第25話 絶倫領主、沈んだ美女を見つける

「ぴぇええええッ! おね~ちゃん! る~し~さん! こわがったよぉおおおッ!」


「よしよし。もう大丈夫ですからね、ステラさん」


「今度から勝手に飛び出したりしたらあかんえ。あんまり悪さする小鳥は――絞めて、血い抜いて、鶏鍋にしたるさかいになぁ?」


「ぴぃいいいいッ! る~し~さんもごわいのぉおおおッ!」


 竜王の娘と絡新婦の女王。

 息のあったコンビネーションにより、セイレーンの末姫は救出された。


 実際、見事な連携だった。

 阿吽の呼吸とでも言うべきか。

 セリンの雷でステラがどう逃げるか、予測できないと不可能な動きだった。


 セリンに合わせたルーシーがすごいのか。

 それとも、ルーシーを動かしたセリンがすごいのか。


 なんにしても――。


「なかなか、息がぴったりじゃないか? 二人とも気が合うんじゃないか?」


 第一夫人と愛人の連携に俺は拍手を送った。


「「誰がこんな奴と!!!!」」


「……あ、はい、すいません」


 しかし、返ってきたのは強い否定の言葉。

 せっかく褒めたのに、すぐに二人は竜虎のように睨みあうのだった。


 うぅん、ナイスコンビだと思うんだがな。

 どうして仲良くできないのだろう。


 もしや……同族嫌悪?


「おに~ちゃん。これからどうするの……?」


「そうだった。まずは、この結界術から出る方法を考えなくては……!」


 命の危機にさらされたステラが、ぴたりと俺の背中に抱きついてくる。

 幼い第二夫人を背負いながら、俺はさてどうしたものかと頭を捻った。


「セリン。結界術を破る方法というのはないのか?」


「ありませんね。結界術はそういうものですから」


 必殺必中の大技。

 よくもまぁ、神仙たちもこんなものを考える。

 もっと、霞を食って生きる術とか、不老不死になる術だとか、そういうものを習得するべきではないだろうか。


 いや、西洋の錬金術師を考えると、あまりえらそうなことも言えないな。


 東西を問わず、頭のいい人間の考えることは分からん。


「しかし、こんなところで死ぬわけにはいかん。なんとしても術を破らなくては」


「せやなぁ、こんな寂しい所で、死んで骨になって幽霊になるのは、ごめんやわ」


「おうちにかえりたいのぉ~ッ!」


 ルーシーが深いため息を吐いて髪を撫でる。

 ステラがいやいやと身体を揺らして翼を振る。


 口々に陣の外に出たいと嘆く俺たち。

 そんな中、はっと彼女が赤い瞳を見開いた。


「……待ってください! この陣ならもしかしたら、破れるかもしれません!」


「この陣なら?」


「なんや、ここの結界は特殊な事情でもあらはるん?」


「ここは霊廟! 死者の魂の休まる場所! つまりこの陣は、霊廟を荒らし回る盗掘者を倒すために編まれたものです!」


 なるほど。

たしかに結界術が発動するとき、そんな声がしたな。


 金華洞の猿叫大師。

 その眠りを妨げる者は容赦はしない。


 セリンの推理は間違っていない。

 しかし、それがなんで陣を破れる可能性に繋がるんだ?


「つまりですね! この陣を編んだ術者は――この霊廟の主! 死んでいるんです!」


「そんなん、言われんくてもわかりますえ。そんなえばって言うことやの?」


「本当にわかってないのねぇ! いい? つまり、術者はなんらかの方法で、陣を破られているの! 神仙が死ぬなんてそうそうにないわ! 彼らは不老不死の術を習得し、普通の人間にはまず殺せない! それでも神仙と戦えば滅びることはある!」


「……ふむ、なるほど。つまりここに眠る神仙は、必殺の術を持ちながら殺された」


「つまり陣が破られた証拠です!」


 さらに、セリンは息巻く。

 結界術と術者は二つで一つ。

 術者を欠いた状態では、その力の半分も出せないのだという。


「実際、私たちを攻撃する手は温い! 術者が生きているなら、この通路の中にいようといまいと、陣は必殺の効能を発揮するはず!」


「なるほど。言われてみると妙だな」


「せやけど、破れるかもってだけですやろ? 破る方法は、分からへんのやないの?」


「それは……これからみんなで考えるのよ!」


 ルーシーの挑発に、軽く乗せられ怒るセリン。

 どうしてこうも絡新婦の口車に、竜王の娘は簡単に惑わされるのか。


 二人の喧嘩から逃げるように、俺は庭の方へと顔を向けた。


 欄干の向こうに広がる園は、まるでうららかな春の陽気を切り出したかのよう。

 酒宴でも開きたくなる絶景にも関わらず、ひとたび脚を踏み入れれば必殺の術の餌食になってしまう。なんだか惜しいなと、肩を落とす俺の背中で――。


「おに~ちゃん? あれ、なぁにぃ~?」


「うん、アレって……?」


 ステラが何かを見つけて、俺の頬を掠めて手を伸ばした。


 小さく丸い人差し指が向けられたのは小川のほとり。

 澄んだ清流の中。まるで眠るように横たわる女性の姿がそこにあった。


 水の精霊か。

 はたまた妖魔の類いか。

 なんにしてもまたひとつ謎が増える。


「なんで彼女は、この結界術に襲われないんだ……?」