その日はいつもより冷たい雨だった。
辺りに四散する瓦礫、それ等を掻き分けようやく見つけ出した彼女を抱き抱え俺は必死にその名を呼び掛け続ける。
「奈美っっ!!
おい、返事をしろ!!」
全身に酷い傷が多い、足には鉄骨のような物が刺さった痕が見受けられ出血も酷い。
簡易的な処理を施しても、一刻を争う。
「うるさいわね、身体に響くでしょう……」
僅かに震えた彼女の身体、囁くように溢れる僅かな言葉に俺は一瞬安堵する。
「貴方は無事なのね、良かった……」
「俺は、爆破の衝撃に気づいて後から来たからな……。
上の支部本体に居た奴等は、どうにもならない。
本部には既に連絡は通した、今回の件は予め計画されていたモノらしい。
本来はボスの帰還と同時に行われるはずだったが、台風の影響で飛行機が遅れた事で予め仕掛けられた時限爆弾が今日この時に作動されたらしい。
内部犯の可能性が高いだろうな……」
「全く、敵も手荒い真似をするわね。
ねぇ、そういえば今日は何をしに出掛けてたの?
私に黙って勝手にさ?
もしかして、彼女さんとのデートとかだったりするのかしら?
まぁ、そういう人が貴方に居るとは思えないけど……」
「こんな時に何をふざけた事を言うんだよ!」
俺は一刻も早く彼女を救うか手を考える。
病院に向かうにも、距離がある。
救急車を呼ぶにも、それでも間に合うか怪しい。
応急処置でその分の時間を埋められるのかどうかすら分からない。
どうしてこんな日に限って!
俺の心が焦りに駆られる中、力の込められた俺の右手の指先に彼女手が伸びて触れられる。
「やっぱりね……。
何か、服の中に隠してるでしょう?
拳銃とかでは無さそうね……」
「おいお前、何勝手に漁って!!」
俺の言葉を無視して、彼女はそれに手を触れる。
小さな黒い箱。
僅かに小綺麗な作りの箱である。
今日が彼女の誕生日である事。
その贈り物として、俺が今日仕上がったそれを店から受け取りに向かい、そして本来渡そうとしていたものである。
この日の為にボスが今回特別に日本に帰国して祝って貰うサプライズの算段のつもりでもあったのだから。
だがそれを敵に利用されるとは………、
「ねぇ、箱の中身見せてくれる春馬?」
「あぁ……」
彼女が俺から取り出したその箱を俺の手に手渡す。
彼女自身も中身については理解したのだろう。
そして、手渡されたそれの中身を俺は開き彼女に見せた。
箱の中に入っている小さな指輪。
決して高くは無いそれだが、俺自身の精一杯の気持ちを込めたモノだ。
「今日はお前の誕生日だったろ。
だから俺さ頑張ったんだよ……結果を出してあんたに認められるようになるって、この先も守るって決めたんだ……。
あんたは俺の目標だった……。
憧れだったんだ、だから、だから俺は追いつこうって認めて貰うんだって、毎日その為に俺はっ……!!」
いつもの自分に似合わず、泣きながら感情を吐露していた。
なんで、何でよりにもよってこの日に、どうしてこの日なんだ……。
身体が雨の冷たさと悲しみで震える中、弱りきった目の前の彼女は俺の顔を覗き込んで問い掛ける。
「ソレ、私に付けて貰えない?」
「あぁ……」
お互いの身体が震える中、俺は彼女の左手の薬指にその指輪を嵌めさせる。
指輪を身に着けると、彼女は俺の身体を優しく抱き締めた。
「私と出会えて、後悔したかしら?」
「……正直、後悔したさ。
こんな思いをするならあの時俺が逃げていれば……こんな思いをせずに要られたんだ!!
なのに、お前はいつも俺を弄んで、からかって楽しんで、でもソレが居心地良くて……」
俺の言葉に彼女は僅かに笑いを溢す。
しかし、すぐにソレが収まり言葉を返す。
「そう……、でも私は楽しかったわよ?
貴方との日々、最初の頃も今この瞬間も私は貴方と居られて幸せだった……。
両親と別れたあの日、貴方が私を見捨てないでくれた事を今も感謝してる。
こんな形になったどさ、私も貴方と同じよ。
春馬、私は誰よりも貴方を愛してる……」
「そんなの当たり前だろ……」
泣きながら言葉を溢す俺に対して、彼女はただ俺の身体を抱き締めながら言葉を続ける。
「貴方の事を、私が子犬と言った理由を教えてあげる。
昔、私が貴方と出会う以前に子犬を飼っていたの。
捨て犬だった事もありその子はすぐに亡くなったし、私に全然懐いてくれなかった。
でも、私が落ち込んでいる時いつの間にか側に居てくれの。
弟や両親にもしなかった事を、私にはしてくれた。
その子が貴方に少し似ていたから、子犬って言ったのよ。
本当に、そういう大切な事はちゃんと言ってくれないからさ……。
でも、今の貴方はもう違う。
貴方はもう私の立派な忠犬、下僕の一人かしら……。
でも、今この瞬間だけは違うわ……」
「じゃあ何なんだよ、一体俺は……」
「私自身以上に、大切な存在……。
ソレが今この瞬間の貴方よ……、色々と回りくどい道を辿ってしまった……。
でも、私の最後に相応しいでしょう?
最後の瞬間に貴方が居てくれるなら、それだけでもうこの指輪も要らなかった……。
私は既に貴方の隣で幸せだったから……
だから私、後悔はないの」
「ふざけるなよ……。
なら俺は、これからどうすればいい……?
お前無しで、俺はこれからどうすればいいんだ……」
「下僕や犬はおしまいなのに、それが嫌なのかしら?
本当に、私が居ないと駄目な部下なのね……」
「ああ、俺は駄目な部下だよ。
だから、これからも側に居てくれ………、
お願いだ……」
「大丈夫よ、こんな腐ったようなこんな醜い世界でも私は貴方が側に居てくれたからこんなに綺麗な幸せを掴めたんだから。
貴方も生きていれば今は失ってもいつか必ず掴める。
私でも掴めた、その幸せを……」
「ふざけるなよ、奈美!!
行かないでくれ、お願いだ……」
「大丈夫、よ……。
ほら、わた…しは、今もずっと貴方の側に……居るでしょう?」
再度、彼女から込められた僅かな力がゆっくりと抜け落ちていく。
それから、どれだけ再び名前を叫ぼうと身体を動かそうと返事はない。
それでも、俺は彼女を起こし続けようとした。
俺は認めたくなかった、彼女の喪失を……。
冷たい雨の中、俺はどれだけ泣き叫び続けたのだろう。
冷たい雨はそんな俺をあざ笑うかのように、身体を塗らし続けた。
●
2097年7月10日
この日、俺達は例のダンジョンの攻略に向けて今日は店を閉め別のダンジョンへと足を運んでいた。
メンバーは、俺とクロ、ユウキ、フィル、シロ、ドラゴ、そしてヒナとミヤの計8人だ。
彼等を引連れ薄暗い回廊を歩く中、辺りのモンスターへの警戒をし続けていた。
「このメンバーでパーティ組むのは初めてだよね。
ケイはあの時ゲイレレルの側で居なかったんだからさ」
「それをいちいち言うなよドラゴ……。
今日は仮にも本番に向けての初演習なんだ。
練習だとしても、敵は強いんだからそんな愉快で居られるのも今のうちだ」
「なら今くらいならいいって事でしょう?」
そう言って、ドラゴは俺の右隣を堂々腕を組んで歩くヒナに対して後ろから抱きつく。
「ちょっ、ドラゴ!
いい加減に離れてよ!!」
「えぇ……、ヒナちゃんはいつもケイにべったりしてるんだから空いてる場所くらい私が取ってもいいでしょう?」
「そもそも、2人は離れて欲しいんだが……」
俺がそう言葉にするも、ヒナは離れない。
いや、むしろ更に力が強くなっている。
ドラゴはそんな彼女を面白く感じ彼女を後ろから抱き締め身体を密着させている。
「いい加減離れてやれよ、2人共。
特にヒナ、今日はお前の望み通りのモンスターの討伐なんだから俺の命令に従えよ」
「はいはい、眼鏡のクセにいちいちうるさいわね」
「眼鏡って、お前なぁ……」
クロは相変わらず、ヒナとの接し方に苦戦している模様。
それをユウキが彼の肩を叩きながら首を振る。
そして彼の言葉を受けてヒナは俺から離れたが、ドラゴは一行に離れようとしない。
少し抗う素振りを見せるも、離さないだろうと察したのかすぐに彼女は抗う事を辞めた。
毎日のように抱き付かれる事で、彼女のスキンシップに対して諦めるというスキル習得していたようだ。
「今回のダンジョン、本当にこのメンバーのみで行くんですね」
俺に話しかけて来たミヤに対して、俺は頷きその目的と理由を彼女に伝えた。
「まあな。
今は無理でもいずれ勝てるようにするのが目標。
ダンジョン攻略の招集が来る前に、格上との戦闘を想定しておきたい。
まあ、実装された時期は割と昔の方だから同ランクのモンスターよりは下位に分類されるが……」
俺達が現在攻略しようとしているのは、実装当初SSランク上位として長きに君臨してきたアルデアというケンタウロスのような馬の足を持つモンスターである。
腕が4本あり、剣や槍を巧み扱うのが特徴。
モンスター本体も強いが、アレは一定時間経過毎に2、3体程のAランク帯のモンスターを呼ぶ習性がある。
第3層の指揮官モンスターが厄介だと知っている俺達にとっての対策としては最良の仮想敵の一つと言えるだろう。
問題は何度も重なる全滅が想定される為に、こちらの精神が保てるのかという問題だが……。
後ろで騒いでる彼等を見やり、そんな心配は無さそうだとは感じた。
強いて問題があるならば……
「………。」
ヒナの方に俺は視線を向ける。
現在はドラゴに抱き付かれ、深いため息を吐いている。
俺の視線に気付き、笑顔で手を振り向けるもドラゴがそれに対して不機嫌を抱いて頬を膨らませていた
「やっぱり、何だかんだありつつも彼女が心配なんですね」
「まぁな……。
彼女の人格がいつ変わるのか分からないのが何より危ない。
戦術の立て直しや、何よりその役割が変わる。
少数で攻略しようなら、尚更問題だろうよ……」
「確かに、それは私も色々と仮設はしましたが良い対策は特に何も浮かびませんでしたから……。
貴方がカバーしてくれるのなら、それで人格が変わった瞬間はどうにかなると思います。
問題はその瞬間に貴方は彼女の近くに存在していなければならない。
貴方の行動、あるいは他の仲間の行動に制限を設けてしまうでしょう。
しかし、彼女2人の人格を上手く扱えるのならかなりの強みになるのは確かでしょう……」
ミヤの言葉に聞き入り、俺は頷きつつも彼女の言葉に耳を傾ける。
「ヒナさんの対応力とそのカリスマ性は私達の中でも特に優れている。
スキルの構成次第によっては、他の大規模ギルドと比べても最強の実力を持っている。
ですが、その主人格は彼女とは対極ともいえるメイさんです。
スナイパーとしての遠距離狙撃によるサポートは確かに優秀。彼女の状況判断能力も含め、常に周りの事を考えて的確に行動してくれる。
私が直接の支持を出さずとも私達の動きに合わせて最善の行動を取ってくれます。
だから、単に実力でヒナさんにメイさんが劣っている訳ではないんです。
強さの方向性があまりに違うんです、私達に求められる対応の方向性が非常に難しい。
私が言いたいのはそういう話です」
「そうか……。
別にあいつを邪魔だとは思っていないんだな」
「邪魔だなんて、そんな事はありません。
彼女が本当は凄い実力を秘めているのは分かっています。
過去に一度、それを引き出そうとしましたがそれが原因で長らく控えていたヒナさんを出してしまって……」
「ソレは以前、本人から直接聞いたよ。
アイツが弱くなったのは俺の責任でもあるからな。
だから、アイツ自身に何かあったらその対応は俺が全て引き受ける。
仮に追い付けない事もあるかもしれない。
その時は、お前やあいつ等を頼らせてもらうよ」
「ふーん、随分とあの子に対してだけは深入りするんですね?」
「深入りというか、なんというか……。
その、放っておけないんだよ、何故かな……」
僅かに俺は照れ臭くなり、頭を掻いて気持ちを誤魔化す。
そんな俺の仕草を見て、隣で彼女はニヤニヤと笑って、こちらを顔を覗き込んでいた。
●
「■■■ーー!!!」
ダンジョンの最下層、ボス部屋に位置するその場所で巨大な咆哮が響き渡る。
僅かに暗かった空間全体がまたたく間に照明によって照らし出され全貌が明らかとなる。
重厚なボス戦特有のBGMが流れ、俺達の戦いに高揚感を与えてくる。
向こう側にて待ち構える、巨大な影。
いよいよ、俺達の戦いが幕を開けた。
「よーし!!
まずは初戦、今の俺達の実力がどれくらいか試そうぜ!!」
「「「おー!!」」」
クロが槍と盾を構え目の前の巨大な敵に向かって突撃していく。
彼の号令に合わせ、それぞれが声を上げ向かっていく。
改めて、俺は敵の情報を整理していく。
モンスターの名前はアルデア。
その強さはSSランク下位相当のボス、推奨攻略人数は50人以上推奨。
それをこれから8人で攻略するのだ。
奴は馬のような下半身を持ち、上半身は人型で深紅の甲冑に覆われている。
俗に言えばケンタウロスのようなモンスターだ。
体の大きさは体長8〜10メートル程度、大きさは並みのボスモンスターの同程度くらいだろう。
目立つ特徴として奴には腕が4本存在し、それぞれに剣と槍を携わっており下半身の脚力を活かした突撃が非常に危険が高い。
攻撃を生身で直撃すればいかにタンクといえど体力の全損は免れない程。
しかし、突撃をする際に必ずある程度の溜めの間が存在する。
その溜めの間にいかようにも対処すれば攻略の糸口があるのだ。
体力が2割を切った瞬間に、その突撃に対して溜めの時間が無くなりその攻撃力も更に上昇する。
その間は一気に短期戦に持ち込まなければならないだろう。
俺達のパーティでタンクは唯一、クロのみ。
このメンバーでは、そもそも長期戦には適していないので厳しいとは思っていた。
故に、俺達に求められるのはいかに早くボス本体を倒すかの短期戦しか選択肢がない。
遠目から見える敵の体力ゲージが10本分。
一本削り切るのにどれくらい掛かるのだろうか、僅かに気が遠くなりため息が溢れる。
「お前は動かないでいいのか、ケイ?」
「お前だって動いてないだろ、フィル」
後ろで俺と同じく様子を見ていたフィル、彼の性格上珍しく開幕で速攻仕掛けないのは珍しいと感じた。
「いや、少しだけお前に話があったんだよ。
俺に動きを合わせられるか?」
「出来ないとでも?」
「言ってくれるじゃねえか」
「お前こそ、付いて来れるか?」
「当たり前だ。
そっちだって、俺の足を引っ張るなよ」
彼の言葉と同時に体が動く。
お互いの武器は違えど、同じタイミングで武器を構え並走する。
敵の取り巻きであるモンスター2体、全身が黒い甲冑に覆われ身の丈程の大剣を構えた騎士型モンスター。
2体からの連携攻撃が迫り来るも、先行するクロが片方の攻撃をその大盾で完全にガード、そして彼の隣を並走していたシロがもう片方の攻撃を受ける。
シロはすぐさま攻撃の軌道を上手く逸らしつつ自身の体はボスモンスター目掛け駆け抜けていく。
彼女の後を追うようにヒナが続いて2体の間を駆け抜ける。
それと、ほぼ同時に2人に続いて俺達2人も迎撃によって空いた瞬間を見逃さず、その間を潜り抜けた。
取り巻きモンスターに四人、ボスモンスターに四人の基本陣形がここで成立する。
開幕の立ち回りとしてはほぼ完璧。
これから、それぞれの戦いへと移っていく。
後ろの奴等は、クロ達に任せて問題ない。
彼等を信じ、俺達は目の前のボスへ向かって走り続ける。
「ケイ達、遅いよ」
「悪い、少し雑談してた」
「そう、それじゃあフィルは上手くボスの動き抑えててくれる。
ケイも多分そっちの方が今回は良さそうかな?」
「その方がいい」
「了解
それじゃあ、ヒナちゃん一緒にディーラーよろしくね」
「言われなくてもわかってる!」
ヒナの声と同時に、俺達四人の陣形が三手に分かれた。
ヒナとシロがお互いに左右二手に別れ、俺とフィルはボスの正面に向かって突撃していく。
瞬間、例のボスは溜めのモーションへと移る。
あの攻撃をどうやって防ぐか、自身の手の内を晒すべきか?
いや、フィルと連携すればあの攻撃の一度や二度はプレイヤーの技量のみで確実に防げる。
「ケイ、早速アレが来たな……。
左を頼んだ」
「了解、右は任せる」
自身の返事とほぼ同時に、敵の体が動く。
あの巨体から放たれる槍の矛先、20メートル以上はあった間合いが一瞬にして詰められる。
刹那、フィルと一瞬視線が合った。
それを合図に互いの武器を交差させ槍を交差させた武器で受けその軌道を僅かに上へと逸らせ直撃を免れるる。
敵の攻撃の余波が空間全体に響き渡る。
しかし、槍の攻撃がこちらに向かった影響で敵の注意はこちらに向かっている。
僅かに生まれた好機の瞬間を控えた彼女等は見逃さない。
既に攻撃を控えていたシロとミヤは攻撃に転じて敵の後ろから急襲を仕掛ける。
それぞれが抜刀の構えに移り、敵の急所である腕の付け根に向って彼女の身体が向かっていた。
本来であれば足の部位を破壊してから、上を狙うが彼女達は直接本体から狙うらしい。
シロの動きに合わせるかのように、反対側から武器を構えたヒナが鏡合わせのように武器を構え敵の急所目掛け迫っていた。
「雷刀一閃」
「桜ノ一閃」
2人の声が聞こえた刹那、目の前が彼女達の攻撃エフェクトにより光に染まる。
体力ゲージは視界に移り続け、一本目の体力ゲージが目に見えるように減っていた。
彼女達の実力は流石としか言いようない。
あれだけ減らすのに、本来ならもっと慎重に攻めていくものだが……。
視界が晴れていき、敵の攻撃が既に迫っている事に気付くが慌てなくても問題ない。
この程度の状況、幾度となく乗り越えたのだから。
迫り来る、剣の矛先。
その瞬間、自らの身体は敵の視界には存在しない。
敵の背後、先程彼女達が攻撃を向けたその場所に既に居るのだから。
「幻影回避」
しかし、攻撃を避けたはいいが俺自身にはシロやヒナのような攻撃スキルは持ち合わせていない。
正確にはヒナの場合は技術で補っているが、アレは例外と言える。
だが、通常攻撃のみでも数を重ねれば相応の威力になる。
「っ!」
背後から一撃、続くように更に一撃……。
すぐさま身体は敵から振り払われ、地に落ち追撃が向かわれようとも構わない。
「フィル!!」
瞬間、お互いの武器が交錯し敵の攻撃の軌道を逸らす。
軌道がズレ、僅かに空いた好機の瞬間を見逃さず次の一手に繋げる。
「シロ、ヒナ、後ろを頼む。
フィルは俺に続いて左を」
「「「了解!!」」」
敵の四足に向かい、それぞれが攻撃を定める。
敵の注意が散漫し、先にフィルの方へと槍の攻撃が放たれた。
それを彼は難なく躱し、敵の左前足へと両手に構えた短刀を身体を捻りつつ回転の威力を重ね加えながら振り抜くと目標の部位目掛け攻撃をした
彼の攻撃を同じくして、後ろ足へと攻撃に向かうシロとヒナ目掛けその矛先が向けられる。
先程の急襲と同じ構え、再びあの攻撃が向かおうとしていたが、敵は後ろ足を上げ蹴りの一撃を加えようとしていたが差して問題はないだろう。
かえって好都合だ。
後ろ足が上がったのなら、敵の全体重はその瞬間全て前足に集中する。
そこにフィルと自分の攻撃が加われば……。
「っ!!」
後ろ足が上がったと同時に、俺とフィルの攻撃が残りの前足に目掛け命中する。
敵の体勢が大きくよろめき上がった後ろ足が攻撃する間もなく地へと不安定な動きをしながら落ちる。
地に付いた時とほぼ同じく、控えた彼女達が攻撃を仕掛ける。
再び、激しい光の攻撃エフェクトが発生。
先程の一撃よりも更に激しい光の効果である、恐らく敵の部位破壊に成功したのだろう。
しばらく敵の動きは大きく制限される、その間に四人で一気に畳み掛ける。
「ケイ、フィル、ヒナ!
みんな、畳み掛けるよ!!」
「「了解!!」」
崩れた敵の存在目掛け、俺達はシロの合図と同時に突き進んだ。
●
「あれが、攻略の最前線に居る奴等の実力か……」
敵の攻撃を構えた大盾でしのぎつつ。
ボスに対してたった四人で挑む彼等を見やりながら俺は思わずそんな事を呟いた。
ほん数年前まで彼等は、このnousのPVPの環境下において一時代を築いた程の有名人。
黄昏の狩人、当時の大会の映像は今もネット上に多く残っている程の少数ギルド。
彼等が強い事は知っていた。
だが、こうして改めて見るとあまりにも桁違い、そして次元が過ぎる事を再認識させる。
本来、ボス戦をするならタンクは数人配置が基本中の基本、そこから支援役、攻撃役、弱体役と配置していき全員がある程度の万全をきして挑む相手なのだ。
それを目の前の彼等はタンクは一切無し、全員が攻撃役というあまりに常軌を逸した戦術で渡っているのである。
Aランク程度ならまだ理解出来る、推奨人数が10人程度の物なら俺とユウキ、ドラゴでも十分倒せるだろう。
しかし、今回の相手はあのSSランク。
攻略の推奨人数の目安が50人以上が推奨にも関わらず四人で渡り合うという狂気の沙汰も良いところである。
見たところ、ほとんど無傷でありものの数分足らずで敵の体力ゲージの一本目を既に削り終えようとしていたのだ。
それを可能とする彼等の技量もさることながら、圧倒的な実力。
「クロ、どいて!!」
後ろから声が聞こえ思わず右に飛び退くと、俺の背後から大剣を構えたドラゴの影が駆け抜けた。
瞬間、先程まで抑えていた騎士の体に彼女の攻撃が振るわれ騎士の体が吹き飛ばされた。
「クロ、よそ見してると危ないよ」
「いや、合図が遅過ぎるだろ!」
「えぇ……、だってあっちは普通にやってるよ」
「アレと一緒にしないでくれ!
体が保たないだろ、タンクの鎧は動きにくいんだからさ……」
「まぁ、確かに重そうだよね」
「このメンバーでタンクは俺一人。
7人分の攻撃を引き受ける前提となると、耐久力も相応に、そうなると重量のペナルティで動きが鈍る。
俺だって、お前程には無いにしろ筋力のステータスにはそこそこ盛ってるくらいだからな」
「それで、これかぁ……。
もう少し、どうにかならない?」
何というか、微妙な表情を浮かべつつ腕を組んで俺を睨む彼女。
その表情に対して僅かに妙に苛立つが落ち着く。
「言われなくてもわかってるよ……」
僅かにため息が出る中、俺達の方にミヤさんが駆け付けて来ていた。
「2人共、サボってないで動いてください!
特にクロさん、タンクなんですから前に出ないでどうするんです!」
「分かってる!
行けばいいんでしょう、行けば!」
女2人に急かされながらも、俺は前の方に出る。
このギルドの女性陣の権力に俺達揃って尻に敷かれつつある事を常々感じながら……。
●
あれから俺達四人は騎士型モンスターの処理を終え、前線で戦う彼等に加勢しようとするも入れずにいた。
「うわぁ……、これ私達必要?」
ドラゴが思わずそんな事をつぶやく。
恐らく、先程の自分と同じ何かを感じたのだろう。
「ミヤさん、あの四人の戦いどう思う?」
「想像以上に強いですよ、彼等は……」
ユウキの質問に対して、彼女はそう呟く。
彼女にしては珍しく、拳を握り締め何かの感情を抑えているように感じた。
「己の力不足を痛感しますよ。
彼等の戦い方、傍から見ればかなり無茶苦茶に思えますが細かく見れば利にかなっている。
敵の攻撃に対して、タンクの無い彼等は直説受けるような真似事が出来ないのは言うまでもありません。
故に、躱すかやり過ごす程度の事しか本来は出来ないはずです。
ですが、彼等は敢えてその攻撃を2人掛かりで受けて、いやその攻撃の軌道のみを僅かにずらし攻撃を直接受けずに済んでいる。
その動きの結果として敵の行動を強く抑える事は出来ませんが、彼等は次々と攻撃の手を流れるように繰り出し続けている」
「それは俺達もアレを見ればすぐにわかる。
確かに、まともな人間が出来る芸当じゃないのは確かだよな……」
俺がそう言うと、彼女はその点について答えた。
「はっきり言ってアレは異常な光景ですよ。
本来、ボスのような大型の敵はクロさんのような防御役によって一度受け止められ、続いて攻撃役や弱体役とそれぞれ動いていくのが基本的な流れになります。
つまり、控えている彼等が安全に動く為には一瞬でも敵の行動が止まる状況が必要なんです。
攻撃を受け止めている間、ほとんどの場合その攻撃の余韻で受け止めた側と攻撃をした側の両者の動きが僅かに均衡あるいは停止します。
その僅かに止まった瞬間を狙い目に攻撃役等がボスに対して攻撃をする流れです。
しかし、今の彼等にはその止まっている状況がほぼ存在していない。
彼等は敵が攻撃を繰り出す時間を利用しそのままこちらの攻撃する時間として動いている。
攻撃の軌道を最低限逸らす程度の事で敵の攻撃の動きそのものは妨げない代わりに、攻撃の動きを終えるまでの猶予が攻撃を逸らした事によりこちらの攻撃する機会として活用している。
理屈で説明しても、それをすぐさま行動に移せるかと言ったらそうでもないんです。
2人で攻撃を受ける際に、片方の動きが僅かにズレでもすればそれで体力全損もあり得る程なんですから……」
更に彼女が言葉を続けようとした瞬間、激しい閃光がこの空間全体に広がる。
ミヤの言葉に向けていた意識が光の元に向かい、その光景に驚愕する。
倒れ伏すボスの巨体、その背に不定形な揺らめく光の刃を突き立て、怪しい微笑みを浮かべているだろうヒナの姿がそこにあった。
彼女を見上げるように、武器を携えどこか余裕の表情を浮かべるケイとフィル、そしてシロの3人。
確認して見れば、ボスの体力ゲージは既に半分以下を示していたのだ。
「ほら、そこの四人!!
ずっと見てないで手が空いたなら加勢しなさいよ!
一応、特訓なんでしょう!」
ヒナがこちらに向けて声を上げ、それに応じるように俺達はそれぞれ武器を再び構え体力が半分以上削られたボスの元へと足を急いだ。
自身と彼等との間に存在する圧倒的な実力差。
追いつける日が来るのだろうか?
いや、この世界を共に攻略すると決めた以上彼等に追いつくのみでは駄目だ。
今の彼等の実力を越えなければ、全員で元の世界に帰る事等到底出来はしない。
全員で生きて、現実世界へと帰還する。
その為に、今は前に進もう。
彼等の強さの何か一つでも近づく為に……