンから流れる英語のリスニング音声が染みる。
英語と古文は、とにかく耳で覚えるに限る。
だから散歩しながらというのは、趣味と実益を兼ねた好みの勉強法なのだけど、いつだかユリやアヤセに話した時にはすこぶる反応が悪かった。
散歩するときくらいは好きな音楽に身を委ねたいじゃないかっていうのがふたりの言い分だ。
まったくもってその通りだと思うけど、受験生らしさのかけらもないふたりに言われると釈然としないものはある。
私だって、来年の今ごろには井上陽水でも聞きながら、お洒落なタイル張りの街を練り歩きたいさ。
さだまさしでも可。
とか言ってると、通りの向こうから見覚えのある影がチャリンコに乗ってやってくるのが見えた。
互いに、ほとんど同時に気づいたようで、彼女は軽く手を挙げながら私の前で自転車を止めた。
「よー、星じゃん。何してんの」
「食後の散歩。アヤセこそ何してんの」
「こっちはバイト帰り。今日は開店シフトだったんよ」
そう言って、アヤセはおおきなあくびをした。
彼女の務めている、そして私の勤めていたカフェチェーンは、朝の通勤ラッシュに合わせて開店する。
店員はさらに早く出勤しなければならないので、相当な早起きになることは言うまでもない。
「てか、まだ働いてたんだ」
「まー、辞める理由がないしなあ。受験もどうなるか分からんし、推薦で決まっちまうならこのまま卒業まで働いても良いかなって思うし」
「そんなにあのお店気にいってたの?」
「なんていうか……実家が思いっきりワフーな感じだから、ああいう空間が妙に落ち着くんだよなあ」
家が和菓子屋の反動ってことか。
それは私にはわからない、彼女だけの感覚の気がする。
「てか、立ち話もなんだし、どっかでお茶でもしてく?」
アヤセの言葉にそれも良いなと思ったけど、今はテスト前だってことを思い返して首を横に振る。
「模試の前だし、今日は遠慮とく。今回のは大事だし」
「相変わらず真面目ちゃんだなあ。じゃ、まあ散歩の間くらいつき合えよ。缶コーヒーくらい奢るから」
「まあ、それくらいなら」
意見が一致して、近場の自販機で飲み物を調達してから河川敷を並んで歩く。
今日は曇りではあるけど、暑くもなく寒くもないちょうどいい天気だ。
川の傍では、家族づれらしいグループが何組か、バーベキューを楽しんでる姿が見えた。
「学園祭の出店受付始まったけど、星のクラスは何するとか決まってんの?」
「いや……たぶん明日のホームルームあたりで話し合うと思うけど。そういうそっちは」
「温度感としては飲食店系だなあ。衛生申請めんどくせーけど、手堅いし、みんな何かしら役目があるし」
「そう言ってどこのクラスもそうするから、客の取り合いになるのが毎年でしょ」
「そーなんだよなー。だからやるにしても、何かインパクトが必要だよなー」
インパクト……もっと分かりやすく言えば差別化だけど、だいたい高校の学園祭では店員のコンセプトで狙うか、料理のコンセプトで狙うかに別れる。
前者はいわゆるコスプレ系。
後者はいろいろあるけど、ネタ系料理に走ってみたり、一方でガチの激ウマ料理を追求してみたり、その辺はクラスの人材次第だろう。
ちなみに去年は在宅筋トレブームにあやかってか、プロテインBARとかいうのを出店したクラスがなかなかの人気を博していた。
基本的に立食式で、多様なフレーバーのプロテインとタンパク質豊富な軽食を用意。
そしてワンドリンクつき入場券の購入で、教室の一角に設置された各種筋トレ器具使い放題だったという。
追加料金で運動部員によるトレーニング講座つきという、よほど女子校らしからぬコンセプトのお店だったけど、そのズレが受けたらしい。
各部のユニフォームに身を包んだトレーナー目当てのお客もいたようだけど。
「学園祭の準備も憂鬱だけど、今はそれよりもスワンちゃんとのデートをどうしようかってので頭がいっぱい」
「あー、星にはそれもあったな」
アヤセは同情したように頷いてくれたけど、その顔はどこか愉しそうに笑っていた。
私はちょっとむっとして、ハンドルを握って無防備な脇を小突いてやる。
「そもそも、なんで指名されたのかも理解不能なんだけど」
「あっちはなんて?」
「特になんにも」
あのあと軽く話をしたけど、彼女はいつもの調子でたったひと言「任せる」と言ったきり。
とりあえず、全部ぶんなげられたんだろうなということだけは理解した。
「参考までにそっちは?」
「んー、こっちは相手がノリノリでいろいろプランを出してくれてるけど、たぶん映画か、隣県まで足を延ばして水族館かって感じ」
「映画……」
不用意な言葉に、つい先週の記憶が思い起こされて、背筋にぞくっと冷たいものが走る。
アヤセは不思議そうにしていたけど、私はぶるぶると頭を振って記憶を振り払った。
「まー、なんにしてもおもしろ――楽しそうだから終わったらレポよろ」
「たっぷり愚痴を聞かせてあげるよ」
もはや興味を隠さなくなった友人に、せめてもの皮肉にそう宣言しておく。
実際、どうしたもんだろ。
そもそも私は、ユリやらアヤセやらに遊びに連れ出されることはあっても、自分から連れ出すことはほとんどない。
受け身な生き方が、ここいちばんでのプレッシャーに変わる。
「それはそうと、星って明日の昼は空いてるだろ?」
「昼? まあ、昼は埋まってることの方が稀だけど」
「じゃあ、いつも通りウチの教室集合な」
「いつも通りなら、そもそも約束する意味がわかんないんだけど……」
謎の前振りに身構えてしまうけど、胸の内ではある程度の察しがついている。
明日は六月二〇日。
何の日かと聞かれれば、私の誕生日だ。