小川に沈む謎の美女。
銀色の髪に白い肌。清流と代わらぬ青いドレス。
まるで西洋のおとぎ話に出てくるような美少女に、たちまち目を奪われた。
こんな美少女が、なぜこのような場所に?
なぜ小川に沈んでいるんだ?
だが、やはり一番気になるのは――なぜ彼女が、結界術の対象にならないのかだ。
「セリン! アレを見てくれ! 俺たち以外にも、ここに人がいる!」
「えぇっ⁉ そんなバカな……って、本当だわ!」
「あらぁ~? あんなところでスヤスヤと、風邪ひいてもしらんえ?」
「いや、そもそも生きているのか?」
口喧嘩を止めて、セリンとルーシーがこちらにやってくる。
俺を挟んで欄干の前に並んだ彼女たちは、澄んだ川の中にその身を浸す、銀髪の美少女を眺めてため息を吐いた。
美女二人が息を吐くほどの美貌。
綺麗だとは俺も思ったが、よもや女性さえ魅了するほどとは。
幻想的な庭も相まって、ますますその姿は美しく見える。
そんな美女に魅了されたのか――。
「なんとか彼女を、こちらまで運べないかな?」
俺は大事な妻たちを前に、うわついたことを口走った。
「旦那さま? これだけ美人を侍らせて、まだ側室が欲しいのですか?」
「英雄色を好むと言わはるけど、限度があると思いますのん」
「ち、違う違う! この結界術を破るヒントが、あるんじゃないかなって!」
「おに~ちゃん? さっきからしんぞ~ばくばくだけど、だいじょうぶぅ~?」
俺の身体に張り付いたステラが心拍の状況を告げる。
じっとりとした妻たちの視線に、流石に俺も首を振った。
なんでこんなことを言ったんだ。
俺の馬鹿野郎。とほほ……。
「まぁ、それはそれとして、気にはなりますぁ……?」
「本当に陣を破る鍵かもしれません。助けてみる価値はあるかと」
俺を意気消沈させながら、美少女を救う方向で話がまとまる。
とにかく、今はこの状況を打破するなにかが欲しい。
小川に眠る乙女は、その何かを持っているかもしれない。
セリンが着物の袖をまくり、ルーシーがこきこきとその脚を鳴らす。
「小川に走るんは、ウチがやるさかい。田舎娘は雷で援護を頼みますえ」
「はん! それが人にものを頼む言い方かしら! ふらつくんじゃないわよ! 間違ってアンタの背中を撃ち抜いてもしらないから!」
「おねぇ~ちゃんたち、なんだか楽しそうなの……」
「そうだな。やっぱり性格が似てるんだろうな……」
あんまり言うとまた怒られそうなの、小声で言っておく。
欄干の中にセリンが構え、屋根の上にルーシーが登れば、準備は万端。
かくして、妻たちによる小川の乙女救出作戦がはじまった。
「いきますえ、田舎娘!」
「いいわよ、泥棒猫!」
力強く八つの脚で屋根を蹴り、ルーシーが跳躍する。
たちまち彼女を狙い、蒼穹を裂いて鉄柱が飛んだ。
ルーシーの身体めがけて飛ぶを、セリンが放った轟雷が打ち砕く。
一本、一本、また一本。
降り注ぐ鉄柱を彼女は淡々と砕いていく。
弾けた柱が粉塵となって漂う中をルーシーは疾駆する。
目指すは小川のほとり。
「……ほら! おねんねの時間はおしまいやで!」
彼女の太い脚が清流に突き入れられる。
前脚で器用に銀髪の少女を抱えた絡新婦は、踊るようにその場できびすを返し、俺たちが待つ廊下に顔を向けた。
しかし、そんな背中に――。
「ルーシー! 後ろッ!」
「あれま? うちが背後を取られるなんて……今日は厄日かしらね?」
突如として巨大な銅像が姿を現した。
いや、銅像ではない。
あれは――鉄でできた人形だ。
突然、神仙が作った陣の中に姿を現した鉄の巨人は、その腕を振り上げると――それまでの鉄柱とは違う、いささか複雑な軌道でルーシーへと振り下ろした。
「旦那はん! 投げるさかいに、受け取っておくれやし!」
「ルーシー!」
「一時でも、夢を見られてうちは幸せでした。ほな、また来世で……!」
死地と悟ったルーシーが、銀髪の少女を投げてよこす。
背中のステラがさっと離れ、俺の胸に乙女が投げ入れられる。
乙女を受け止めながら、視界の先では鈍色の腕が、ルーシーの紫色の髪に迫る。
万事休すか――!
「まったく! 世話がやけるんだから!」
常世の春のような陣の中、セリンの勇ましい声が響く。
神通力が、それとも術か。
一瞬にして、ルーシーの横に移動したセリン。
あと少しで、ルーシーの首に触れようかというところで、巨人の手が止まる。
よく目を凝らせば――巨人の腕に見慣れた紫の雷光がまとわりついていた。
雷と金属は引かれ合う性質がある。
それを利用して、強力な雷でセリンが鉄の巨人を止めたのだ。
この土壇場でよくそんな機転が利く。
流石は龍鳴海峡の主――精海竜王の娘。
「あらぁ、アンタはんのことやから、見殺しにするかと思いましたえ」
「するわけないでしょ! アンタみたいなのでも……死なれたら寝覚めが悪いのよ!」