第22話 変わり、変わらぬモノ

 2097年8月8日


 この日、俺達は経営している喫茶店の営業を休みとし俺達は自由に過ごしていた。

 2日後に控えた、ダンジョンの攻略に向けて最後の休日である為、それぞれに与えられた一時の時間。


 2日後に控えた、ダンジョン攻略の目的は主に3つあると推測される。


 一つ、PK集団であるアントの壊滅。

 二つ、アントのリーダー及びサブリーダーであるノーグとモルカの捕縛及び討伐。

 三つ、ダンジョン内のボス部屋を発見する事。


 特に重要になるのは、以下の2つだろう。

 組織の司令塔と思われる二人を倒せば、その傘下の仲間等の自然崩壊が狙えると共に組織の弱体化が狙える。

 そして、早期にボス部屋を発見し攻略する事で組織の活動出来る階層から離れる事で被害も減らせる。

 向こうの戦力がこちらに追いつく前に、ボスを討伐更にはダンジョンそのものを攻略さえ出来れば少なくともプラント内でのPKによる被害を無くす事が出来るのだ。


 DLさえ減らなければ、子供の悪戯も同然。

 故に、最終的にはダンジョンの攻略が最優先となる。

 そもそも、期間内に攻略出来なければプレイヤー全員の死亡が確定してしまうのだが……。


 そして、俺ことケイはある人物から呼び出しを受けていた。

 呼び出しに対して、ギルドの仲間を引き連れるのは禁止とされ、俺一人がとある人物に呼び出された次第。

 待ち合わせ場所は現実世界での東京エリアに相当する場所にある喫茶店のチェーン店前。

 目的の場所に着くと、既に待ち合わせの人物が暇そうにステータスウィンドウを開き軽いゲームアプリで遊んでいたのだった。

 俺の存在に気付くと、ウィンドを閉じて俺の元へと歩み寄って来る。


 「休日の呼び出しに応じてもらい感謝します、ケイ」


 「連絡先は仕事上教えていたが、今頃来るとは想定外だった」


 「でしょうね。

 ですが、状況が状況ですので」


 目の前にいる長い黒髪のアバター姿の女性。

 彼女は、以前ゲイレルルに属していた際にリーダーであるカイラの助手を努めていたリオというプレイヤー。

 戦闘時及び、リーダーであるカイラとの交流の際に伝言役として短い会話を交わしていた程度である。


 「それで、俺一人だけを呼び出した理由は?」


 「向こうで個室を取っておりますので、そこで話します」


 「分かった……」


 会話を僅かに交わすが、どうも俺はこの人が苦手だ。

 彼女の主であるカイラという人物も苦手な部類なのだが……。


 彼女の案内の元、店内の個室へと向かいそれぞれ適当に注文を済ます。

 大手チェーン店という事もあって、提供は全て自動のNPCが行い、注文されてすぐに品物も届いた。


 「妙に辺りを気にしていますね。

 やはり実家が喫茶店という事もあって、他のお店に行く機会はあまりないのですか?」


 「ああ、そうか……。

 そういや、エルクが以前にあんたとカイラが高校からの付き合いだって言ってたな……。

 現実の俺の事を知ってて当然か……」


 「ええ。

 学生時代に一度エルクと一緒に来てからは、それなりによく通っていましたよ。

 現実での貴方の接客で多少なりは顔を合わせた事もありますし。

 メイさんでしたっけ、あの子とも少しだけ顔を合わせた事がありますよ」


 「そうなのか……。

 うちの常連だったとは、少し驚いた。

 それに、メイの事も知ってたんだな」


 「ええ。まぁ、私はあの人の学校の後輩なので。

 本当、当時からよく篠原先輩には手を焼きましたよ。

 人の気も知らないで、自由奔放で何を考えているか分からない人……。

 あの人は、ずっとそういう人でしたから……、

 と、昔話はこのくらいにしましょう。

 そろそろ本題について、話をするべきですよね」


 目の前の彼女は、自身のステータスウィンドウを開き指を動かす。

 目的の項目を見つけると、ウィンドウをこちらへと向けとある一枚のPDFファイルを俺に見せてきた。


 「死亡診断書?

 それに、名前は日宮春馬ひのみやはるま

 一体、これは誰の?」


 突然見せられた資料に対して様々な疑問が浮かぶ中、目の前の彼女は確かな声で俺に告げた。


 「アントのリーダーである、ノーグの物です。

 現実世界での彼は、昨年の11月時点で既に亡くなっています」


 「どういう意味だよ?」


 告げられたその言葉の意味の理解が出来ない。

 俺の困惑を見兼ねて、彼女は再び口を開きその経緯を説明した。


 「昨年の11月上旬頃、当時の彼は行方不明となりこの資料にある通り、11月22日に遺体として発見された。

 外傷は、右頭部から拳銃の弾が命中した事による失血死。

 発見当時の様子から拳銃自殺を図ったと思われます。

 あとは、この資料にある通りです。

 それで、改めて当時の状況をお聞きしたいのですが。

 貴方は確かに、あのダンジョンでノーグと遭遇したのですよね?」


 「当時、俺があんた等に報告した通りだ。

 俺は確かに、この目で奴を見てそして直接戦った。

 そして、エルクは確かに奴に殺されてしまった。

 俺を逃す為にな……」


 俺は当時の事を思い返しつつ、その事を伝える。

 俺の様子を察したのか、やはり嘘では無いことを把握すると、僅かに目の前の彼女は視線を下に向け考え込んでいた。


 「やはり、嘘ではないんでしょうね。

 他の報告でも、アレの目撃情報は確かにありましたから……」


 「でも、その死亡診断書は確かに本物なんだよな?」


 「生前を彼を知る人達に遺体の確認をさせて、本人だという証言も得ていますからね。

 そして、DNA検査も行い本人であるという事も99%以上と判定されています。

 ですから、本来であればノーグという存在はこのナウスにおいて存在しているはずがないんです」


 「……でも、俺は確かにアレをこの目で見た。

 犠牲者だって、俺達の仲間に既に居る。

 他の攻略者達にも、奴の率いる仲間からかなりの数の犠牲者が出ているのが事実。

 数字としても現れてる以上、あのダンジョンに奴やそれに準じるプレイヤーが存在しているのは確実だ」


 「ええ、ですから貴方に一度確認したかったんです。

 この資料を手に入れるのにも、色々と特殊なルートを使用して、先日ようやく入手出来た程ですから。

 そして、貴方の言葉も事実であるなら。

 本人が既に亡くなっている以上あのダンジョンで貴方が交戦したノーグは何者なのかって話になるんですよ」


 「でも、俺が奴の存在を間違える訳がない。

 あの声、あの戦い方……。

 アレは確かに奴だった……」


 俺は何度もそう訴えるが、目の前にある書類がある以上既に奴は死んでいるのが確実。

 では、一体あの時戦った奴は何者だろうか?


 「……、やはり色々と不可解な事がこの世界では起こっているようですね」


 「他にも何か問題が起こっているのか?」


 「ええ、一例を挙げるとするなら死んだはずのプレイヤーが生きているという噂があるんですよ。

 DL全てを失ったはずのプレイヤーが蘇ったという話がほんの僅かですが幾つか既に報告されています。

 DLを本当に全て失ったかの確認に関しては、そのプレイヤーとの関係者からの目撃証言しかないというのが現状ですが……。

 そういう噂が広まる事も含めて、前回貴方が交戦したノーグの存在との因果関係が無いとも思えません」


 「別の人間が、同じアバターでログインした説も考えたいが、このデスゲームと化した世界でログインし直すなんて事は現状不可能。

 そして、わざわざデスゲームに入り混むような狂人居たとしても基本的に他人のアカウントは本人の生体情報と繋がっている以上は使えないはずだからな。

 個人が複数のアカウントを持つのは今も可能ではあるが……、他人にわざわざ成り済ますメリットがあるとは思えない……。

 以前はそれでDLを増やすという方法が出回ったが、一人のアカウントでDLは共通らしいから無駄骨というオチだったが……」


 「そうでしたね。

 組織のリーダーであったノーグに対しての信者が模倣犯をしていると考えるところですが、一度は崩壊し再びあの狂人ぷりを演じるのは無理があるでしょう。

 それに複数のアカウントを持っている仮説に対しても、彼のアカウントとは更に前の襲撃事件時点で既に追放されていますし……。

 当時の貴方達の功績そのものが嘘になってしまいますからね……」


 「それは、出会った時から思ってたよ……。

 だからこそ、アレは俺が倒すべきだと思ってる。

 何があってもな」


 「……、エルクの為に仇討ちですか?

 それとも、メイさんの?」


 「俺の為だよ、だからただの私怨だ」


 「まぁ、アレを倒してくれるならこちら側としてもありがたいところです。

 ですが、私個人としては、あまり推奨しません。

 今後のダンジョン攻略に貴方が参加することも」


 「どういう意味だよ?」


 「エクストラスキル、持っているんでしょう?

 エルクの後任役として、少々調べさせて貰いました。

 現存する全てエクストラスキルの能力、このデスゲームが始まってから生まれた新たなエクストラスキルについて。

 貴方自身は自覚出来ているか分かりませんけどね」


 「何が言いたい?」


 「このゲームは、ただの遊びじゃない。

 何者かの意図がある、ゲームに見せかけたナニカだと。

 貴方の持つエクストラスキル、事象予測。

 それは、ただ相手の攻撃を予測するだけの能力ではない。

 自身が対象となる存在の記憶の一部を代償として、対象のスキルを模倣する事が出来る。

 つまり、貴方が仲間のスキルを使い続ければ貴方の記憶から現在の仲間達の記憶を失います。

 現在の貴方の仲間は、それを知らないのでしょう?」


 「………、そこまでの調べも付いてたんだな」


 「私、あの人程ではありませんが優秀なので」


 「確かに、そうなんだろうな。

 で、貴方が個人的に今回のダンジョン攻略に参加して欲しくない理由は何だ?」


 「あの人が……、エルクが自らを犠牲にして貴方を生かした。

 ソレを無駄にはしたくありません。

 もう十分に戦ったんでしょう?

 身体の事もあります、更にはここで記憶を犠牲にして、下手をすれば死ぬかもしれない……。

 貴方のそんな姿を晒しては、亡くなった彼女に示しが付きません……」 


 「生前の彼女に、何かあったら止めるように言われてたのか?」


 「………」


 「いや、やっぱり答えなくてもいい。

 大方予想は付いてる、でも俺は……。

 俺達はあのダンジョンを攻略する。

 現実世界で、みんなで帰るって約束したからな……。

 それに……ミヤにこの世界の真実を見せる為に彼女の爺さんとも、ミヤ本人とも約束したからな」


 「無駄死にするかもしれませんよ」


 「そうなるかもしれない、俺一人ならな。

 でも、今なら絶対に死なないってそう信じれるアイツ等がいる。

 他の奴等から見たら馬鹿げた妄言にしか聞こえないが、俺達はそれで前に進もうって本気で実行に移せる。

 お互い賭けてる命は同じ、でもただ開放される日を待つより俺達は、自ら前に進んでの開放を目指す。

 俺達はそういう連中だ」


 「……馬鹿げた人達ですね、本当に……」


 「そういう奴等だからな」


 「ミヤ様も、そちらで元気そうにしているなら何よりです」


 「まぁな、元気にはしているよ。

 数日前にも、ダンジョン攻略に向けた模擬戦を一緒にこなしていた。

 SSランクくらいは、俺達だけでどうにか処理出来る。

 勿論、誰も死なずにな」


 「随分と無茶な事をしていますね。

 まぁ、いいです。

 それくらいしてもらわなければ、あの場所では無駄死にするだけなので」


 「俺達を止める事が目的じゃないのか?」


 「止めたところで、貴方達は行くんでしょう?

 こちらの言葉など、聞く耳持たぬくらいですから」


 「今回の話を聞いた上で、俺から一つ質問がある。

 他のエクストラスキルを持つ奴等にも俺と同じような代償が存在するのか?」


 「どうでしょうね?

 十王を含めて、エクストラスキルというのはこの世界でもかなり謎の多いモノですから。

 ですが、貴方のお仲間にもエクストラスキルを持つ者が一人居るのでしょう?

 まぁ本人がソレを貴方に話してくれるかは分かりませんがね」


 「向こうもそれなりにリスクがあるって事か……」


 「どうでしょう?

 ですが。現在のプラントの攻略に動いている十王直属ギルド、日本のゲイレルル、アメリカ東部のセフィロト、EU北部のパルティア。

 この中で、特に警戒しておくべきはセフィロトでしょうかね?

 彼等は攻略には前向きに見えて、一線を引いて距離を取っている動きがありますし……」


 「セフィロトのギルドマスター、ニア……。

 このナウス内において最強のプレイヤーだったか」


 「彼の事、ご存知でしたか?」


 「プラント第一層の攻略の時に、奴と一度だけ顔を合わせた事があった。

 そっちの主であるカイラと似たような雰囲気。

 ただ、底が見えないような感覚を覚えた。

 プレイヤーと話したというよりかは、NPCと話してたような感覚……。

 まぁ、その強さに関してはお察しの通り。

 世界最強に恥じぬ程に強い、俺を含めて他の奴等は数人でパーティを組むが、あの男は一人で問題なく戦っていたよ。

 ただ、もう少し彼が積極的に攻略に参加してくれればダンジョンでの犠牲者も少なく済んだのかもしれない。

 あの男が、攻略に参加したのも俺が顔を合わせた一度きりだったからな……」


 「なるほど、あまり好ましい印象は無いのですね」


 「そっちからはどういう印象なんだ?

 セフィロトを警戒しろっていうくらいだ、アレに対しても気を付けるべきだと思うくらいには、何かしらの疑念的な物があるんだろう?」


 「そういうところですかね。

 表向きは友好関係、しかし何かの裏があるのは確実。

 現実での彼は、かつてこの世界の開発者であるカノラ氏と旧知の仲であり今のこの世界に至る以前にも何度か接触をしていたらしいので……。

 色々と悪い噂が絶えないんですよ……」


 「カノラ・リールとの関係か……」


 「ええ。

 私やカイラ様も、他の十王ギルドとは友好、及び協力関係を築きそしてダンジョンを一日でも早く攻略するという事をしなければなりません。

 小競り合いは可能な限り避けたいところ。

 ですが、どうも一枚どころか複雑に様々な問題が絡んでいるようで……」


 「ダンジョン以外にも問題が多いんだな、やはり」


 「ですが、攻略に参加するだけのあなた方には関係のない話ですよ」


 「こちらにミヤが居る以上、俺達としては全くの無関係とは言えないがな……」


 「大丈夫ですよ、その辺りの事は私達の仕事ですから」


 「信用はしていいんだな、今のところは……」


 「ええ、あなた達に直接被害が及ばないようにこちらも最善を尽くしますよ。

 とは言っても、ダンジョン内での生死に関してはご自身等の実力次第になりますがね。

 話は以上になりますが、他に何かお聞きしたいところはありますか?」


 「少し前に挙がっていた、死んだプレイヤーが今も尚生きている話について。

 彼等と今の俺達と比較した時に、何らかの違いはあったか?」


 「私達との比較ですか………。

 ええ、まだ調査中のところですが一つだけ分かっている事がありますよ」


 「何が分かっていたんだ?」


 「判明している共通点としては、記憶障害がありましたね。

 現実世界での、このデスゲームが始まる以前の記憶が彼等は幾つか欠けていたんです。

 しかし、当時から既に半年以上経っていますからその正確にどの期間からの記憶が抜け落ちているかは分かりませんがね……。

 今も尚、調査中のところですのでこれ以上の手かがりは特に何も無いのが現状です」


 「なるほどな……」


 「参考になりましたか」


 「まぁそれなりにはな」


 「それなら良かったです」


 彼女もの会話も一通り終え、俺は席を立つと目の前の彼女が口を開いた。


 「この後はどうするおつもりで?」


 「こっちの仲間と待ち合わせがある。

 だから、今度はそっちに向かうまでだ」


 「そうですか、随分と賑やかな人達なんですね」


 「そうだな、本当に賑やかな奴等だよ。

 俺は先に失礼させてもらう」


 「……頼りにしていますよ。

 明峰継悟君」


 部屋の扉に手を掛けた刹那に聞こえた、彼女の声。

 何が目的で何の意図があって、俺の実名を呼んだのだろうか?

 そんな些細な違和感を気にせず、そのまま彼女の元を俺は去っていた。



 ケイというプレイヤーとの会話を終え、残された私は目の前のカップを眺めながら学生時代を思い返していた。


 この世界では、カイラというプレイヤー。

 しかし、私にとっては雲秀湊くもひでみなとという存在としての思い出の方が印象深い。


 あの人に助けられてから、私はその恩を返す為に彼の傍に相応しい存在になろうとした。

 デスゲームと化す前のこの世界に本格的にやり込むようになったのも彼の存在あったが故のモノ。


 例え、この想いが報われなくても彼の為になるなら何でも良かった。

 当時、彼の一番近くに居た篠原先輩に多少の嫉妬の思いはあった。

 彼女に勧められ、一緒に出向いた行きつけの喫茶店。

 先程の彼の両親が個人で経営しているという、今の時代では珍しい古風な店だった。


 提供されている品物は、他の大手チェーンと比べるとファミレスに近いメニュー欄。

 来ている客層は、篠原先輩も含めた一定の常連客で成り立っており繁盛しているとはとても言い難い様子だった。


 学校が終わると、彼女に連れられて一緒にあの店に足を運んでおり、気付けば私もその常連客の一人になっていた。


 「君も既にここの住人だな、詩織ちゃん」


 あの人はいつも、私の事をちゃん付けで呼んでいた。

 最初の頃こそ、気恥ずかしかったが慣れてしまえば多少は煩わしい程度。

 そして、そんな彼女と僅かながらに話せる時間を私は何処か楽しみにもしていた。


 この世界がデスゲームと化し、カイラ様は上からの問題解決の任を受けこの世界に向かった。

 当初、私は彼から待機命令を受けていた。

 しかし私は、彼を放っておけずそのまま付いて来てしまい成り行きで今の立場にある。


 篠原先輩、彼女はエルクとしてこの世界でカイラ様と共に別の管轄からダンジョンの攻略や調査を行っている。

 カイラ様は私にそう言ったが、何かしらの裏がある事の予測は容易い。

 しかし私は、カイラ様自身も私に重要な何かを隠している節があるというのを察してこそいたが触れずにいた。


 学生時代からあった、何かの影。

 触れてしまえば、今までの関係全てが瓦解してしまう事が怖かった。

 故に、触れず興味も示さず私はあの方の為に接し続けた。


 彼女と最後に会ったのが、例の事件があったあの日。

 決起集会後に、私とカイラ様の元へと顔を出した事を最後に、事件に巻き込まれてしまった……。


 先程の彼から告げられた彼女に関する報告を初めて聞いた時、現実を受け入れられなかった。

 彼女の実力も知っている、私やカイラ様よりも遥か上の実力があったはずなのだ……。

 そんな彼女がこの程度で死ぬはずがない……。


 しかし、あの日の彼女は既に自身のDLは残っていないとも言っていた。

 実際に私やカイラ様も二層において、一度は命を落としているくらいにあのダンジョンは理不尽さを極めていると言ってもいい。


 あの魔窟で実際にプレイヤーを殺す事を目的に動けるような凶人等、私は存在しないと思っていた。

 自身の命を守る為に、守り徹することでも手一杯。

 しかし、それを利用してくる輩が現れてしまったのが現実であり数字として死者が確認されている。


 人間の残酷さはどの世界も変わらない。

 いや、むしろ生きて帰れる保証がないが故にプレイヤー達の心理を追い詰めてしまったのかもしれない。


 このまま死ぬのを待つくらいなら、誰かを傷つけても同じことなのだろうと。

 死ぬのが数日、数年早まる程度のことだと……。


 でも、先程の彼等のようにこの世界でも必死に生きようとしている者達も存在している。

 彼等が協力してくれるからこそ、あのダンジョンは二層まで攻略を進める事が出来た……。


 私は彼等の目指す可能性を信じ、応えたい。

 かつてのカイラ様が私に救いの手を伸ばしてくれたように。

 私も私に出来る限りの事で、攻略に手を貸してくれる彼等の力になりたいと……。


 目の前のカップを見つめ、静かにそう思い更けていると再び扉が開いた。

 現れたのは黒いコートを纏った自身の主であるカイラ様がそこに居た。


 「彼との話は既に終わっていたか……。

 珍しく、休日が欲しいとお前から頼み込むと思えば、例の覚醒因子と接触していたのか?

 アレと話す機会があれば、俺も話をしたかったんだがな」


 「カイラ様……、どうして此処に?」


 「俺もお前と同じく休暇を取ったまでだ。

 おおまかな場所は、大体予想が付いていた。

 店側の許可も取っている」


 「すみません、貴方様に要件を黙ってしまって……」


 「別に気にするな、言い難い事もあるだろうよ。

 で、接触したという事はノーグについての確認も取ったのか?」


 「はい、彼曰く確かに本人だったと証言しました……。

 やはり、奴は例のモノと思われます……」


 「そうか……、しかし奴の正確な時期がどの辺りなのか分からないのが非常に難点だろうな……。

 仮にも、エルクが手を焼く程の存在となればこちらも本腰を挙げて奴を排除しなければならない。

 あの裏切り者をいつまでも野放しにしては、組織の運営に大きな支障が出てしまうからな」


 「こちらの事情に彼を巻き込むのですか?」


 「向こうから来てもらうなら、協力を要請するまでだ。

 こちらからは特に催促をしている訳ではない」


 「このまま彼等をあちら側と戦わせようならば、いずれは確実に死にますよ?」


 「期間内に攻略出来なければこの世界の者は皆同じだ。

 仮に、もし彼が攻略から手を引こうならば俺が彼から覚醒因子を奪い、代わりにその道を進むまで……」


 「彼女の犠牲を無駄にするおつもりですか?

 それとも、貴方様が彼女の代わりに……」


 「これは、俺がやると決めた道筋だ!!

 お前やエルク一人が来ようが来ないが関係ない!!

 戦いから逃げたいならば、さっさと目の前から立ち去ればいい。

 いつまでも、俺程度の恩義に縛られる必要はない!」


 「私は……、それでも最後まで付いて行きます。

 貴方の歩む茨の道の果てまで。

 この命を賭けても、私は常にみなと君の傍で戦うと決めましたから!」


 久々に聞いた荒げた彼の声に、私は意を決し反論する。

 この人に何を言われようと、私は最後まで傍で戦うと決めた。

 その覚悟が本物であると示す為に、こちらを見据える彼の視線に正面から応える。

 そして、彼の視線が私の震える指先に向かうと、何処か諦めたかのように僅かなため息をつく。

 そして向かい席へと彼はゆっくり腰を掛けた。


 「お前も大概だな、昔から……。

 なら、明日の予定表を今夜中に手配出来るか?」


 「畏まりました、至急手配を……」


 「いや、やはりゆっくりでいい。

 久々の休暇だ、早朝提出でも問題ない。

 少しばかりこちらで相席させてもらう。

 構わないか?」


 「ええ、勿論。

 私は一向に構いませんよ」


 私の言葉に、再び僅かな吐息を吐くと店のメニュー表を眺め始める。


 この人が常に追うのは、やはりあの人……。

 篠原涼香という、特別な人の姿……。


 私は、あの人にはなれない。


 それでも、せめて……。


 私は、彼の為に出来る事をしたい……。


 この世界で生き延びて、その先で何が待ち受けていようと……。


 私は……、貴方の傍を支え続けますから