4・実験体

 ヒストリアと他3人の子供達は、檻の形をした馬車に乗せられて出発した。

 道中、御者席に乗っていた年老いたエルフは檻に入った子供達を見ながらニヤニヤと笑っていた。

 その姿を見てヒストリアは嫌悪感ではなく恐怖を感じていた、年老いたエルフのドブの様に濁った瞳が自分達を『人』ではなく『物』として見ている……そう感じたからだ。


 数刻後、馬車は大きい建物の前で停車する。


「……ここ……なに……?」


 1人の少女が怯えた声でつぶやく。

 年老いたエルフは楽しそうに口を開いた。


「ここかぁ? ここはワシの研究所じゃよぉ、すごいじゃろぉ? ヒッヒッヒッ」


「研究所……?」


 建物の扉が開き、中から白衣を着た中年の男が外に出て来た。


「お帰りなさいませ、ゲドゥ博士」


「うむぅ」


 ゲドゥは御者席から降り、檻の方に顔を向ける


「お、おれ達をどうするつもりだ!?」


 檻の中で一番年上と思われる少年がゲドゥに向かって声を張り上げた。


「どうするだってぇ? ヒッヒッ……じゃあ見せてやろう。こいつを中にぃ」


「はい」


 ゲドゥの指示に傍にいた男が檻の入り口を開け、もう1人の男が少年を肩で担いだ。


「おい! 下ろせ! 下ろせえええ!!」


 少年は必死に体を揺するが、男は気にせず檻から出て行った。


「ヒッヒッヒッ、じゃあお前はこいつ等の見張りをしていなさいぃ」


「はい」


 見張りに1人を残してゲドゥと白衣の男、そして少年を担いだ男が建物の中に入って行った。


「……」


 残された子供達は黙って建物の扉を見つめていた。




 しばらくすると、建物の扉が開いた。

 外に出て来たのはゲドゥと付き人の男、白衣の男と少年の姿は無かった。

 ゲドゥは馬車に近づき残りの3人をジロジロと見つめる。


「……ふむぅ……さっきは男だったからぁ……次は女にしよう。あいつをぉ」


 ゲドゥがヒストリアの前にいた少女に指をさした。


「……えっ?」


「はい」


 先ほどと同じ様に檻の入り口が開けられ、男が少女を担ぎ上げる。


「いやっ! はなして! いやああ!!」


 少女は泣き叫びながら建物内に連れていかれた。


「う……うう……うわあああああああああああん!」


「…………!」


 残された少年が恐怖のあまり泣き出し、ヒストリアもたまらず泣き出してしまうが口を塞がれてる為にくぐもった声しか出せなかった。




 そして数分後に建物の扉が開く。

 出てきたのはやはりゲドゥと男の2人のみ……少年と少女の姿は無い。

 少年はますます大きな声で泣いてしまうのだった。


「……ぴぃぴぃぴぃぴぃとうるさいねぇ! 次はこのやかましい奴だぁ!」


「はい」


 檻の入り口が開かれ、男が少年の傍へと寄る。


「うわあああああああああああ! いやだあああああああああ! いやだああああああああ!」


 少年は必死に足をバタつかせて抵抗する。


「このっ! 大人しくしろ!!」


 男は少年の頬を引っ叩く。

 叩かれた瞬間、少年は一瞬ぽかんとするが先ほどよりも大きな声で泣き始めた。


「……うあああああああああああああああん!!」


「おいおい、ますますうるさくしてどうするんだぁ……お前を使ってやろうかぁ?」


 ゲドゥの言葉に男がビクリと体を震わせる。


「すっすみません! この静かにしろ!」


「――ムガッ!!」


 男は手で少年の口を塞ぎながら脇に抱え込み、檻から出て行った。

 建物の中に連れていかれる姿を、ヒストリアは大粒の涙を流しながら見つめるしかなかった。




 三度建物の扉が開きゲドゥと男の2人が出て来る。

 連れていかれた3人の子供達の姿は……やはり無い。


「ヒッヒッヒッ。またせたねぇ、お前で最後だよぉ」


 男が檻の中へと入ってくる。

 泣き疲れたのと、何もしても無駄なのはわかっているヒストリアは完全に無抵抗だった。


「大人しくていい子だねぇ……ヒッヒッヒッ」


 ヒストリアは男の肩に担がれて建物の中へと連れていかれた。


「……むっ?」


 建物に入った瞬間、甘酸っぱい臭い、鼻を突く刺激的な臭い、卵の腐った様な臭い、そして血の臭いがといった様々な臭いにヒストリアは顔をしかめた。

 この悪臭になれてしまっているのか、建物内にいた白衣を着た何人のも男女の大人達が顔色一つ変えずに何やら作業をしていた。


 そんな異様な空間の中、ケドゥ達は建物の奥へと進む。

 そして、1室の部屋へと入った。


「むがっ!?」


 部屋に入った瞬間、ヒストリアは目を見開く。

 部屋の真ん中には1台ベッドがあり、周りには白衣を着た男女の大人7人と紙の束が積まれた大きな机が置かれていた。

 ベッドは真っ赤に染まっており、その周辺にも真っ赤な液体が広がっている。

 ヒストリアは一瞬でそれが何なのか理解はしたが考えたくはなかった。


「さてぇどうせうるさくなるし……口はそのままでいいかぁ。乗せろぉ」


 男はヒストリアをベッドの上に乗せ、手足のロープを外した。

 そしてベッドの四方につけられている鉄の鎖がついた枷を手足に取り付ける。


「む~! む~!」


 叫びたくても叫べないヒストリア。

 そんなヒストリアにケドゥが円錐状の真っ赤に光る水晶を手に、傍へと歩いて来た。


「ヒッヒッヒッ……これが何かわかるかぁ?」


「……?」


 ヒストリアはそれが何なのか全くわからず困惑する。

 そんなゲドゥのやり取りを見て、男の1人が呆れた顔をする。


「はあ……何で毎回実験体に説明するんだ?」


 隣にいた男も呆れた様子で口を開く。


「さあな……ゲドゥ博士の考えはわからん」


「これはなぁ、ワシ特性の人工魔石を加工した試作152号……今からこれをお前の体の中に埋め込むんじゃあ」


「…………!?」


 ゲドゥの言葉にヒストリアの顔が青ざめる。


「ワシはなぁ誰も成し遂げたことがない、生身のゴーレムを作りたいんじゃよぉ。しかしどういう訳か、生身の体に魔石を入れ込むと拒絶反応を起こして死んでしまう……それが魔石のせいなのか、加工のせいなのか、はたまた両方かぁ……毎日毎日調整をして、実験を行い……これで152個目という訳じゃ……ヒッヒッヒッ!」


 ゲドゥが下卑た笑顔でヒストリアを見つめる。


「むうううう! むううううううう!」


 ヒストリアは必死に体を動かすが、枷が付けられた状態では逃げられない。


「さあて……お前はうまくいくかなぁ?」


 ゲドゥが円錐の先をヒストリアの胸の中央辺りにトンと置き…………一気に押し込んだ。


「むがああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 その瞬間、ヒストリアのぐぐもった悲鳴が部屋に響く。

 激痛が全身を走り、火で焼かれている様に熱く、鈍器で頭を殴られてるかのように頭痛が襲う。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


「ヒッヒッヒッ!」


 苦しそうなヒストリアの姿を見て楽しそうに笑うゲドゥ。


「あああああ……ああ……あ…………………………」


 しばらくするとヒストリアの声が消え、体も動かなくなってしまった。


「むぅ……? また失敗かぁ? チッ、なら153号はもう少し角度を……いや魔力量を減らしてぇ………おい、次の為にそれを片しておけぇ」


「はい」


 男の1人がヒストリアの枷を外そうと近づいた。


「……ん? ……これは……まさか!」


 男は異変に気付き、ヒストリアの首に指を当てた。


「……脈がある! ゲドゥ博士! この娘、生きてます!」


「――っなんじゃとぉおお!?」


 ゲドゥが急いでヒストリアの傍へと駆け寄った。

 そして胸に長い耳を当ると、弱々しくもドクンドクンと心臓の音が聞こえて来る。


「……心臓が動いとる……やったぁ!! やったぞぉ! 成功したぞおおおお!」


「やりましたね! 博士!」


「ヒッヒッヒッ! 今日は宴会じゃああああ!」


 少女の命を何とも思っていない大人たちが大喜びをする。


「……あ……う…………」


 そんな大人の横で、ヒストリアは只々生気を失った目で天井を見つめていた。