6月6日 イベントが押し寄せる

 中間テストが無事に終わって、校内に張りつめていた空気は一気に緩んでいた。

 テストから解放されて安心する生徒もいれば、不安がっている生徒もいる。

 テストの際に何らかの条件をつけられる部活はチア部だけではないようで、そういう生徒たちほど気持ちの浮き沈みが激しいようだ。


 テストの後は、各クラス臨時のホームルームが開かれる。

 主に、学園祭関連の実行委員を決めるための会だ。

 クラス委員同様に、生徒会が実行委員になることはできない――というよりも、実行委員であろうがなかろうが生徒会が運営に関わるのは確定事項なので、兼任するよりも別の人を選出した方が良いというわけだ。主に人手の確保という意味で。


「南高祭って四日間もあるんですね。実行委員の数が多くってびっくりしました」


 放課後の生徒会室には、久しぶりに穂波ちゃんの姿があった。

 金土日の三日間の大会日程を終えた剣道部は、今年は団体も個人も全国行きのチケットを獲得することはできなかったそうだ。

 残念だろうけど、そこは勝負の世界だから仕方がない。


 今日は部活は休みになったらしく、宍戸さんと一緒にこっちのほうに顔を出してくれた。

 ふたり一緒に生徒会室にやってくる姿も、ずいぶんと懐かしく感じられる。


「初日は前夜祭で、学校全体で何かすることはないから、騒がしくなるのは三日間だけどね」

「それでもびっくりです。初めての学園祭、頑張りたいですね」


 私の言葉に、穂波ちゃんは意気込んだ様子で頷く。


「楽しいし、盛り上がるけどさ、大昔にこの日程考えたやつはアホだよな……ウチの高校らしいけどさ」


 アヤセが茶化したように言うけれど、それに関しては私も全く同意見だ。


「初日が前夜祭……二日目に体育祭、三日目が文化祭……でしたっけ? えっと、それで最終日が……」

「最終日は一般公開日。いわゆる、みんながイメージしてるような出店とか出す学園祭がそれ」


 簡単に補足してあげると、宍戸さん感心したように息をついた。


「なるほど……あと、後夜祭もあるんですよね」

「それに関しては一般公開日の一部みたいなもんだけどな。でもまあ、後夜祭って響きが良いから、プログラム上は分けてるけど」

「運営も学園祭実行委員ですしね。彼女たちは前夜祭実行委員も兼ねてます。だから実行委員は、体育祭実行委員、文化祭実行委員、学園祭実行委員の三種類です。これを全部ひっくるめて南高祭実行委員となります」

「委員の顔合わせっていつだ?」

「月末に予定されてます。本格的に動き出すのは期末テストの後でしょうけど」

「大きいイベントに浮足立つのはわかるけど、今はまず目の前のイベントの話をしようか。もちろんその後、南高祭の話もするから」


 アヤセと毒島さんがそのまま打ち合わせを初めてしまいそうな勢いだったので、間に割って入るように注意を引く。

 ふたりもいったん会話をやめて、今日の議題に意識を向けてくれた。


「六月は合コンをするんですよね? でもなぜ合コン……?」


 穂波ちゃんの疑問はもっともだ。

 私だっていまだに疑問があるし。

 首をかしげる彼女に、私は苦い笑みで返す。


「その方が言葉として分かりやすいからそう呼ばれてるだけで、一応の目的は校内交流会だから。会の名前もそうだしね」

「そうなんですね。よく分かって無くてごめんなさい」

「誰だってそう思うし、仕方ないよ」


 そう言うと、彼女もほんのり笑ってくれる。

 多少心配はしていたけど、大会で負けたことは引きずっていないようだった。

 どんな分野でもそうだけど、切り替えができて、すぐに前を向ける人は、本当に強い人だと思う。


「それで、今日はダブルチャンスの件についての案を持ってきてくれた……ってことでいいんだよね?」


 並びで座る宍戸さんに視線を向けると、彼女はためらいがちに頷く。


「じゃあ、とりあえず聞かせてもらおうかな」

「わ、わかりました」


 宍戸さんは小さく何度か深呼吸をしてから、いつも使っている手帳を開いた。


「ええと……校内交流会という趣旨と、あくまで交流のないひとと仲良くなるきっかけになれば……ということを前提にして、考えてみました。簡単に言ってしまえば……その、指名権です」

「指名権?」

「まず、正式なマッチングでペアができればそれが一番いいとして……マッチングできなかった人たちの中から、何人かをくじ引きなどで選出して、ペアの指名権ををあげます。それで指名して、相手にも了解がもらえたら、無事にマッチング成功……っていうのなんですが、どうでしょうか」


 要するに、その場で「マッチングしてくれませんか」と交渉できる、その権利をプレゼントしようってことか。

 確かにクローズで番号を書き合う正規のマッチングよりは、確実性もあるし、交流促進にはなるかもしれない。


「良い感じだけど、指名して断られたらすげぇ居たたまれない空気になるな」


 アヤセの指摘……というか、起こりうる可能性に、生徒会室の空気もほんのり暗くなる。

 みんなの前で指名するぶん、なんか公開告白っぽいし、それを断られたらそれなりのショックもありそう。

 私自身、もし指名されたら断る自信がある。

 デートとか面倒だし。

 そもそも指名されないだろうけど。


「じゃあ、断れなくすればよいのでは?」


 毒島さんそれは、実に単純明快な提案だった。


「でもそれだと、何ていうか、効力が強すぎないか? 地道にマッチングに期待するよりも、指名権獲得に賭ける気持ちの方が大きくなりそう」

「運営側の意見としては、会に参加してくれるモチベーションになるなら、別にそれでも良いと思いますが」


 アヤセと毒島さんの間で議論が煮詰まる。

 会そのものの趣旨が変わってしまいそうな懸念も分かるし、参加してくれる人を増やせるなら何だってしたらいいという気持ちも分かる。


「宍戸さんは、どうかな。発案者として、答えじゃないにしろ、どういう風に会を楽しんでもらいたいとか……」

「わたし、ですか……?」


 私の突然の振りに、宍戸さんは驚きながら、ちょっぴりたじろいだ。


「あの、だったら私、先に良いですか?」


 穂波ちゃんが手をあげたので、私は「もちろん」と頷き返す。


「私は、副会長の意見に賛成です。マッチングしてデートするとこまで含めてのイベントなら、ちゃんとそこまで楽しんで欲しいですし」


 イベント単位で見れば、そういう考え方もあるだろう。

 デート権とデート費用のカンパはイベントの景品みたいなものだし、それが使われないというのはイベント自体の失敗を意味するとも言える。


 そんな穂波ちゃんの意見で少しは気持ちの整理ができたのか、宍戸さんもおずおずと手を上げた。


「私も……指名で確実にマッチングするので良いかな、と思います。でもそれならわざわざ指名されるような……その〝素敵な生徒さん〟と言える方にも、何か特典があっても良いのかな……って」


 すると、アヤセが納得した様子で頷く。


「特典の内容次第だけど、それなら強制マッチングじゃなくても、断るやつはそういないかもな。あと、〝素敵な生徒さん〟って響きがなんかよかった」

「あ、ありがとうございます……」


 宍戸さんは、ホッと胸をなでおろしていた。

 それを見届けて、アヤセがこっちにさりげなくウインクを飛ばす。

 これ、わざとアラを探すような意見を出したなこいつ。

 これだからコミュ強は。

 そこは素直にありがとうだよ。


「それじゃあ、ダブルチャンスの特典の内容と、あとは会の途中のレクリエーションの内容まで一気に決めてしまおうか。とりあえず、雑多に意見を出して貰えると。はい、狼森書記は本業の時間だよ」

「うわあ、人使いの荒い会長様だ」


 アヤセは言葉とは裏腹に、笑いながらホワイトボードのマーカーを手に取る。


「よーし、それじゃあブレストの時間だぞー。手なんて上げなくていいから、思いついた傍からバンバン意見出してちょーだい。私が全部拾って書くから」


 そうして会議は円滑に回る。

 狼森書記様様である。


 それを上手いこと指揮してるように見せかけて、あんまり意見を言わずに済ませるのは、何を隠そう私の得意技だ。

 話を広げてくれる後輩が入ったのは、本当にありがたいことだね。

 何かあった時の責任は取るので、それだけは安心して任せて欲しい。