ルーシの背に乗って遺跡をさらに潜る。
夜目が利くルーシーを頼りに、俺たちは暗闇をどんどんと進んだ。
「こないなけったいな造りになっとったんえ。長いこと棲んどったけど、こないになっとるとは、知らんかったわぁ……」
「けったいな造り? なにかあるのかルーシー?」
「石造りの人形がずらりと並んどります。ひょっとせんでも、霊廟やわ……」
霊廟とは、たしか東洋の王族の墓だ。
西洋では王族の墓はシンプルだが、東洋では死後も王に対し敬意を払い、その功績に相応しい墓を建てる。時にそれは大きな都市にさえなるという。
また、霊廟には、王の魂を慰撫するために、多くの宝物が納められる。
死後も贅沢をしたいのだろう。
ただし、納められた宝物を狙い、霊廟に忍び込む輩も多くいる。
そんな不逞の輩のために、設計者たちはあの手この手で遠ざける方法を考える。
つまるところ――罠だ。
さきほどの咆哮ももしかすると、その一つかもしれない。
「ガーゴイル……か? 廟内にあってもおかしくないな?」
「旦那さま? がぁごいるとはいったいどのようなものなのですか?」
「が~ごいるぅ~⁉ おに~ちゃん、なぁ~に、それぇ~⁉」
「あぁ、魔法で造る動く石像でな。こういう重要施設の防衛のために置かれるんだ。もしかすると、並んでいる石像がそれかもしれない。突然動き出すかも知れないぞ……」
まぁ、ここは東洋だ。
あるとはちょっと思えないが。
しかし、まさかモロルドの領内に、霊廟があったとは知らなかった。
いったいどのような人物が埋葬されているのだろう。
偉大な王だろうか。
いや、王ばかりとは限らない。
王の血族や有力諸侯の墓の可能性もある。
とくに島は、流刑になる貴族も多いからな。
だとしたら、俺と同じ境遇か――。
そう思うと、途端に怖さが和らぐから不思議だ。
「どないしはります旦那はん? もうちょっとだけ進んでみはる?」
「あぁ、行けるところまで行ってみてくれ」
「も、もうかえろうよ、おに~ちゃん! が~ごいるさんがいるかもなんだよ!」
「そうです。霊廟だと分かっただけでも、大きな収穫ではありませんか」
「むぅ、そうか……?」
霊廟をもう少し奥まで探りたい、俺。
引き返したい、セリンとステラ。
どちらでもないルーシー。
ルーシーのおかげで調査はできた。
不気味な咆哮は聞こえたが、特に脅威の陰はない。
遺跡の入り口を誰かに見張らせて、新都から近衛隊を引き連れ本格的な調査をする――というのが、現実的な落とし所かもな。
なにより、ステラも怖がっている。
まだ年端もいかない少女に、遺跡の探索は酷だったか。
一寸先も見えない闇の中、俺にしがみついて震える第二夫人に――。
「よし、撤退しよう。ルーシー、ありがとう。ここで引き返してくれ」
俺は遺跡からの撤退を決意した。
「わかりましたえ。そんならみなはん、全速で地上に帰るさかいあんじょう気いつけはってな? 振り落とされてもしらんえ?」
「誰に言っているんですか!」
「ぴぃっ! おに~ちゃん! おててつないでてぇ~ッ!」
「ルーシー。そんなに急がなくても大丈夫……」
きっと冗談で言ったのだろう。
半笑いで俺は頼りになる愛人に釘を刺そうとした。
しかし――。
「…………あれは、なんだ?」
彼女の肩越し。
視界に入った天井に謎の紋様が浮かんでいる。
思わず喉が鳴った。
東洋でよく見る図柄。
しかしながら、あきらかに邪悪な気配がする。
赤く発光して八角形を描いたそれは、隣を歩く人の顔も見えない闇の中で妖しく輝く。
摩訶不思議とはこのこと。
さらにさらに――。
「紋様? なんのことですか?」
「ぴぇッ! おに~ちゃん! おどろかさないでぇ~ッ!」
「なんも見えはらへんけど? 旦那はん、何か見えはるのん?」
俺以外には見えていない。
これは凶兆か、それとも吉兆か。
いいや、どう考えても凶兆だ。
だとして、なぜ俺だけに見えるのか。
「まさか、母さんに関係があるのか……?」
独りごちったまさにその時、赤い八角形のい紋様が眩く発光した。
そして――。
「汝、その姿は九龍山の登仙なりや! この地に眠るは、金華洞の猿叫大師なり! 師の秘宝・秘術は誰であっても渡すまじ――!」
「なっ⁉ い、いきなり何を……⁉」
「食らうがいい! これなるは猿叫大師が生み出しし秘術が一つ! 烙魂機天陣!」
謎の声とともに、俺たちは赤い光に包まれた――!