「ぴぇええええッ! おね~ちゃん! る~し~さん! こわがったよぉおおおッ!」
「よしよし。もう大丈夫ですからね、ステラさん」
「今度から勝手に飛び出したりしたらあかんえ。あんまり悪さする小鳥は――絞めて、血い抜いて、鶏鍋にしたるさかいになぁ?」
「ぴぃいいいいッ! る~し~さんもごわいのぉおおおッ!」
竜王の娘と絡新婦の女王。
息のあったコンビネーションにより、セイレーンの末姫は救出された。
実際、見事な連携だった。
阿吽の呼吸とでも言うべきか。
セリンの雷でステラがどう逃げるか、予測できないと不可能な動きだった。
セリンに合わせたルーシーがすごいのか。
それとも、ルーシーを動かしたセリンがすごいのか。
なんにしても――。
「なかなか、息がぴったりじゃないか? 二人とも気が合うんじゃないか?」
第一夫人と愛人の連携に俺は拍手を送った。
「「誰がこんな奴と!!!!」」
「……あ、はい、すいません」
しかし、返ってきたのは強い否定の言葉。
せっかく褒めたのに、すぐに二人は竜虎のように睨みあうのだった。
うぅん、ナイスコンビだと思うんだがな。
どうして仲良くできないのだろう。
もしや……同族嫌悪?
「おに~ちゃん。これからどうするの……?」
「そうだった。まずは、この結界術から出る方法を考えなくては……!」
命の危機にさらされたステラが、ぴたりと俺の背中に抱きついてくる。
幼い第二夫人を背負いながら、俺はさてどうしたものかと頭を捻った。
「セリン。結界術を破る方法というのはないのか?」
「ありませんね。結界術はそういうものですから」
必殺必中の大技。
よくもまぁ、神仙たちもこんなものを考える。
もっと、霞を食って生きる術とか、不老不死になる術だとか、そういうものを習得するべきではないだろうか。
いや、西洋の錬金術師を考えると、あまりえらそうなことも言えないな。
東西を問わず、頭のいい人間の考えることは分からん。
「しかし、こんなところで死ぬわけにはいかん。なんとしても術を破らなくては」
「せやなぁ、こんな寂しい所で、死んで骨になって幽霊になるのは、ごめんやわ」
「おうちにかえりたいのぉ~ッ!」
ルーシーが深いため息を吐いて髪を撫でる。
ステラがいやいやと身体を揺らして翼を振る。
口々に陣の外に出たいと嘆く俺たち。
そんな中、はっと彼女が赤い瞳を見開いた。
「……待ってください! この陣ならもしかしたら、破れるかもしれません!」
「この陣なら?」
「なんや、ここの結界は特殊な事情でもあらはるん?」
「ここは霊廟! 死者の魂の休まる場所! つまりこの陣は、霊廟を荒らし回る盗掘者を倒すために編まれたものです!」
なるほど。
たしかに結界術が発動するとき、そんな声がしたな。
金華洞の猿叫大師。
その眠りを妨げる者は容赦はしない。
セリンの推理は間違っていない。
しかし、それがなんで陣を破れる可能性に繋がるんだ?
「つまりですね! この陣を編んだ術者は――この霊廟の主! 死んでいるんです!」
「そんなん、言われんくてもわかりますえ。そんなえばって言うことやの?」
「本当にわかってないのねぇ! いい? つまり、術者はなんらかの方法で、陣を破られているの! 神仙が死ぬなんてそうそうにないわ! 彼らは不老不死の術を習得し、普通の人間にはまず殺せない! それでも神仙と戦えば滅びることはある!」
「……ふむ、なるほど。つまりここに眠る神仙は、必殺の術を持ちながら殺された」
「つまり陣が破られた証拠です!」
さらに、セリンは息巻く。
結界術と術者は二つで一つ。
術者を欠いた状態では、その力の半分も出せないのだという。
「実際、私たちを攻撃する手は温い! 術者が生きているなら、この通路の中にいようといまいと、陣は必殺の効能を発揮するはず!」
「なるほど。言われてみると妙だな」
「せやけど、破れるかもってだけですやろ? 破る方法は、分からへんのやないの?」
「それは……これからみんなで考えるのよ!」
ルーシーの挑発に、軽く乗せられ怒るセリン。
どうしてこうも絡新婦の口車に、竜王の娘は簡単に惑わされるのか。
二人の喧嘩から逃げるように、俺は庭の方へと顔を向けた。
欄干の向こうに広がる園は、まるでうららかな春の陽気を切り出したかのよう。
酒宴でも開きたくなる絶景にも関わらず、ひとたび脚を踏み入れれば必殺の術の餌食になってしまう。なんだか惜しいなと、肩を落とす俺の背中で――。
「おに~ちゃん? あれ、なぁにぃ~?」
「うん、アレって……?」
ステラが何かを見つけて、俺の頬を掠めて手を伸ばした。
小さく丸い人差し指が向けられたのは小川のほとり。
澄んだ清流の中。まるで眠るように横たわる女性の姿がそこにあった。
水の精霊か。
はたまた妖魔の類いか。
なんにしてもまたひとつ謎が増える。
「なんで彼女は、この結界術に襲われないんだ……?」