鈍い痛みが全身に響き渡る。
視界が朦朧とし、目の前の光景が霞んで見えていた。
「その程度か、ノーグ?」
「調子乗るなよ、番犬如きがぁ!!」
武器を構え、俺は目の前の男へ攻撃を仕掛けた。
今日はアントでの戦闘訓練。
ナウス内にログインし、対人戦闘の訓練を仲間同士で行っている。
今日の俺の相手は、俺の所属するアント日本支部の会長のお気に入りであるカイラというプレイヤー。
現実世界では俺より一つ上の学生。
甘い温室で育ったような奴に俺が負ける訳がないと勘ぐっていたが実力は本物である。
ナウスという世界で俺は唯一、
コイツには勝てない、圧倒的な強者だとあの時以来に思い知らせる程に。
「その程度で、俺より上とはまだまだ甘い」
「お前なんかに、負けてたまるかよっ!!」
お互いの攻撃が交錯する。
こちらの攻撃が通じない訳ではない、ただこちらが数手掛かるダメージ量を向こうが早く削れるだけ。
単純に単発での火力差だ。
こちらの武器は低価値の安い武器、そして対して上がっていない手持ちスキルを並べただけ。
対して向こうは高レア度の武器、そして熟練度の高いスキルがある。
そして戦闘技量に関しては、向こうが一枚上手。
ここがゲーム内という以上、プレイヤースキルそして持っている物資によって差が生まれるのは現実世界でも同じだろう。
●
「クソっ!!」
訓練が終わり俺は仮想世界の裏路地で罵声を放っていた。
八つ当たりもいいところだろう。
実力差、経験差、様々な敗因は自分が色々とわかっている上に歯がゆい気持ちが拭えずにいる。
この世界で俺はもっと強くならなければならない……
ここに俺達が居られる理由があの世界での実力あってだ。ここで止まってしまえば、居場所はもうない。
「全く、落ち着きなさいノーグ」
声を掛けられ振り向くと、そこには任務から帰ってきた奈美のアバターの姿があった。
「もう依頼を終えた帰りかよ」
「私が居ると不都合な事でもあるのかしら?」
「別に、何もない」
「そう。
で、何であなた喚いていたの?
またカイラ君にでも負けたのかしら?」
「なんだよ、悪いかよ」
「やっぱりそうなのね、随分と食って掛かるものねあなたとカイラ君は。
あなたもそろそろ身をわきまえなさいよ。
彼に勝つのは無理よ。
私でもアイツには1割も減らせないのよ?」
「装備とスキルで劣っていただけだ。
技術はこっちの方が上のはずなんだよ
さっさと、アイツにひと泡吹かせるまで俺は強くならないといけない」
「本当、負けず嫌いよね。
一度引くのも戦術のうちよ、いつも真っ向から攻めて勝てるのが全てじゃない。
罠や不意打ち、天候や地形。
使えるものは全て利用するのが、勝利への定石よ。
扱う為の努力も怠らないようにだけどね」
「使えるものは何でもか……。
それなら、ボスに一度掛け合ってみるか。
あの方なら、それで何かヒントが得られるかもしれないだろうよ」
●
2096年7月5日
「話を続けましょうか。
続いて、各ダンジョンに巣食うモンスター達の性質についてこちらから説明を始めます」
ミヤは俺達にそう告げると、ひと呼吸置いて口を開いた。
「単刀直入で言いますと、あれ等の原型は私達プレイヤーです。
各ダンジョン内に生息する敵モンスターは全て私達プレイヤーのデータを基に設計された存在。
敵モンスターが著しく強い理由は、敵も根本は我々と同じ人間、我等の行動は常に向こうに把握されていると思った方が良さそうです」
ミヤの言葉を聞き、俺達は返答に迷った。
彼女の言葉が事実なら、ダンジョン攻略というものは元は俺達である存在との戦いを続けなければならないという事。
捉え方によれば、これは実質本物の殺し合いで戦争とも受け取れる。
彼女はそう言いたいのだろうと感じた。
「勘違いしないで欲しい。
向こうは俺達よりも数年先まで戦っている本物だ」
ミヤの説明を補足するようにケイは言葉を続ける。
「どういう意味だよケイ?
俺達プレイヤーのデータを基に作られた敵なのは間違い無いんだろう?」
俺がケイに聞き返すと彼は頷くと同時に説明を加える。
「そうだな。
向こうにはこちらの俺達と同じく現実世界での記憶すら持っている。
敵は正真正銘、俺達人間とほぼ同じ人格を持ってそれを基にモンスターのデータとして変換され生まれたんだ。
だから奴等の根本は俺達人間とほぼ変わらない。
姿形にその原型は無くても、奴等は現実世界の俺達の記憶すら得ている者達。
加えて、ダンジョンのボスについてだが……」
そしてケイは俺達に衝撃の事実を伝える。
「プラントの階層ボスは俺達のギルドで間違いない。
第1階層がドラゴとそしてクロのお前達二人。
第2階層がユウキ。
そして第3階層以降が俺かメイあるいはヒナ。
そしてフィルかシロの誰かだろう。
向こうの俺達がこのナウス内で日々繰り広げていた戦いがあった。
代理戦争と呼ばれた戦い、それに向こうの俺達は何度も何度も戦わされた。
向こうの俺達もこちらと同様のデスゲーム。
こちらよりも過酷な条件を突き付けられた上で戦い最後まで生き残った奴等だ。
第一階層の攻略に参加した、俺を含む3人なら分かるだろう?
アレの強さは尋常じゃない……。
理由はどうあれ、あれ等は実力で勝ち残ったんだ。
だから、生半可な覚悟で挑めば確実に殺される。
元は仲間だったはずの自分達、それでも彼等を己で倒せる覚悟が無いのなら今の内でもお前達は諦めるべきだと俺は思うよ」
「で、俺達が引いたところでお前は一体どうするつもりなんだよ、ケイ?
お前は一人でも行くんだろ?
英雄面して、格好付ける為なのか細かい理由は俺達も知らないがな」
俺の言葉に対して、ケイは何も答えない。
それでも俺は構わず言葉を続けた。
「別に俺達も英雄に成りたいだとか、格好付けたいとかであのダンジョンを攻略しようなんて思ってない事くらい分かるだろ、ケイ?
ただじっと誰かが攻略してくれる、大規模ギルドや十王達の率いる俺達よりもずっと強い奴等が攻略してくれるだろうって指を咥えて待っているのが嫌なんだよ。
全員で現実世界に帰りたい、そしてまたあの日常を取り戻したい。
その為の、俺達が前に進む為の抵抗だ。
その為に、誰一人欠けさせない。
いや、絶対に誰一人欠けてはいけないんだよ」
「本当、しつこいくらい真っ直ぐだな、お前は……」
「あの時より強いぜ、今の俺達はな」
「そうか……、そこまで言うなら頼りにさせてもらうよ。
クロ、ドラゴ、ユウキ、シロ、フィル、そしてヒナとメイ。
お前達を信じる」
ケイからの返答に、皆が頷く。
俺達の結束が更に高まる中、ミヤさんが手を叩き意識を向けさせる。
「お互いの結束が深まりましたし。
では、会議の続きに戻りましょう。
各モンスターの性質について、これから私達が挑むプラントの第3層〜第5層に至るまでの各モンスターについて説明させてもらいます」
シロがスライドを勧め、ミヤのまとめた資料を俺達に見せる。
初めに映し出されたのは第3層に出現するモンスターの一覧である。
「第3層にて出現するのは、最低でもAランク下位相当、最高でSランク上位の内訳となります。
主に人形のモンスターが多く、剣や槍などの武装をしているモンスターが数を占め種類は約30種類程。
この中で特に気を付けるべきは、こちらで言う指揮官に当たる司令塔モンスター各7種のモンスターです。
彼等は皆Sランク上位、一個体の強さもかなり強いのもありますがなんと言っても取り巻きのモンスター達がかなり厄介になります。
指揮官のモンスターを先に倒す事で、取り巻き達の能力を下げられます。
よって、取り巻きを引き付けている間に指揮官を早期に倒す事が最善と言えるでしょう。
これ等のモンスター達を安全に処理するならば、基本的なダンジョンでは20名が推奨。
しかし、プラント内では倍の40名が基本となります。 大規模な戦闘となり、一人一人の動きの把握や連携が重要ですので他のパーティメンバーとの連携を取りながら確実に進めていく流れになります」
ミヤさんがそう言うと、珍しくヒナが手を挙げていた。
「ヒナさん、何かありましたか?」
「推奨攻略人数が20人とか40人って言うけど、私を含む元ギルドメンバーなら指揮官モンスターを四人で倒せるわ。
いえ、私が居なくても3人で十分に可能なはずよ。
他の取り巻きについても、そこに居るメガネが上手くヘイト管理をしつつミヤやユウキ、ドラゴで処理すれば十分対応可能。
つまり、そこまでの人数を引き連れるのはあまり得策では無いと思うの」
「ですが、それでは安全に敵モンスターを倒すのが非常に困難になります。
一人の存在が生命線なんです」
ミヤさんの理由は最もだ。
仮に俺達だけで倒せるとしても、かなり困難になり得る可能性も拭えない。
しかし、ヒナからの返答に俺達は驚愕せざるを得なかった。
「さっきの言葉、そのまま返すけど。
今、ダンジョンの攻略を妨害しているアントっていう奴等は元々その一人が生命線というモノの一人として数えるつもり?
人数が多ければ裏切り者が紛れ込みやすいのは、例の襲撃で十二分に理解しているはず。
私なら人を殺るなら、パーティ内に紛れ込んでから内側からじっくりと壊していくもの。
更に混乱に乗じて、そこから他のパーティと連携を取り別部隊から他のモンスターを引き付けて目標になすり付ければ簡単に崩壊まで導ける。
だから、私は他のパーティと連携を取りすぎる事に反対するの。
敵が外部のみならず内部にいる可能性も拭えない以上、信頼出来るメンバーのみで動いた方が一番安全。
人数が多ければ確かに安全よ、でも状況が状況ならそれに応じるのも必要な事ではないのかしら、軍神さん?」
「それは迂闊でしたね。
確かに、内部からの裏切りは私も想定外でした」
「だから私はこのメンバーのみで基本動く前提にしたい。
多分それは、ケイも同意見でしょう?」
「ああ。
危険なのは承知だが、アントの動きを把握しやすくする為に俺達だけで動いた方がいい事には賛成だよ。
人数が少数では確かに危ない、それは俺やシロ、フィルが重々承知の上だ。
だが、アントの対策、今後のPK対策を踏まえるのなら以降もその方が良いと思う。
その点に関して、クロやミヤはどう判断する?」
意見を求められ俺は返答を迷う。
2人の意見は最もだが、人数を減らした際のリスクが大きい。
しかし、内部犯による行為で瓦解しては元も子もないのだ。
そうなると、残された選択肢は消去法で俺達だけのメンバーで攻略するべきだろう。
「2人の意見に俺は賛成するよ。
ミヤさんはどう思う?」
「私は、やはり人数が少ない事に関しては反対です。
しかし、内部犯による裏切りがある事を踏まえるならやはり人数は減らすべきです。
ですが、敵も私達と同じ条件なのは確かです。
人数を減らせば、犯人自身もDLを失う可能性が高まる。
DLを減らしたく無いのは向こうも同じはずですから」
「あくまで人数は確保したいと……。
そこは僕も同意見かなぁ……。
ただ、変に増やして連携を崩されてしまうと後々面倒になり得そうだよ?
自分達と同程度の実力と人数と仮定して、15、6人程のメンバーにした場合、彼等との連携を上手く取れるかどうか以前に、信頼に足りるのかが最大の不安要素の一つ。
向こうも同じだよ、下手に睨み合って警戒させるよりかは自分達で自己完結した方が手っ取り早いだろうからね。
そうなると色々と難しい問題だね、コレは……」
ミヤに続けるように告げたユウキの言葉に、俺達一同の表情が曇る。
ただでさえ、攻略しようとしているダンジョンの難易度は桁違いに高い。
攻略の最前線もいいところだ……。
人手は多いに越した事は無いのだが、それに付け入る輩をどう対処するのか。
あるいは、その可能性をいかに除外するか。
完璧な回答と言わずとも、最善の回答を見つけたい。
俺達一人一人の戦力増強も限りがある。
一人のプレイヤーで出来る範囲はたかが知れているのだ。
ケイやシロさん、フィル、ヒナのような超人的なプレイヤーも僅かだが確かに存在しているが……。
それでも、ただ強いプレイヤーの一人に変わりは無いのである。
あのダンジョンの中では皆が生死の境に居るような物だということ。
一人でも多くの協力は不可欠なのだ………。
「中々話がまとまりませんね、この議題に関しては一度後回しにして次の議題に移りますか?」
ミヤさんが俺達にそう尋ねると、俺を含めた仲間達全員が気難しい顔で渋々と頷く。
今日やそっとの一時で決まる事ではない。
このまま時間を食いつぶすよりは、次の話に進んだ方が進捗状況は進むはずだろうと……。
皆がそう感じた瞬間だった。
外部のパーティとの協力を否定するのではなく、現在のこの状況だからこその不安が大きい。
俺達自身が強くなって以前よりも大きな自信を得ていても実際、俺やユウキ、ドラゴはこのメンバーの中では劣っているという自覚があった。
元とはいえ、この世界の一時代を築いた彼等が口を揃えて攻略は難しいと言っている程。
プレイヤー間の争い、本来は協力すべき事であるはずなのにそれを邪魔する輩が存在しているのが現実。
その事実を、ケイを含む元黄昏の狩人の面々はあのダンジョンの内部で確かに見ているのだから。
「話を進めよう、ミヤさん」
俺は彼女にそう言い、ミヤは頷き次の議題へと移った。
「では、こちらが最後の内容です。
現在のダンジョン攻略が停滞している理由について、これからお伝え致します」
彼女はそう言うと、僅かに呼吸を整えこちらの方を真っ直ぐ見つめ口を開いた。
「皆さんがご存知の通り、私達は現在このnousという仮想世界に閉じ込められています。
そして、この世界から帰還する為に3年以内にこの世界に新たに現れた3つのダンジョンを攻略しなければならない。
今現在、各国の軍隊及び、この世界の最大勢力である十王直属ギルドや私達のような義勇軍のプレイヤーを集いその攻略に臨んでいます。
しかし、今現在その攻略の足が踏みとどまっているのが現実なんです。
今回のアントの件、更には鍵の存在、そしてダンジョンという難攻不落の存在。
様々な存在が攻略の足を踏み留めていますが、実を言えばそれはただの当てつけでしかありません。
今の世界の国々や十王のほとんどにダンジョンを皆で
協力し攻略しようという意思が無いんです。
それが、現在ダンジョンの攻略が滞っている最大の理由です」
ミヤさんの言葉に俺達は驚いた。
今の世界の国々、まして十王の直属ギルドまでもあのダンジョンを攻略しようという気がないという事実。
あまりに信じがたい事に、俺は言葉を失った。
「ちょっと待って。
明らかにおかしいよ、だってあのダンジョンを攻略しないとみんな3年後には死んじゃうんだよ。
なのに攻略したくないって、そんなの明らかに変でしょう?」
ドラゴの言葉に俺や皆が同意する中、真実を知っているケイとミヤさんは表情を曇らせていた。
そして、彼女の言葉に対しミヤさんは答える。
「彼等は別に攻略をしたくない訳ではないんです。
私達と同じく、この世界に囚われているプレイヤーの一人である以上ダンジョンが攻略されなければ死亡してしまいます。
問題は、彼等は自分達の組織のみで攻略をしたいという事なんです。
あるいは、その報酬の取り分で現在揉めているのが現状と言えるでしょう。
恐らくあまり取り上げられてはいませんでしょうが、各ダンジョンを攻略した際に手に入ると言われる報酬について。
実は各層を攻略した際に入手され現在確認されている報酬を加味しても、かなりの報酬のようなんです。
プラントの第一層の攻略に参加した3人の方は一部の取り分を得ておりますよね?
具体的に何を得たのか教えて貰えますか?」
彼女の質問に対して、フィルが返事を返した。
「じゃあ、俺から。
俺の場合は、ボスからの直接ドロップの報酬でEXスキルを獲得したんだよ。
それと、討伐に参加した報酬で現実換算だと200万くらいの報酬額を貰ったんだが、その金の出処はよく分からない。
なんでも、その財源が十王やnous本社でもないんだとかなんとか……」
フィルのEXスキルを得たという言葉に驚くが、続いてシロが口を開いた。
「報酬額は私も同じくらいだね。
思った以上に額が大きくて、税金とか差し引かれて報酬が渡されたのかも分からなかったから、一度問い合わせしてみたけど一応自動で差し引かれていたみたいだね。
当時参加した攻略部隊5000人余りは残っていたはずだけど、それ等全員に与えられたのだったら結構な額だと思うよ。
まあ、3年以内に攻略しないと沢山お金貰っても使えないんだけどね……」
シロの言葉は最もだろう。
2人の言葉を聞く限りでは、討伐報酬として全員に多額の報酬が得られたという事。
単純に5000人全員に対して一度に200万と考えると、100億もの大金が彼等に対して動いた訳だ。
そう考えると、ダンジョン攻略の規模というのがかなり大きいのが見て取れる。
世界中が動く程、しかし大金をいくら積もうと攻略出来なければ水の泡というのは何処も把握しているはずである。
そして、最後にケイが口を開く。
「報酬額に関しては俺も同じだ。
討伐に参加し、ボス部屋に居た人間全てに均等に報酬が行き渡ったのだろうよ。
たかがゲームの一つだが、十王が関わり世界規模と化しているのならその報酬額もそこまで多くはないだろう。
第2階層の攻略時には、その1.5倍の300万程。
当時ボス部屋に生き残った、7000人程に対して与えられた額がそのくらいだ。
階層が増す毎に報酬はより豪華になるのは見て取れる、自分達のギルドあるいは組織だけでクリアすればそれ等の額を独り占め出来るかもしれないがあの理不尽な難易度を見れば非現実的なのは明白だ……」
ケイがそう告げると、続いてミヤが口を開く。
「このように、各階層をクリアする事で多額の報酬を得られている。
年齢や職業を問わず、均等に報酬を獲得出来ているんです。
しかし、その財源が何処なのか?
フィルさんの言うとおり、十大財閥のいずれもそれを把握していないんです。
報酬の差出人はnous運営事務局と記されているのみで、実際に受け取った額は問題なく使用出来ている。
この世界で、我々も把握しきれない事が起きているのは確実なんです」
そしてミヤさんは先程の冒頭の話に話題を戻した。
「攻略が滞る理由として、ダンジョンで得られる報酬が原因だと私は言いました、が……。
ただ豪華だとしても所詮はゲームに過ぎません。
電子マネーという一通貨として使えること、この世界でのみ使えるEXスキルや多くの報酬が存在しているというだけで財閥同士が牽制し合うなんて馬鹿げた真似まずあり得ませんから。
つまり、現実側に対しても何かの利益が得られるという事を彼等は知っているのでしょう。
最終的に、全てのダンジョンを攻略した際に得られるモノが何なのか私個人としても多少の興味があります。
既に莫大な財源を有し、国家に対しての影響力が強い十王同士がわざわざダンジョン攻略の利権を争う程の報酬。
世界中の多くの命を賭けるに値する程の何か。
ただ、期間内にダンジョンを攻略し多くのお金や報酬が得られるという理由のみで動いてる訳では無い。
それを建前として、私達が知らない大きな何かが確実に存在しているモノだと。
例のダンジョンには、それだけのモノが存在しているんです。
だからこそ、改めて皆さんに問います。
ダンジョン攻略を、本気で行う覚悟はありますか?」
ミヤさんの言葉に対して、俺達は視線を僅かに交わす。
いや、交わさずとも俺達は初めから決めていたのだ。
あのダンジョンを攻略する。
俺達が再び、他愛もない日常を取り戻す為に……。
●
会議を終えた夜遅く、私達はそれぞれの自由な時間を謳歌していた。
現在私達はドラゴはヒナとミヤさんと共に、トランプゲームをしていた。
今日こそは絶対に負けないとドラゴは意気込む中、私に勝てる訳が無いでしょうと調子乗っている彼女。
2人の様子に負けじと熱心に打ち込むミヤさんの様子も先程の気迫を思えば私達と大差ない普通の女性だろう。
彼女達の様子を微笑ましく思いながら、私は少し席を外れ遠目から彼女等の様子を見守っていた。
いつもは周りを毛嫌うヒナであったが、ケイの復帰もあり周りと徐々に馴染め始めている、と思う。
昔から、ケイは私達にとってかけがえない存在だった。
現実世界でも、目が見えない私が困っていた頃に、
高校時代に一度は途切れた関係だが、今ようやくそれを取り戻しつつある。
そうだとすればどれだけ嬉しかった事だろう。
ても、現実はあまりに残酷だった。
ケイはこれまで自分の病、そして己の死と向き合っていいた事を最近知ったから。
ダンジョンでのDLという存在ではなく、現実世界での本物の死を。
同じくDLを失った私とフィル、今ならその恐怖がどれ程のものなのか僅かだが分かる。
あと一回、私があのダンジョンで死ねば現実世界での私も同じく死ぬ。
3回というチャンスがあるにも関わらず、それ等全てを私はデスゲームが始まってからこの半年程で突きつけられたのだ。
死ぬのは怖い、出来る事ならいっそあのダンジョンから引くという選択もある。
両親からもたまに娘の身を案じて定期的に連絡をくれる。
生まれつきの障害もあり、いつも実の両親にはより一層心配や迷惑を掛けて来たのだ。
だからこそ2人を想うならば私は本来、あのダンジョンの攻略から手を引くべきなのだと。
既に、あのダンジョンの二層分の攻略にも貢献したのだ。
私に出来る事はやるだけやったのだ。
だから、もう私はあのダンジョンで戦う必要はない。
最近までそう思い始めていた、3層の攻略に参加した時に私とフィルとでお互いに決めていた約束事がある。
3層の攻略で、ダンジョンから手を引こう、と。
私達の実力の底が見え始めていた事、それはフィル自身も痛感していた事実である。
ダンジョンの敵は恐ろしく強い、私達のような少数先鋭の部隊より大規模な部隊での攻略の方が安全なのは単純な事である。
人数が多ければ、それだけ難易度は下がるのだ。
あの会議の時でも、同じ事を言っていた程。
だからこそ、3層で私達はもう限界なのだから終わりにしよう。
そう決めていたのだ。
そして攻略の時、私達はケイと久しぶりに正式なパーティを組めた。
お互いの最後の戦いの為に、最後により良い思い出を残せるはずだった。
しかし、現実はそうはならない。
かつて私達を苦しめたアントの襲撃。
それによって私達は再びバラバラになった。
私とフィルはDLを失い、あの場所にケイと私達の師であるエルクを残して。
再び彼と再開した時、彼はゲイレレルと呼ばれる白崎グループのnousの攻略部隊の一員として私達と対峙した。
彼等のリーダーであるカイラは、エルクの死を私達に伝えた。
あの時、2人を残してしまった事で彼女を失わせてしまったと絶望したのもつかの間彼等との戦闘になる。
様々な想いが過ぎる中、私達はミヤさん一人を逃す事に成功するも後々に彼女が組織に回収されたのを彼と再び再開する事で知る事になるのだが……。
当時を振り返り、やはり私はあのダンジョンの攻略からは手を引きたいと何処かで思っていた。
いやそれが本来正しい思考である。
私達は、特別他のプレイヤー達より強くて運良くあのダンジョンで戦っていられたのだと思い知ったのだから。
でも、クロ達の居るこのギルドと関わって少しずつだが私の心に変化があった。
フィルも同じかは分からないけど、ここの人達は彼等なりにこの世界を思い切り楽しんでいる人達なんだと。
そんな彼等は、ダンジョンへの攻略をしたいと決意した。
その理由が、現実世界での日常を取り戻したいから。
私達が最初にあのダンジョンを攻略した時にも、同じような想いが無かった訳ではない。
現実世界に戻って、またケイやフィル、そして彼等との日常を取り戻したいという思いがあったのも事実である。
でも、私と彼等のその想いの形は違っていた。
彼等はこのデスゲームと化した世界でも、この世界を思い切り楽しんだ上でダンジョンの攻略をしようとしているのである。
このケイの元プレイヤーホームを改装したお店の経営も生活資金の稼ぎという理由以外に自分達がやりたい事として提案したものらしい。
あくまでこの世界はゲームの世界。
現実で家族や他の友人と隔離されている状況下で少しでもお互いがリラックス出来るようにする為にドラゴが案を出し、それをクロやユウキ、ケイが実現に向けて動いた事がきっかけだそうだ。
店の評判も、メイがゲーム内からサイトを作成してドラゴと共に店の宣伝活動をしていた。
衝突は多少あれど、彼等はこの世界を楽しんでいる。
私とフィルが常にダンジョンに身を置いている中で、彼等は彼等なりにこの世界で戦っていたのだ。
自分達が自分達らしくあり続ける為。
私達がいつの間にか忘れたモノを彼等は持ち続けている。
このギルドに入ってから、私も店の経営は楽しかった。フイルも当初は苦戦していたが、素材採取や買い出しで仲間と会話を交わす内に私と攻略する時ほとんど見せなかった笑顔が増えた気がする。
だから私自身、このギルドの仲間とならもう一度あのダンジョンで戦っても良いと思った。
ケイと同じ場所に立っているという理由だけじゃない、彼等と戦って取り戻したいと心から思ったから。
他愛もない日常を取り戻す為の戦い。
取り戻す為に、私達の抵抗をしようと……。
「ああーー、もう!!
ヒナちゃん強すぎ!!
もう一回、もう一回勝負しよ!」
「何度やっても同じなのに、
本当に懲りないわねドラゴは……」
「いいでしょう、ほらシロちゃんも休んでばかりいないで一緒にやろうよ。
ヒナちゃん強すぎて、私達じゃ勝てないんだからさ。
ここはチームで対抗しないと」
「ドラゴさん、チームで対抗って……。
集団でズルして勝ってもしょうがないですよ。
それにヒナさんも、勝ち逃げは許せませんから」
「貴方も貴方よねぇ、本当に負けず嫌いなんだから」
「ほらほら、シロちゃんも早く混ざって混ざって!!」
ドラゴが私の手を引き、トランプゲームに誘い出す。
明日も店の経営があるのに、徹夜でもしよう熱意が溢れていた。
手を抜けば、ヒナ自身も面倒になると理解しているから手を抜いてはいないのだろうが。
こういう類いに何故かヒナは絶対に負けないのだ。
「はぁ、しょうがないなぁ一回だけだからね」
最近、ドラゴに対して色々と甘くなっている気がする。いや、彼女自身から溢れる小悪魔のような誘惑が私にそうさせている気が……。
「ほら、シロちゃん。
席に付いたら、はい!」
そう言って彼女は私にカード配り再びゲームが始まる。夜もかなり遅いはずのに元気が有り余る彼女には呆れ半分に関心も感じる。
会議の時は、興味の無い難しい会話をしているとうたた寝をしていたのに……。
本当にしょうがないなぁとか色々と思いつつも、私は彼女等とのゲームに夜を更かしていた。
既に私も、この世界を楽しむ者達の一人に私もなっているのだから……。