目の前の銀髪の乙女に聞きたいことは山ほどあった。
さきほどの言葉の意味は?
どうして結界術の中で眠っていたんだ?
身体が冷たいのはどうして?
しかし、今も鉄の巨人と戦いを繰り広げる嫁たちを思えば、まず彼女に聞かなければならないことは――これだった。
「勝利を捧げると言ったな、ヴィクトリア! なら、この陣を破れるのか!」
まったく他人頼りで情けないが、今は嫁たちの救出が最優先だ。
暴れ回る鉄の巨人を倒す方法を考えなければ。
はたして俺の問いに、銀の乙女の銀髪が揺れる。
「はい、可能です」
「では頼む! 今すぐにセリンとルーシーを助けてくれ!」
視線の先では、セリンとルーシーが巨人相手に大立ち回りを繰り広げている。
紙一重でかろうじて避けているが、いつその頭蓋を鉄柱が打ち砕くか分からない。
しかし、ヴィクトリアなら、あの戦いを止めることができるのだろう……!
「はい、承知いたしました」
俺の求めに彼女はワンピースの裾を摘まんで上品にお辞儀をする。
そして――俺に背中を向け、おもむろにその手を庭に向かって突き出した。
途端、白い腕が異形に変じる。
白百合のような手が、まさしく花弁のように開き、その先端に青白い光が煌めいた。
さながらそれは、闇夜に輝く星辰であった。
「仙宝! 降魔杵オープン! 対象ロックオン! 仙力充填開始!」
「おぉっ! なんだかよく分からないが、すごいぞヴィクトリア!」
「ぴぃっ! すごいすごいすごぉ~い! ヴィクトリアすごいのぉ~!」
セリンの雷の術に負けじと劣らぬ。
いや、もしかすると勝っているかもしれない。
この光の一撃が、鉄の巨人を撃ち抜けば、あるいは――。
そんな期待をした矢先、プスリという音と共にヴィクトリアが身体を震わせた。
同時に彼女の掌中の光が、急速にしぼみはじめる。
「深刻なエラー! 仙力のリソースが枯渇しています! 充填率9%!」
「なっ! 魔力切れということか⁉」
「はい。さきほどの猿叫大師との戦闘で、仙力を使い果たしました。彼の者が復活した時のためにと、フル充電でスリープしていたのですが……バッテリーが経年により劣化していたようです。すぐに、仙力のチャージが必要です」
「分かった! どうすればチャージできるんだ! 教えてくれ!」
「【警告】仙力の注入方法は、この文明において罰則行為とみなされる可能性アリ」
「よし! なんだかなにをしなくちゃいけないか、分かった気がする! やめてくれ、流石にこんな状況では無理だ!」
「【警告】仙力注入インターフェイスの形状が異常です」
「そういうのもいいから!」
「【深刻な不具合】仙力注入インターフェイスが大きすぎます! 太すぎます! 無理な注入・接続を敢行した場合、ヴィクトリアの身体に深刻なダメージが!」
「だからいいって言ってるだろ!」
「【情報】接触型インターフェイスによる、遅延ローディングが利用できます」
「他の方法があるならはやく言ってくれ!」
「マスター! 私の身体に密着してください! 単純接触で仙力をチャージします!」
それもそれで、この緊迫した状況でどうなのだろう。
戦闘中じゃなかったら、絶対にセリンもルーシーも怒るよな。
ステラも「おに~ちゃん、えっちなの……!」と睨んでる。
けれども、大切な嫁を救うため。
背に腹は代えられない。
「分かった! 触れるぞヴィクトリア! 必ず鉄の巨人を倒してくれ!」
「仙力の接触充電開始! 10%! 13%! 25%! 50%!」
「……なんかはやくないか?」
「マスターの仙力があまりに強力なのです! くっ! すみません、接触充電だというのに、こんなにも仙力をチャージしたら……!」
「どうした! 我慢せずに言え、ヴィクトリア!」
「んほぉおおおおおおおおおおッ♥♥♥ マスターのあっちゅいあっちゅい仙力でぇええええッ♥♥♥ ヴィクトリアの
「やっぱり黙っててくれ! ステラに悪影響だ!」
くだらないやりとりをしている合間にも、ヴィクトリアが突き出した腕に光が集まる。
俺の身体に蓄えられた仙力らしいが――気がつけば人くらいの大きさになっていた。
こんなに俺って仙力を蓄えているのか?
というか、仙力ってなんだ?
たぶんヴィクトリアに尋ねると、気まずい説明をされるのだろうけど。
「充填率120%! オーバーチャージ! 降魔杵発射スタンバイ!」
「セリン! ルーシー! 退けぇえええッ!!!!」
俺のかけ声に、状況を察した二人が鉄の巨人から距離を取る。
戦う相手を見失い、少し動作が遅くなった巨人が――こちらに気がつく。
だが、もう遅い。
「う゛ぉぁああああ!!!!!!」
「悪仙滅すべし! 降魔杵――発射!」
その声と共に、結界術で作られた庭園は、白い光に包まれるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「で? 気がつけば遺跡が吹っ飛び、お前ら五人は更地の上で寝ていた、と?」
「あぁ、信じられない話だがな……」
場所は変わって新都。
探検を終え、休息を取った俺は、未だ寝込んでいる妻たちを見舞うと、執務室へと顔を出した。近衛隊長のイーヴァンに、今回の冒険とその顛末を語るためだ。
とはいえ、こんな意味不明な説明しかできないが。
外で見ていたマーキュリー曰く。
「いきなり遺跡が爆発して、白い光が天に向かって伸びたんだ! 急いで私たちと絡新婦たちは回避したけれど、一歩間違えば死人が出るところだったよ……!」
とのこと。
どうやら、陣を破るだけでは足りず、その外まで焼いてしまったようだ。
はたしてこれは、ヴィクトリアの仙宝がすごいのか。
それとも、俺が持っている膨大な仙力がすごいのか。
答えは、戦いから眠り続けるヴィクトリアに聞かないと分からなさそうだった。
命の恩人だ。無事に目を覚ましてくれるとよいのだが……。
「しかし、やるな絶倫領主よ。一度の遠征で、二人の姫を拾ってくるとは。いや、これは絶倫というより、好色領主と名を改めるべきかもしれませんな!」
「からかうなよ。というか、笑い事じゃないんだからな」
俺の話を聞き終えたイーヴァンが歯を剥いて笑う。
怖がって吉祥果の森にはついてこなかったくせに。
近衛隊長が聞いてあきれるよ、まったく。
「鬼の正体も、協力も取り付けられたことですし、すぐに吉祥果の森に人を送って、輸送拠点を整えましょう。あぁ、道路の整備も必要ですね。新たに、島の中央を横断する中央道の建造に着手するよう、官吏たちを集めて話をすすめておきます」
「そうしてくれ。あとは頼んだ……」
「おや? こんな昼間から、愛しい姫君の閨に向かわれるんですか?」
「だからからかうなって!」
誰も好きでこんなことになってるんじゃない。
そう言いかけて、俺は口をぐっと噤んだ。
流石に妻たちに失礼だよな。
なんにせよ、かくして俺たちの大冒険は幕を閉じた。
あとはそろそろ育ってきた官吏たちが、いいようにしてくれると信じよう。
これにて一件落着。
「しかしですな我が君。新しく道を敷くとなると、草の民が黙っておりませんぞ?」
「…………そうだ。そのことをすっかり忘れていた」
と言いたいのだが、まだまだ領国経営には問題が山積み。
一難去ってまた一難。試練がすぐに待ち構えているのだった。