ルーシーを説得した俺は、さっそく鐘楼から地面に降りた。
読み通り遺跡は絡新婦たちのねぐらで、俺たちに彼女たちはすぐ群がってきた。
「みんな、やめや。このお方は、うちの大事な旦那はんやさかい……」
しかし、ルーシーが凄むと、彼女たちは一斉にその場で動かなくなった。
冷や汗を流して凍りつく絡新婦たち。
風が吹いても手の先すら動かない。
みな、ルーシーに気圧されていた。
「ぴぇえぇ……る~し~おね~さんって、こわいひとぉ~?」
「そうみたいだな」
「絡新婦たちのボスというところでしょうか? いけすかないですね……!」
怯えるステラに、対抗心をむき出しにするセリン。
海上では分からないが、陸上での戦いはルーシーは頼りになりそうだな。
心強い仲間を得ることができた。
「ほな、これからうちらはケビンはんの傘下に入ります。あんじょうよろしう」
「いいのか? なんだかワケありという感じだったが……?」
「心配あらしまへん。うちも覚悟を決めました。たとえ子孫を残せなくても、ケビンはんの女になれるなら……本望どす♥♥♥」
ルーシーはまるで姫でも扱うように俺を抱きかかえた。
これは逆ではないのだろうか?
セリンにしてもそうだが、俺はどうも嫁さんに頼りっきりだなぁ。
「こらっ! なれなれしくベタベタするな! 私はお前のようなどこの馬とも知らぬ奴の嫁入り、絶対に認めませんからね! 正妻権限で拒否させていただきます!」
「なんで許可を得やなあきまへんの? 愛し合う二人の愛に割って入るやなんて……ケビンはん、こんなん三行半をつきつけて、田舎に帰した方がええんやおまへんか?」
「言ったわねアンタ! もう絶対に認めませんから! だいたい、人を食わなくちゃ生殖できないのに、後宮に入ろうっていうのが……!」
「セリン、ルーシー、それなんだが……俺に考えがあるんだ」
俺を慕うばかりに、暴走しかけているセリンを制する。
そして、種族の呪縛に縛られながらも、俺のために尽くすことを誓ってくれたルーシーのため、俺は自分が彼女にできる最大限の誠意を伝えた。
好きになった相手を喰らわなければ子を成せない。
人間社会で、それはとんでもなく異質な性質だ。
だからこそ彼女たちはこの森に隠れ棲まい、その存在を隠してきた。
吉祥果の森の鬼子母神という畏怖さえ受け入れて。
しかし――。
「俺が思うに、生殖後の捕食は本質的に意味がない行動だ。必要なのは男性の精子であり、相手を食べるのは――子を育てるための栄養を補うためではないだろうか?」
「どないしてそう思いはるん?」
「西洋の蜘蛛にも似たような性質があるからだ」
一部の蜘蛛が生殖後に雄を喰らうことが知られている。
蜘蛛が化けた絡新婦にも、そんな習性があってもおかしくない。
もちろん、確証はない。
だが、種の宿命を悲観し、人間社会から逃げる必要もない。
「つまりだ。生殖のあと、栄養のあるものを食べれば、捕食の必要はなくなる」
「……そないしたら、うちはケビンはんの子供を身ごもれる、ってこと?」
「…………おそらく!」
そしてそれは、他の絡新婦たちも同じだ。
彼女たちも好いた相手との間に、子を設けることができる。
そして、一緒に暮らすこともできるのだ。
ワッと遺跡に歓声が湧く。
ルーシーの威圧に固まっていた絡新婦たちは、すぐさま近しい者たちと抱き合い、呪縛から解放されたことを喜んだ。
みな、それほどまでに種の呪縛に悩んでいたのだ。
そしてそれがどうにかなるのなら、もう隠れる必要などない。
かくして遺跡に住む絡新婦たちは、新たなモロルドの領民になった。
これで万事解決。
中継拠点の目処もたった――。
「おーい、ステラ! ケビン! セリン! 無事かぁ!」
と、そんなところに、燕鴎四姉妹次女が降りてくる。
「マーキュリー。どこをフラフラと飛んでいたんだよ……」
「ごめんごめん! それより、空で待機していた探検隊の娘たちが、降りたいって言っているんだけれど、もう大丈夫かな?」
「あぁ、これで脅威は取り除かれたよ……」
「う゛ぉぁああああ!!!!!!」
そう言った矢先。
遺跡の奥から謎の咆哮が聞こえてきた。
大地を、遺跡を、空を飛ぶセイレーンたちを、揺るがすような大咆哮が。
どうやらまだ、この地には違う脅威が眠っていたようだ。