鉄の巨人はあきらかに、これまでの陣の攻撃とは異質だった。
人のように動き、振る舞い、セリンとルーシーを相手取る。さらに、彼は腰に佩いた鉄の棒を抜くと、俺の嫁たちを打ち据えようとした。
「う゛ぉぁああああ!!!!!!」
陣内に木霊する叫び声はまちがいない。
遺跡の外で聞いた咆哮だ。
とすると、この鉄の巨人こそがこの遺跡の脅威に間違いない。
「くっ! なかなかやりはるなぁ! 廊下に戻る隙を与えてくれへん!」
「それなら、倒してしまえばいいだけの話でしょ! 招雷打震!」
セリンの雷が鉄の巨人を射貫く。
しかし、これまでと違い鉄の巨人を砕けない。
どうも先ほどまでの鉄柱とは質が違うらしい。自分の術が効かない敵に、竜王の娘はほぞを噛むと、振り下ろされる鉄柱を躱した。
強力な敵だが動きは単調。
隙さえできれば、なんとか逃げられるだろう。
問題は、その隙をどう作るか――。
「セリン! ルーシー! 助太刀するぞ!」
「ダメです旦那さま! こいつは危険です! 旦那さまの相手には余ります!」
「旦那はん! ええこやから、そこでステラはんとおとなしう見とってんか! 大丈夫、ウチも田舎娘も、この程度で死んだりしいひんよってに……!」
俺では力不足。
かえって足手まといだった。
その時、鉄の巨人が握りしめた鉄棒を上段に構える――。
「ヂェズドォオオオオオオオオオッッッッ!!!!」
セリンの雷の術に負けじと劣らぬ鉄の稲妻が降る。
これまでの一撃とは明らかに質が異なる攻撃を、セリンがまた雷を使って止めようとした。だが、鉄の身体を縛める呪縛さえも、その一撃は引きちぎる――。
術を放っているセリンの頭上に鉄棒が迫る。
すると――その身体を、黒い前脚がかっさらった。
「ぼーっとしとる暇はあらへんで、田舎娘」
危機一髪。
今度はルーシーがセリンを助けた。
「あ……ありがと」
「よう周りを見いや。おのぼりはんやから、きょろきょろすんのは得意やろ?」
「なっ! なによっ! せっかく、素直に感謝してあげたのに!」
「それより……向こうはん、ひとつやる気が上がったみたいやなぁ」
「……そうみたいね」
これからが本気とばかりに、鉄の巨人がその関節を鳴らす。
その頭部――兜に入ったスリットから赤い光を放ったかと思うと、鉄の巨人はさらなる斬撃を俺の嫁たちに見舞った。
なにもできない自分がはがゆい……。
そんな俺の肩をステラが叩く。
「おに~ちゃん。そのおね~ちゃん、どうするの?」
「そうだった! 彼女のことをすっかり忘れていた!」
この結界を破るヒント。あきらかな特異点。ルーシーとセリンが、その身を危険にさらしてまで、回収してくれた銀髪の乙女を、俺はようやく思い出した。
俺の胸から膝上に移動した彼女は――明らかに呼吸をしていなかった。
けれども、死んでいるようにも見えない。
その不思議な顔色に俺もステラも首を傾げる。
そう言えば、さっきの叫び声。
もしもアレが、この霊廟に何者かが侵入し、それを排除するためのものだとしたら?
「この娘も戦ったのか? あの鉄の巨人と?」
そして、敗北して小川に沈んでいたのだろうか?
既に生命活動を停止した銀髪の美少女。
どうやっても、その事実をたしかめる術はない。
けれども俺は――まるで引き寄せられるように彼女の頬に触れていた。
清流に晒された彼女の頬は驚くほどに冷たい。
まるで氷風穴の氷塊のよう。
宮廷魔術師に氷の魔法もぬるい。
話に聞く本国の冬の厳しさもかくや――。
「って、なんだこれ冷たい! どうなってるんだ! 人の体温じゃないぞ!」
「ピガガガッ! 排熱処理90%完了! スタンバイモードに移行します!」
「わぁ、きゅうにおねえちゃんしゃべったのぉ~ッ!」
「なんだなんだ、いったい……!」
生きているはずのない銀髪の美少女。その関節が動き始める。
目をとじたまま、その場に自立した彼女は、銀糸を流星群のごとく振りまき、綴じられていた瞼を開いた。
長い睫の中に隠されていたのはエメラルドの瞳。
血の通わぬ身体にも関わらず、鮮やかに色づいた唇が揺れる。
「終末決戦人型仙宝白星娘々起動」
「人型仙宝」
「よくわかんないけど! なんだかすごいのぉ~ッ!」
のんきにおどろくステラ。一方で、俺はあまりのできごとに心がついていかない。
いったい彼女は何者なのか? 仙宝ということは、神仙なのか?
だとしてやはり、あの鉄の巨人と戦ったのか?
「前方に高エネルギーを確認。陰陽拮抗、理想的な仙力です」
「……なんのことを言っているんだ?」
「対象と言語の差異を確認。これより、知性レベルに合わせた、コミュニケーションインターフェイスのキャリブレーションを開始する」
なにも分からぬ俺の前で、銀髪の少女は再びその瞼を閉じる。
そして――。
「……完了。白星娘々、あらため現地名ヴィクトリア、リブート」
「ヴィクトリア?」
「はい。私は貴方に勝利を捧げるために参りました。どうかご安心ください、マスター」
再び開いた緑の瞳に光を宿し、微かにその口の端をつり上げた。