テスト期間と言えば勉強会だ。
これはもう切っても切れない関係と言っていい。
正確に言えば、私は別に切ってもいいのだけれど、それでごねるのは他ふたり。
私も親友ふたりに泣きつかれたらそりゃ力になるし、一緒に勉強するのもやぶさかではない……というのは建前で、それぞれ部活やらなにやらが忙しくてなかなか集まる暇がない時期に、こうして口実を得られるのは嬉しいことだった。
今回の勉強会はウチではなく、アヤセの家が会場になった。
なんでも彼女の実家であるところの
それで私服の私とユリに対して、彼女だけ場違いの和装となっている。
実家がお店ってのは大変そうだなと人ごとに思いつつ、こちらとしてはおやつの和菓子を提供して貰えたので嬉しいばかり。
それに、今日はもうひとつ気分のいいことがあった。
あのユリが珍しく、真面目に勉強に打ち込んでるのである。
「普段からそれぐらい勉強に打ち込んでくれたらいいのに」
普段はコンタクトだからとかけてない眼鏡に、なんでかハチマキまで締めて、見た目からやる気が伝わってくる。
「今回だけは頑張らないといけないんだよー」
「いい点とったらご褒美でも貰えるとかか?」
アヤセの「ご褒美」という単語に、頬が熱くうずいた。
慌てて手のひらで自分の頬を叩いて、うずきを止める。
「その逆ー! 赤点取っちゃダメなのー!」
ユリは泣き言を言いながら、手だけは止まらずに日本史のノートをめくり続けていた。
「チア部がね、今年は特に成績が悪いらしくてね、顧問の先生が赤点取ったら補習まで練習禁止ってー! しかも連帯責任で、ひとりでも取ったらみんなが!」
「そりゃまたずいぶんと酷なことを……」
アヤセは苦い笑みを浮かべて、慰めるようにユリの肩を叩いた。
確かにエグイ罰則だけど、それでユリみたいなやつもちゃんと頑張るんだから、チア部の結束は固いもんだと感心する。
伊 私の率直な感想に、ユリはしみじみとした笑顔を浮かべながら唸った。
「みんなしてないと安心しちゃうんだよねー。これも絆だよねー」
「そんな絆なら捨ててしまえ」
「がーん! ひどい!」
いくらショックを受けたところで、高校生としては何も間違ったことを言ってないと思うけど。
「そもそも勉強しない筆頭があんたでしょうが」
「あ、バレた?」
「つまりあれか。ユリは病原菌ってわけだな」
「ばい菌じゃないもん。ふたりしてひどいよお」
「後輩たちにまで感染してなきゃいいんだけど」
そんな希望を口にしたところで、合格発表のときの騒ぎを思い返せば、現実は言わずもがなだろう。
人望ある――そう、人望ある先輩のやることは、後輩たちにとっては戒律と同じなんだ。
下手に人望があるから――
「どうして星は、そんな憐みの目であたしを見てるの?」
「出会いってタイミングが大事だなって思って」
「おお……なんか深いこと言ってるよ?」
「言うほど深いか?」
「私に聞かないでよ」
ユリからアヤセに、アヤセから私に質問がめぐってきて、そこでぶっつりと切り捨てる。
私は深いことを言いたかったんじゃなくって、単純にユリと出会ったチア部の後輩たちの幸運と不幸を労わりたかっただけだ。
私だって、後輩や部下ならまだしも、ユリを先輩や上司に持ちたくはない。
そういう意味では、同級生であることは関係性を構築するうえでは一番適した距離なのかもしれない。
同じ年に生まれてきてくれて本当にありがとう。
「ところで、たった今、ツッコむタイミングをうかがってたんだけどさ」
私が話をぶった切ったのをいいことに、アヤセが話題の主導権を握る。
彼女はユリの手元を指さす。
「あっ」
そこまでされて、私もようやく「そのこと」に気づいた。
「えっ、なに?」
ユリはきょとん顔で私たちふたりの顔を交互に見る。
私たちは顔を見合せて、それからまたかわいそうなものを見る目でユリのことを見た。
「日本史……中間テストないだろ」
最初に気づいたアヤセが、無慈悲な一刀を振り下ろす。
すっぱり脳天から真っ二つにされたユリは、「ぎゃっ!」と小さな悲鳴をあげて、テーブルの上に倒れ伏した。
「なんでもっと早く言ってくれなかったのさ!?」
「いや、すまん。私もつい今しがた気づいて」
「まあ、同じく」
涙目で抗議するユリに、私とアヤセはしどろもどろに答える。
彼女がこんなに真面目に勉強する姿なんて珍しくて、ありがたくて、見守ってあげたくなって、何の勉強をしてるのかなんて一切気にしていなかった。
たとえそれが、期末テストで学期分をまとめてテストされる日本史Aだったとしても――
「うわーん、ヤダヤダ! なけなしのやる気が一気になくなっちゃったよー!」
それまでの頑張りが全部無駄だったと知り、ユリは駄々っ子みたいに泣きわめいた。
アヤセがあやすように背中をさする。
「気を取り直して世界史とかやろうぜ……な? 落雁、食うか?」
「食べるー! でもやる気はなくなったー!」
ユリは、差し出された一口サイズの砂糖菓子をヤケになってむしゃむしゃ食べる。
そこまで落ち込まなくても……というのが正直なところだけど、チア部みんなの命運がかかっているとなれば、それしきの駄々で時間をつぶしてしまうのももったいないんじゃないだろうか。
「ほら、チア部のために頑張る頑張る」
「もうー、星の応援はいつも雑だよ! もっと心を込めて! ギブミーチア!」
言葉でせっついた私に、ユリは「かかって来いよ」と言わんばかりに両手で自分のことを仰ぐ。
実はもう立ち直ってるでしょ。
これはただかまって欲しいだけのアレだ。
たぶん。
「じゃあ、元気の出ること言ってあげる」
「おっ、いいね! なに、なに?」
「来週の日曜日、吹奏楽部の定演に行こう。チケット貰ったから」
「えー、ほんとに?」
ユリが目をキラキラ輝かせて食いついた。
言葉なんかよりも、よっぽど効き目アあったようだ。
ありがとうスワンちゃん。
「アヤセも行こう。スワンちゃんにもらったやつだから。あと、宍戸さんも連れてくつもり」
「え、それは大丈夫なのか?」
「私が連れてきたいから」
そう言い添えると、アヤセは笑顔で「そっか」と言葉を返す。
チケットは確か五人まで入れるって言ってたし、これで私を入れて四人……あとひとりは、まあ、穂波ちゃんかな。
この流れなら。
あとでメッセを送ってあげよう。
そういえば、昨日のお疲れさまも送ってないし。
一方のユリは、突っ伏していた体を起こして、両手で力こぶを作ってみせる。
ほうれん草を食べた後のポパイみたいだ。
「ちょっとやる気出た! これで一教科くらいは頑張れそうな気がする!」
全教科頑張りなよ、と言いたいところだけど、せっかくのやる気がなくなってしまっても困るので、もう一度一言「頑張れ」とだけ添えた。
私もこのまま、もう一息頑張ろう。
中間テストは文字通りの通過点でしかなく、本番はこの先にまっている。
毒島さんとの決着をつける、月末の模試が……。