気がつけば俺たちは明るい部屋の中にいた。
さきほどまでいた暗い遺跡とは真反対。
磨き上げられた廊下に朱色に塗られた柱。
どこまでも続く長い長い廊下。
欄干の向こうには清流が流れる庭園が広がっている。
それが異常な光景だと気づくのに、そう時間はかからなかった。
「これはいったい? 夢でも見ているのか?」
「ぴぃっ! きれ~なおにわさ~んッ!」
「ほんまや、これは見事やなぁ。けど、なんやろかこの胸騒ぎは……?」
騒ぐ俺たちをよそに、セリンが一人黙り込む。
その顔は、夜伽やルーシーとの戦いでも見たことがないほど、青ざめていた。
これは、間違いなく何かを知っている――。
「……この異様な光景! そして、空気中に満ちる仙気! 間違いない!」
「セリン? なにか知っているのか?」
「場所については覚えはありませんが――術については心得が!」
「術?」
「はい! これこそは東洋の神仙が使う――結界術です!」
神仙の術か。
一応、知識としては知っているが、こんな空間までも作りあげるとは。
西洋の魔法と異なり、東洋の術はなんでもありだな。
ただ、素直に感心していいものではないのだろう。
脂汗を滲ませ、気を張るセリンの様子から、それは明らかだった。
きっと危険な術なのだ。
こんなにも美しく幻想的だというのに。
「陣と呼ばれる結界術は、神仙が秘術の集大成。つまり、必殺の技にございます。結界内に引きずり込まれれば、これを破ることはできません」
「…………なんだと?」
「あらあら、そんなけったいなものなんえ」
「おね~ちゃん、しんぱいしすぎなのぉ~! こんなにきれいなおにわだよぉ~?」
「ダメです! ステラさん、外に出ないで!」
ひょいと庭に飛び出すステラ。
その瞬間、青々とした空に巨大な鉄の棒が生えた。
肝を冷やす暇もなく、それはステラに振り下ろされる。
巨人が棍棒を振り下ろすかの如く。
小さなセイレーンを打擲せんと、無骨な鉄柱が空を裂く。
「ぴっ、ぴぇええええっ! なになに! なんなのぉ~!」
セイレーンだからよかった。
ステラは迫り来る鉄柱をひょいとかわしてみせた。
しかし、それで終わりではない。
かわした先から次々に、鉄の棒が宙から現れる。
宙を舞うステラを打ち据えんと、怒濤の攻撃を仕掛けてくる。
まさに鉄棒の雨あられだ。
「ぴぃっ! ぴぃいいッ! おね~ちゃん! おに~ちゃん! 助けてぇッ!」
まったく状況は分からぬが、とにかくステラを助けねば。
とはいえ、どうすればいい?
逡巡する俺の横で、セリンとルーシーが廊下の縁に立つ。
セリンが得意の術を練り、雷光を空に向かって放てば――それは、ステラに向かって飛来する鉄棒を爆散させた。
微かにできた活路に、ステラが勢いよく飛び込む。
俺たちのいる廊下まであと少し――。
「ぴぃっ⁉ よ、横からぁッ⁉」
その瞬間、まるで狙いすましたように、横薙ぎに鉄棒がステラを襲う。
俺たちに向かって飛び込んできたせいで、逆に軌道を読まれたのだ。
「ステラ!!!!」
万事休すか。
思わず叫ぶ俺の横で。
「ほんに、子供のお世話は大変やわ」
ルーシーの豪腕――下半身の盛り上がった前足が、ステラを襲った鉄柱を弾いた。
危機一髪。
セイレーンは海竜の娘と絡新婦の二人によって救われた。