第21話 黄昏を求め

 気付けば、ダンジョン攻略に向けての特訓から二週間以上が経過していた。


 初日は敵の体力の7割を削って以降、再出現した取り巻きからの攻撃によりパーティーは全滅。

 2日目以降、俺達はそれぞれの課題点の改善に努めていた。


 ミヤの指導の元、パーティーメンバーの動きは日が経つに連れて徐々に改善されていく。

 僅か一週間が経過した頃には討伐に成功した。

 しかし、仲間の半数が体力全損という不甲斐ない結果でもあったが、大きな進歩であろう。


 大きな要因としては、終盤の敵の猛攻に対して無闇やたらと勝利に焦り皆がそれぞれで勝手に敵目掛けて攻撃を仕掛けた事。


 以降、俺達は冷静な判断能力を保ちつつ討伐するという事を新たな目標に掲げ練習を再開した。


 そして……、気付けば練習開始から二週間以上の期間が過ぎていた



 2097年7月28日


 「「はぁっ!!」」


 俺とユウキの声が互いに重なる。

 その瞬間、目前に迫る敵の攻撃とこちらの武器が衝突し、破砕音のようなエフェクトと効果音の衝撃が空間の全域に響いていった。

 そして、俺達二人の体が衝突の余波で僅かに後方へと引き込まれる。


 「ーーーー!!」


 敵の咆哮が空間を支配する最中、クロの掛け声を後方から捉える。


 「前衛二人は下がれ!!」


 クロの声を知覚した刹那、僅かに一歩程度後ろに後退すると、それと入れ替わるように俺とユウキの間をクロの巨大な鎧の影が突き抜けた。


 「フル・センチュリオン……」


 その言葉と同時に敵の豪腕から振るわれた巨大な槍が彼の構えた光を放つ身の丈程の大盾と衝突。

 僅かにクロの身体が後ろへとバランスを崩したが、相手はそれ以上に身体を大きく後ろへと逸らし大きな隙が生まれる。


 好機を逃さず、後ろへ引いたクロの身体と入れ替わるように3人の影が敵へと向かった。


 「……雷刀一閃!!」


 先に向かうは白銀の髪をなびかせるシロの攻撃。

 雷鳴の如きその一振りが、敵の体力ゲージを大きく減らしていく。


 「みんな行くよぉーーー!!!」


 スキルの名前を唱える事なく、身の丈程の大剣を振りかざしドラゴは敵の身体を斬り込む。

 一撃一撃が凄まじい威力のソレを片手剣を扱うが如く、支援バフを重ねに重ねた重撃が敵の体力を更に削っり続けた。


 「本当、ここには脳筋しか居ないんだから!!」


 文句を垂れながらも、ヒナは武器を既に構え終える。

 抜刀スキルのような構えを取り、大きく踏み込み華奢な身体から引き抜かれた彼女の武器であるサクラノカイナが赤く煌いた光を放ち、赤き刃が振るわれる……。


 「……桜ノ一閃」


 シロの攻撃を追うように、彼女の攻撃が敵の巨体を貫いていく。

 現在に至るまでに与えられた攻撃と、今回と彼女達から放たれた攻撃により、十本あった体力の内の既に八本が削られていたのを確認する。


 その刹那、敵の後ろから取り巻きの2体のモンスターが復活し、このダンジョン主を守る為に俺達へと襲い掛かってきた。


 「ヒナとドラゴは下がって取り巻きに対応!

 俺とフィルとシロの3人でボスは抑える!!

 ミヤさん!!、取り巻き側の指示を!!」


 「了解!!

 ケイ、ユウキさん、ヒナさん、ドラゴさん!!

 ケイとヒナさんで右を、私とユウキさんとドラゴさんで左の対応をお願いします!!」


 「「「了解!!」」」


 ミヤの指示に従い、それぞれが目標に向かって散開。

 俺の横を並走するヒナと一瞬視線が合うと、彼女が語りかけてきた。


 「ケイは左側をお願い。

 私が攻めるから、その援護を……」


 「解った」


 「頼りにしてるよ♪」


 ヒナはそう言い、ウインクで返事をすると敵に目掛けて武器を振り抜く。

 そんな彼女の攻撃に応戦すべく、敵も攻撃に向かうも既に俺の構えた武器が敵の武器を捉え衝突と同時に大きく軌道が逸れていく。


 「3分以内に倒してあげる……」


 敵の攻撃を逸した事に生まれた隙を、逃す事なくヒナの顔に狩人の如く恍惚とした微笑みを浮かべその攻撃の手が敵の首を捉えた。

 一撃、また一撃と的確に攻撃を浴びせていく中俺は彼女の攻撃を援護するように敵の攻撃を回避しつつ自分へとヘイトを向けさせ続ける。

 クロのような耐久力は無いが、当たらなければどれだけ強力な敵の攻撃だろうと意味はないのだから……。


 こちらの対応する敵の体力が3割を切った頃、反対側で応戦しているミヤ達の敵の体力は6割前後であった。

 しかし、当のボスに対応しているクロ達の状況は僅かに怪しい気配を俺は察した。


 「こちらの処理を終え次第、俺はクロ達の援護に向かう。

 ヒナはミヤ達の援護に向かってくれ」


 「それじゃあさっさと終わらせましょう、ケイ!」


 ヒナの攻撃のテンポが上がり、俺も彼女の攻撃に合わせて攻撃の手を加えていく。

 1分と経たずして、敵の体力のほとんどを削り終えるとヒナに敵のトドメを任せ俺はすぐさまクロ達の元へと向かう。


 その時、再び敵の構える巨大な槍の攻撃が向かおうとしていた。

 クロが槍の迎撃に向かう中、スキルの再使用時間が間に合わない事に焦りを覚え僅かにその足が後退している事を視界に捉え猶予の無さを知覚する。


 ここは、俺がやるしかない!!


 「クロ、ここは俺が抑える!!

 耐性支援を頼む!!」


 俺の声に気付き敵の攻撃が向かう中、クロは大盾を構え支援スキルを使用。

 効果は防御力、及び攻撃耐性の上昇。

 効果の付与が確認された事を視界の隅にあるアイコンから確認すると同時に俺も控えていたスキルを使用した。


 「フル・センチュリオン!!」


 自身の左手から現れた光の大盾が敵の攻撃と衝突し攻撃の軌道が大きく反れる。

 激しい光のエフェクトを放ち、全身に凄まじい衝撃が反動で返り体力が大きく減少した。


 「っ!!」


 直撃を最低限避けられるなら、それでいい。

 俺が敵の攻撃を防いだ瞬間に生まれた僅かな間に、クロ達が飛退くと攻撃を逸らされた事により、ボスの狙いが自分へと向かっていた。

 この空間の主と視線が交わり、己の命を刈り取るべく巨大な武器が振るわれようとしていた。

 負けじと俺は体勢を即座に立て直し武器を構えるが、俺の判断を危ういと察していたクロの声が聞こえてくる。


 「無理はするなケイ!!

 フィル!、シロ!、アイツの補助を!!」


 「「言われなくても!!」」


 俺の両隣を守るように、二人が俺の前に立つ。


 「一人で無茶はしないで、ケイ。

 私達も居るって事、忘れないでよ?」


 「そういう事だ、ケイ。

 クロは後ろで回復を、ここは俺達で食い止めとく。

 二人共、来るぞ!!」


 クロが後方へと足を踏み込んだ刹那、敵の激しい攻撃が再開される。

 直撃寸前で俺達3人は散開し、敵を囲むように三角形の陣形を取る。

 狙いは変わらず俺に向かう中、狙いが向かっている間にシロの立つ方向から激しい光のエフェクトが発生していた。


 「フィル、ケイの援護をお願い!!」


 「了解!」


 シロが先に攻撃を仕掛けるようで、俺の元へとフィルが向かった。

 フィルが俺の元へと向かう間に、激しい敵の攻撃が俺一人に向けて放たれ続ける。


 一撃でも直撃すれば即死。


 紙一重で凌ぎ続けるのはやはり難しく、僅かに攻撃の当たり判定を受けてしまった。


 「っ!!!」


 僅か一撃で、体力が大きく減少する。

 二撃目が命中した時既に、残り4割を切っていた……。


 攻撃を防ぎ切れない、そう判断した刹那に横から一つの刃が敵の攻撃の軌道を逸らしてみせた。


 「一人で無理はするな、ケイ……」


 「っ、ああ……そうだな……」


 横から応援に来たのはフィルだった。

 彼の攻撃によって生まれた隙を見計らい、俺と共に敵との距離を取り作戦を練り直す。


 「敵はすぐに来る、応援が来るまで俺達で抑え討つ。

 女共の準備が終わるまで、いいよな?」


 「余裕に決まってる」


 「ああ、そうだなケイ!!」


 迫りくる敵の攻撃をかいくぐり、一撃一撃と俺達二人は確実に敵にダメージを与える。

 攻撃役の彼女達とは違って微々たるモノだが、それでも確実に体力を減らしているのだが……。


 「お前等、早く来いよ!!

 俺達二人だけじゃ火力が足りない!!」


 フィルが思わずそんな事を叫んだ。

 確かに、事実俺達がどれだけ攻めようと火力役のシロやドラゴ、ヒナよりは全体的な火力は低いのだ。


 フィルのスキルや装備構成は一応火力特化ではあるのだが、今回の相手はその対象ではない。

 そもそも、ロマンを求め過ぎて特攻対象のその敵がかなり限られているのが現状なのだが……。


 まぁ俺のクリティカル狙いの装備構成についても、あまり強く言えた義理ではない。

 相手が対人やら獣系ならまだしも、今回はどちらかと言うと幻獣系統の敵かつ属性攻撃に弱い敵なのだ。


 物理攻撃主体の俺やフィル、更にはドラゴにとっては相性が悪い。

 シロや、多分ヒナが今回特に攻撃として主軸で活躍しなければならないのだ。


 そして恐らく、メイがこの場に居れば扱う武器を変える事で今回の戦術の幅も大きく広がるはずなのである。

 ほぼ全員が近距離攻撃かつ物理主体なので、今回の相手は多少キツイものがある。


 まぁ大半の敵には問題なくゴリ押しで勝てるくらいの実力がこのギルドメンバーにはあるのだが……。


 「二人共、離れて下さい……」


 声が聞こえた刹那に、俺とフィルは左右へ散開すると敵のヘイトが先程まで一番ダメージを与えていたフィルへと向かう。

 しかし、その瞬間視界が白と黒に染まり、こちらの身体が大きく吹き飛ぶ。

 そして、敵の体力ゲージが最後の一本へと差し掛かった。 


 「さっさと立ちなさいケイ、フィル?

 私達は今、戦闘中なんだから……」


 「シロ、てめぇ……」


 「口が悪いよ、フィル?

 今度はあなたに直接当てましょうか」


 「目がちと本気過ぎじゃありませんかね、シロさんや……」


 「口答え出来るなら、さっさと立ちなさい。

 ほら、ケイはもう立ってるよ」


 「巻き沿い食う程の範囲とは想定外だったが……」


 「あー、それはごめんね」


 「ケイだけじゃなくて俺にも謝れよ!!」


 「はいはい。

 とにかくほら、さっさと動く動く!!」


 持ち込んでいた回復アイテムを飲み干し、減っていた体力ゲージが満タンになると俺とシロとフィルは敵の姿を見据える。


 攻撃が再び繰り出されると、すぐにそれぞれが散開すると敵のヘイトが先程攻撃を放ったシロへと向かっていた。


 「今度は私か……。

 まぁ、別にいいんだけど」


 地を駆け抜ける彼女の姿に目掛け、敵は突進のモーションへと移行し、両手を大きく掲げ前足を上げていた。

 瞬間、敵の姿が消え去るとほぼ同時に凄まじい衝撃エフェクトの光が発生。

 光の元には重装備のクロがいつの間にかそこに存在し、敵の姿は彼とその近くにいたシロよりも遥か向こう側に存在していたのであった。


 「どうやら、上手く間に合ったようだな」


 「流石ですよ、クロさん。

 タイミングバッチリです」


 シロが武器であるカタナを両手で構え、クロはその背中を護るように身の丈程の大盾を再び構える。


 「残りゲージ一本!!

 全員生存で絶対勝つぞ!!」


 「「「おー!!」」」


 クロの掛け声に反応に俺を含めたメンバー全員が彼の声に応える。

 こちらからは大きく離れた場所に居る敵の眼光が、俺達を捉え再び突進のモーションへと移行し、再び敵が両手の武器を掲げ前足を上げた瞬間、一人の声が聞こえた。


 「今です、ヒナさん!!」


 聞こえたのは、取り巻きの応戦に対応していたミヤの声だった。

 既に取り巻きの片方を処理し、ヒナへと指示を出していたのだ。


 刹那、聞こえたのは一発の銃声と敵の右後ろ足に生じた爆発であった……。

 爆発によって体勢を大きく崩した敵の巨体が床へと叩き付けられ、絶好の好機が生まれた。


 「じゃ後はよろしくね、お二人さん」


 華奢な体躯に対してかなり大きい長銃を肩に担いだ彼女は攻撃に控えていた視線の先にいる二人にそう告げる。


 「クロ、足場お願いね!!

 シロちゃん、一緒に行くよ!!」


 「ええ、ドラゴさん」


 ヒナの視線の先には、大剣を担ぎスキルを使用した事で光のエフェクトを放っているドラゴと、次の攻撃に控え抜刀の構えを取るシロの姿がそこにはあった。


 「全力全開ーー!!。

 クロ、今度はちゃんと踏みとどまってねーー!!」


 「俺はお前の足場じゃない!!」


 「えー……。

 じゃあ、せめて盾とか構えてて!!

 ほら、行くよシロちゃん!!」


 「はい!」


 「俺の意思を少しは尊重しろ!!」


 クロの叫びが響く中、ドラゴは既に攻撃の為に踏み込みその身体が敵に目掛けて一気に加速していた。

 瞬時にクロは先程の彼女の言葉を汲み取り、大盾を構え彼女の進む進路の先で構えると、彼の大盾を足場にしてこの空間の天井目掛け、鳥の如く飛んでいった。


 「ソード・オブ・ライブス」


 彼女はそう告げ、天井を思い切り蹴ると敵に目掛け一直線で身体一つで斬り込んでいく。

 衝突した瞬間、身体が跳弾するが如く壁に弾かれると再び壁を蹴り出し敵に目掛け大剣を振るい続けた。


 攻撃を繰り出す度に速度が増し、更には威力までも上がっていき!敵の体力ゲージが彼女一人の攻撃で凄まじい勢いで減少していく。


 「みんな、私から目を背けて!!」


 ドラゴの加速し続ける攻撃を前にして、激しい光のエフェクトを発し続け抜刀の構えを取るシロは俺達に向けてそう叫んだ。


 抜刀の構えと言っても腰に鞘を帯びて構えるのでは無く背中に挿して前傾姿勢で構えるという忍者を思わせる俺の普段の彼女の構え方とは全く異なるモノ。

 僅かな違和感を感じたが、瞬時に何かが来ると俺は察した。


 「……最速で、この一撃に全てを……」


 己に向けてシロはそう呟いた刹那、激しい閃光を放ち彼女の姿が消え去る。

 いや、そのあまりの光の強さに俺自身の目が開けなかったのだ。


 「……霹靂神ハタタガミ


 自身の閃光により、音を置き去りにするが如く激しい爆発の衝撃が遅れて巻き起こり、俺達にまで彼女の攻撃による衝撃波が巻き起こされる……。


 「うわぁぁぁ!!!」


 辺りがどうなっているのか確認出来ないが、先程の攻撃でドラゴが吹き飛ばされているのが、彼女本人の叫び声で察した……。

 火力要因の火力が高過ぎて巻き沿いを食らうという珍しい光景を垣間見えているはずだが、実際に見れないのも一興なのかもしれない。


 だが……。


 激しい衝撃波が身を包む最中で、俺は腕で視界を抑えつつ状況を確認する。

 案の上というか、あれ程の激しい攻撃を繰り出そうとしても敵の体力全てを削り切れていない。


 よって、敵の影が一撃を終えて未動きの取れないシロの立ち姿が視界に移り込む。


 相手はSSランク。

 そもそも幾らこちらの火力が高く体力の削りが速いとしても一人のプレイヤーとして考えた場合なのだ。


 本来なら数十人で安全監理を徹底してようやく一人二人が脱落して勝てる程の存在だ。


 俺達は確かに強くなったかもしれない、でもそれはあくまでプレイヤーとして、アバターとしての尺度だ。


 向こうのダンジョンには、更に強い存在が多くいる。

 世界中が、この世界から抜け出す為に多くを犠牲にして挑んでいる場所なのだから。


 でも、それでも俺は、俺達は……。


 「……シロ、今度は約束を果たせそうだな……」


 「ケイ……、いつの間に……」


 動けない彼女の横に俺は立っている。

 サブウェポンであるハンドガンを引き抜き、迫りくる敵の攻撃の前に彼女に話し掛けた。


 「今度は俺達、黄昏同じ場所に立ってるだろ」



 10年前、私達がまだ小学生の頃の話だ。


 私は生まれつき、目が全く見えない。

 しかし、VRとAR技術の発展によりヘッドギアを用いる事でネット環境が使える場所でなら日常生活を何の支障もなく過ごせる。

 よって目が見えない事で苦労した事に実感は無かった。


 あくまで家族と一緒に過ごすまでの間は……。


 小学校に入学してからは、同じ年代の子と接する機会が非常に多くなり自分と周りとの違いに少しずつ自分が嫌になっていた。


 ヘッドギアを用いる事で、周りとの容姿の違いは大きく出てしまう。

 体育の時間では、ヘッドギアを使用する関係上激しい運動は原則禁止で体育の授業は見学ばかりしていた。


 周りとは明らかに違う容姿やその生活の誤差故に、同年代の子達の多くからは距離を取られ、2年生の夏休みを終えた頃には完全に孤立し不登校気味になっていた。


 学年が上がった3年の1学期の途中から私は親に言われながらも渋々学校に登校する事にした。

 顔見知りの子が居るのかすら分からない、勉強に関しては学校から課題が送られてくるのでそれをしていた。 なので、授業の内容も問題なく理解出来ていた。


 だから、授業を受けている間の方がマシだった。


 そして休み時間になると、みんながそれぞれの友人達と喋ったり遊んだりしている時間がどうしようもなく辛くなった。


 やっぱり、学校なんて行くんじゃなかった。

 そんな時だった……。


 「ねぇ君、転校生とかだっけ?

 僕の名前は継悟けいご、君の名前は?」


 私の右隣の席に座っていた男の子が突然初対面の私に話しかけてきた。

 同じクラスの子達は彼のその光景に驚き視線がこちらへと向かい私達の話の行方が注目されていた。


 「折佐奈白おりさな しろ

 ほら、机の隅に名札あるでしょ」


 「一年生じゃあるまいし、流石に名札は無いでしょ。

 で、なしろだっけ、君の付けてるヘッドギア凄くかっこいいね、何処のメーカー?」


 「メーカーは分からない……。

 ソレに私はなしろじゃなくて、白よ。

 生まれた時からこんなのは付けてるし……、メーカーとかそんなの特に気にしてないから……」


 「ふーん、でも学校でヘッドギア付けてるなんて珍しいからさぁ。

 どうして、いっつもそんなの付けてるのさ?」


 「っ……、それは……」


 「まぁ言いたくないならいいや。

 とにかくよろしくな、なしろ……じゃなくて、しろ!」


 それが彼との初めての会話だった……。

 それから間もなく、昼休みも放課後も彼から積極的に話しかけられ、家に帰ってからその事を私は家族に話していた。


 彼に絡まれて色々と散々だった事を、夕食の時間に沢山両親に話していたら両親は口を揃えてこう言っていた。


 「「新しい友達が出来て良かったね」」、と……。


 確かにそうだったかも、知れない。

 これまで友達と呼べる存在は全く居なかった。

 ずっと不登校で、通っていた時期もずっと一人で……、だからあの子に話しかけられて煩わしいと思っても、それ以上に楽しかったんだと思う……。


 両親は笑っていたが、同時に少しだけ泣いていた。

 何が悲しかったのか嬉しかったのかあの時は分からなかったが、今なら分かる気がする。


 彼との出会い、それからしばらく経った頃彼の両親の経営している喫茶店の二階で私と例の彼、そしてその親友である活糸も交えて遊んでいた。

 この日は、二人がよく遊んでいるゲームの師匠が来るらしく私にもそのゲーム仲間になって欲しいという事で紹介される事になった。


 そのゲームの名前はnous(ナウス)、私でも名前は聞いた事があるが実際に遊んだ事はない。

 ほぼ全てのVRヘッドギアにデフォルトで入っているソフトウェアでネット環境が整っていれば遊べる代物。


 そして、二人からナウスに関するゲームの雑誌を読まされていると、遅れて二人の師匠と思われる中学生くらいの綺麗な女性が現れた。


 「ふーん、なるほどね。

 君がケイのガールフレンドか……」


 「ガールフレンドって……あの、あなたが二人の師匠さんですか?」


 「まぁそういう事になるかなぁ。

 この弟分の師匠、篠原涼香ことエルク。

 向こうではまぁそれなりに強いプレイヤーで名が通ってる、まぁこれからよろしく頼むよ」


 「あ、はい……よろしくお願いします」


 中学生程とは思えない大人びた彼女と握手を交わすと、雑誌を読み合っている少年二人が彼女に向かって話し掛けていた。


 「師匠、早く向こうにログインしましょうよ!!

 向こうで説明した方が手っ取り早いですし」


 「そう焦るな、彼女は君達と違って初心者なんだからな。

 それに、ちょっと訳ありみたいだからそこの二人は先に向こうで彼女の装備品の手配を頼む。

 そうだなぁ、彼女に合う武器種を選べた方には私が今度この店でデザートを奢ってやるさ」


 「涼香姉さん、ツケ回しにはしないで下さいよ」


 「分かってる分かってる。

 バイト代も入ってるし、今度はちゃんと払うからさぁ……」


 「本当に頼みますよ。

 それじゃあ活糸……、って向こうに着いたらってか、もう向こうに入ってる!!」


 活糸のフライングに慌てた彼も少し遅れて、ヘッドギアを装着しその場に寝転ぶとすぐに意識が向こうの世界へと消えて行った。


 残された私とお姉さんは、二人のやり取りに笑っていると、僅かな咳払いをし向かい合って話し掛けてきた。


 「医療治具用汎用ヘッドギアか……。

 アルモス社の2世代前、動作スペック上は問題ない……。

 で、まぁ一応私から確認するけど本当に向こうの世界に行きたいのかい?」


 「えっと……その、本当はまだ分からないです。

 二人と関わってて、いつも楽しそうに向こうの事や師匠さんとの出来事を話してて、それが凄く羨ましくて私も見てみたいなって……そんな風に思ったんです」


 「なるほど、まぁゲームを始める理由なんてみんなそういうモノだよ。

 共通の話題があれば、交友関係も広がるからね。

 ただ、私個人としては君にはまだ少し早い世界かもしれないとは思っているんだ」


 「早い世界ですか?」


 「厳密に言うなら今の君自身との差についてかな……。

 何らかの不自由を背負っている君にとって、向こうの世界はとても新鮮に映るだろう。

 もちろんそれは嬉しい事だろう、でも呑まれる可能性が無い訳じゃない。

 向こうの世界はあまりに綺麗な世界だからね、その美しさに惑わされ、その世界に取り込まれてしまい兼ねない。

 まだ幼い子供には、勧めるのは早いかも知れない。

 と言っても、既に多くの君くらいの子供達はその世界を楽しんでいる訳だがね」


 「……大丈夫だと思いますよ。

 私、そこら辺はちゃんと分かっていますから。

 私の目が見えない事も、周りとは違う事も、全部ちゃんと分かっていますから」


 「……、そうか強いな君は……。

 なら、私と一つ約束をして欲しいな」


 「約束、何をですか?」


 「二人なら、例え君が道を間違えても必ず引きとどめてくれる。

 でももし、あの二人が道を間違えそうになったら、君が二人を引き留めて欲しい。

 あの二人、本当にやんちゃ坊主で何をしでかすか本当に分からないからね」


 「あはは……、確かに私も二人のやんちゃぶりにはヒヤヒヤします。

 でも分かりました、あの二人を抑える事くらい私が責任持って引き受けますよ。

 私、これでも3人の中で一番お姉さんなので」 


 「なるほど、それは頼もしい。

 じゃあ君に託すよ、二人のこれからを……。

 なら私達も行こうか、二人の待つあの世界に……」


 それから向こうの世界で私は色々な物を見れた。

 身体が不自由なく動くどころか、限りなく広がる広大な世界の姿に、私は凄く感動し引き込まれていった。

 二人がいつも楽しく語っていた、空想の世界が今こうして私の目の前に広がっている。


 これから先も、この楽しい時間が3人でずっと続くんだと……。


 その日の帰り道、私は二人に家まで送られて帰っていた。

 向こうの世界での事をずっと話しながら、私は今までで一番楽しい時間を送れた気がした。


 でも、歩く途中で不意に突き付けられる現実。


 向こうでは思う存分に動いていた身体が、こちらでは上手く動かない。

 目の前に広がっていたあの美しい世界は何処にもなく、今目の前に存在するのはカクついた解像度の荒い動画のような世界。


 今まではそれしか知らなかった。

 だからこそ、向こうの世界との差に打ちひしがれる。

 あの人の、涼香さんの言っていた言葉の通り……。


 「私なんかで、いいのかな二人と一緒に居ても……」


 「何を言ってるんだよ白?」


 「そうだぜ、今日は白も俺達の仲間入りした記念なんだからさ!

 お前がそんな調子だと困るだろ……な?」


 「ううん、無理しなくていいよ。

 わかってる、私……みんなとは違うから……。

 私はみんなと同じようにはなれないから……」


 「白、お前そんなこと……」


 「いいの……だからその、ごめん……。

 私なんかが……二人の邪魔になってしまうくらいだからさ……だからその……本当に……」


 「白は邪魔なんかじゃない。

 周りが何と言おうとも、僕達3人はこれからも友達だ。

 周りと違うことも、俺達3人なら周りは関係ないだろ。

 俺と活糸は絶対にお前を見捨てない、何処に居ても必ず見つけ出す。

 目が見えないなら、俺達二人がお前の目の代わりにでも何にでもなる!

 だから、今は俺達二人を、友達を信じて欲しい」


 「コイツの言う通りだ。

 まぁ頼りないかもしれないけどさ、お前一人を助けることくらいは何とかやるよ、な?

 ソレに俺達のギルドの名前、分かってるだろう?」


 「ギルドの名前?」


 「黄昏の狩人。

 今は暗く何も見えなくても、光は必ず存在する。

 だからどれだけ離れていようと、僕達は仲間で居られる。

 ナウスはネットがあれば繋がるからね。

 だから、これから先遠く離れ離れになっても向こうなら絶対に会える。

 同じ場所を、同じ世界を一緒に見に行ける。

 だからこの3人で見に行こうよ、シロ。

 僕達が共に居られるあの世界で」


 二人が私に手を差し伸べる。

 その手を掴み取り、私は二人に答える。


 「………うん、一緒に見に行こう3人で……」



 俺は彼女の声を聞く間も無く、構えたハンドガンの引き金を引いた。

 再び目の前は光の世界に包まれ、そして敵の姿が包まれた光と共に消え去っていく。


 幾度も繰り返した討伐練習の一つを終え、安堵の息を飲んでいると後ろから軽く背中を叩かれた。


 「全く、いつも美味いところばかり貰うよなぁ……」


 「そういうつもりじゃないんだが……」


 声を掛けてきたクロに、僅かな苦笑で返事を返すと更に後ろからヒナに抱きついているドラゴや他の仲間達がこちらへと向かってきた。


 「まぁ、いいんじゃんとりあえず勝てたんだし!

 ほらほら、ヒナちゃんも喜びなって!!」


 「あんたは離れなさいよ、ドラゴ!!」


 「二人はいつも騒がしいですね、全く……」


 「まぁ、僕達は大体いつもこんな感じですからね。

 気にしてもしょうがないですよ」


 「ええ、そうですね……」


 そう言って、ユウキとミヤは拳を優しく重ねて共に勝利を分かち合う。

 それぞれが勝利を分かち合っていると、フィルが俺とシロの元へとやってきた。


 「全く、そういうところは相変わらずだよな。

 まぁ、よくやったと思うよ俺は……」


 「そりゃどうも」


 フィルが突き出した拳に、俺も自身の拳を重ねる。


 「ひとまず全員生存での攻略は完了だな。

 あとはこれを効率よくやれるようにしないといけない」


 「ははは……、気が遠くなりそうだな。

 また反省会かぁ……、せめて今日くらいは祝杯でもあげようぜ」


 「祝杯!いいねソレ!!

 ユウキ、食材にはまだかなり余裕あったよね!?」


 フィルの言葉を嗅ぎつけたドラゴがすぐにユウキに祝杯の準備に取り掛かれるのか尋ねる。

 彼女がこうなると、流石に取り消すのは難しそうだ。


 「フィル、余計な事を言うなよ」


 「悪い悪い……、それよりさっきから黙ってるシロも今日くらいは喜んだらどうだ?」


 「……うん、そうだね。

 みんな……」


 「じゃあ、俺は向こうに行ってる二人も早く来いよ」


 そう言って、フィルは俺達の元を離れて皆の所へと向かう。

 取り残された俺達も早くに向こうに行こうとするが、シロが俺に声を掛けてくる。


 「ケイ……、その……」


 「どうしたんだ?」


 「さっき、戦いの最後で言ってくれた事。

 あんな昔の約束、まだ覚えてたんだね……」


 「約束は約束だからな……。

 でも、3人だけじゃ無理だったが……。

 変に格好付けて、恥ずかしいばかりだよ」


 「そんなことない、それに私はみんなには感謝してる。

 もちろん、ケイにも……」


 「……そうか」


 「私に、今の場所をくれた事。

 本当にずっと感謝してる。

 だから今度は、私が、私達があなたに同じ世界を見せられるようにするから」


 「ああ、お前達の力を頼りにさせてもらうさ」


 「ええ、任せて。

 私、あなたの思う以上にずっと強くなったから。

 私達なら、絶対に負けない。

 さぁ、行きましょう?みんなが私達を待ってる」


 シロが俺の横を通り過ぎ、皆の元へと向かった。

 そこに、かつての小さな背中は無い。


 あるのは、対等に共に戦う仲間の背中。


 「本当に強くなったよな、シロ」


 その背中を追うように、俺も仲間の元へと向かう。

 この仲間となら、必ず元の世界に帰れる。


 そう信じて……。



 翌日、俺を含むダンジョンの攻略部隊の参加者を対象に一通のメールが送られた。


 以下の期日に、プラント第三層の攻略及びアント討伐を執り行う。


 2097年8月10日 午前10:00


 集合場所 プラント前広場


 実力ある者、及びダンジョン攻略に命を賭ける覚悟ある者のみ来る事を強く推奨する。

 尚、アント討伐において以下の者を討伐及び捕獲した者には個別に以下の報奨金を支払う者とする。


 アントリーダー ノーグ 

             報奨金 500万ドル

 サブリーダー  モルカ

             報奨金 150万ドル




 過去の因縁を終わらせる為に。

 俺達が未来を掴む為に。


 その決戦の日は、刻一刻と迫っていた。